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【第三章開幕】異世界転移したおっさん保育士、子どもも大人も世界の歪みも、愛と受容でまるごと抱きしめる  作者: まどか
第ニ章:ひよこエプロンと、彷徨える樹海の子

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第26話:【指先の魔法と、明日の約束】

三日目の朝、聡介たちはアラクネの集落にいた。


広場から離れた巨木の中腹。太い枝の間に細かい糸で編まれた床が張り巡らされ、壁代わりの幕が森の風を優しく遮っている。見上げれば、同じような住処が新緑のなかに点在していた。


「昨日より、子どもたちの顔が明るい気がします」


フィラが木の上を見上げながら言った。その声には、少しずつ警戒が解けてきたような安堵が混じっている。


「ドランくんのおかげなんでしょうね…。あの子がリネアと打ち解けてくれてから、他の子たちも少しずつ外に興味を持ち始めたみたいで」


「それは良かったです。…リネアちゃんの様子はどうですか?」


聡介の問いに、フィラは少しだけ眉を曇らせ、そしてゆっくりと語りだした。


「あの日も訓練をしていたんです…。少しでも糸繰りが上手になるようにと…皆とは離れて…。」


沈痛な面持ちで語られるその言葉を、聡介は静かに受け止める。脳裏には数日前のリネアの糸に絡まった姿が浮かんでいた。

「近頃、以前にも増して糸を出す訓練を嫌がるようになりました。失敗して、またあんな風に暴走してしまうのを、ひどく怖がっているようで……」

「何か、環境の変化や気になる様子はありませんか?」


「気になる様子、ですか……。そういえば、いつからか寝床の掃除をされるのを極端に嫌がるようになりました。…それくらいしか思いつきません…。」


フィラの言葉に、聡介の思考がピタリと止まる。


(寝床を掃除させない……何か、隠したいものがある?)


「……なるほど。フィラさん、少し子どもたちの輪に混ざってもいいですか」


「ええ、もちろんです。リネアも待っていると思いますから」


聡介は幹に垂れ下がった糸の梯子を登り、子どもたちが集まる広めの枝へと向かった。


そこでは、ドランがリネアや他のアラクネの子どもたちに囲まれ、自慢のポシェットから拾ったばかりの珍しい形の石や木の実を披露していた。


「見て、これ。昨日拾ったんだ。かっこいいでしょ」


「……すごい。これ、なぁに?」


アラクネの子どもたちが、ドランの「宝物」に目を輝かせている。


だが、リネアだけは時折、不安げに自分の住処の方向を振り返っていた。


「みんな、楽しそうだね。先生も仲間に入れてくれるかな?」


聡介の声に、子どもたちが一斉に振り返った。


「今日は、先生の宝物を持ってきたんだ。一緒に遊ぼう」


聡介がお散歩バッグから取り出したのは、カラフルな毛糸の束だった。


「これは『毛糸』。みんなの体から出る糸と違って、勝手にくっついたりしないし、結んでもすぐに解けるんだ。指先の魔法、教えてあげるね」


聡介は赤い毛糸を輪にし、手際よく指にかけていく。


「こうして……ここを救って。ほら、『ほうき』。今度はここを通すと……『四段はしご』だよ」


次々と形を変える毛糸に、子どもたちから歓声が上がる。

アラクネの子どもたちの中には、自分の糸を思うように操れず抵抗感を持つ子もいたが、制御可能な「外部の紐」での遊びは、そんな彼らの指先をも柔らかく解きほぐしていった。

「リネアちゃんも、やってみる?」


「……うん」


おずおずと手を伸ばしたリネア。


毛糸に触れるうちに、強張っていたリネアの指先からも少しずつ力が抜けていく。


「……できた。はしご」


「上手だね、リネアちゃん。」


聡介は、リネアだけでなく、一人ひとりの子どもたちに声を掛け、あやとりの技を伝えたり、手際を褒めて回りながら満足いくまで遊び込めるように場を作っていく。


そして、遊びに一段落がつき、編みかけの赤い毛糸をゆったりと見つめているリネアの隣に腰を下ろした。


「リネアちゃん。お友だちやドランくんと一緒に遊ぶのは、楽しいかな?」


「……うん。あやとり、まほうみたい。ドランくんの宝物を見せてもらうのも、好き」


「そっか。ドランくんの宝物の中で、リネアちゃんはどれが一番気に入った?」


「……うずまきの形の、どんぐり。とっても、かっこいいの」


リネアが少しだけ表情を緩ませる。


「あ、あれね。先生もあのどんぐりの形、個性的で好きだよ。……そうだ、リネアちゃん。もしよかったら、明日セラちゃんも誘って、みんなで『宝物見せ合いっこ』をしない? もちろんドランくんも一緒に」


聡介はリネアの目線を合わせるように、努めて穏やかな声で提案した。


「ドランくんに見せてもらったみたいに、リネアちゃんが大切にしている素敵なものも、みんなで見てみたいな。どうかな?」


リネアは一瞬、ハッとしたように自分の住処を振り返った。


その瞳には、秘め事が暴かれる不安と、ドランとのやり取りで芽生えた『自分の大切にしているものも見てほしい』という純粋な好奇心が、複雑に混ざり合っている


「……あした、なら。セラちゃんも、いっしょ?」


「うん。みんなで集まろう」


リネアは戸惑いながらも、最後には静かに、けれど確かに頷いた。


夕方、広場への帰り道。


イグニシアと並んで歩きながら、聡介は静かに切り出した。


「シアさん。リネアちゃんの様子、やっぱり何かを隠しているみたいです」


「……寝床の話か」


「はい。それと、あの強張った指先。明日の『宝物の見せ合いっこ』が、良いきっかけになってくれればいいのですが」


聡介の脳裏には、昨日イグニシアが広場の外縁で発見した、あの虹色の魔石の輝きが鮮明に焼き付いていた。


「まだ確かなことは言えませんが……。あの魔石が、子どもたちの心と体のバランスを、少しずつ狂わせているのかもしれません」


イグニシアは何も言わず、ただ深く頷いた。


その夜。


リネアは薄暗い住処の隅で、糸に包まれた虹色の魔石をそっと取り出した。闇の中で怪しく、けれど美しく脈動する石を、彼女は宝物のように抱きしめる。


(……あした、これを見せたら、先生はなんて言うかな)


胸の奥をチリチリと焼くような魔石の冷たさ。けれど彼女の頭の中には、今日聡介と一緒に作った赤い毛糸のはしごの温かな形が、繰り返し浮かんでいた。


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