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【第三章開幕】異世界転移したおっさん保育士、子どもも大人も世界の歪みも、愛と受容でまるごと抱きしめる  作者: まどか
第ニ章:ひよこエプロンと、彷徨える樹海の子

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第25話:【感じる淀みと、戦士の目】

翌朝、聡介たちはフィラの案内で、さらに樹海の奥深くへと足を踏み入れた。


「今日は、集落の中心にある場所まで向かいます」


フィラが静かに告げ、蜘蛛の脚が腐葉土を規則正しく踏みしめる。その後ろを、リネアの手を引いたドランが懸命に続いた。


「集落の寄り合い場所…といえばいいんでしょうか。…広場に、湧き水があるんです。この樹海では珍しく枯れることのない安定した水場で。私たちがここを選んだ一番の決め手でした」


「命を繋ぐために、みんなそこに身を寄せているんですね」


「ええ。アルラウネの方々も水脈に近い土を求め、私たちアラクネも水を必要とします。……おそらく、オーガ族も同じでしょう」


フィラが少しだけ声を落とし、周囲の密林を警戒するように見渡した。


「ただ、種族ごとに生活のリズムが違いますし、お互いに……その、自分たちの弱みを見せたくないのでしょう。水場を使う時間は種族ごとに暗黙の了解があって、顔を合わせることは稀です」


「……避けているんですか、それとも避けられているんですか」


「……その、両方だと思います。本来は力を合わせた方がいいのでしょうけれど、私たちは皆、どこかを追われてきた身ですから」


聡介は深く頷き、それ以上は追求しなかった。


その道中、イグニシアは一度も口を開かず、鋭い視線で周囲を観察し続けていた。

樹海に入って二日目。昨日あたりから肌にまとわりついていた微かな違和感が、今日はより重く感じられていた。


(……魔力の流れが、おかしい)


言葉にするのは難しいが、どこか鼻の奥がムズムズとするような、居心地の悪い淀みを感じる。


聡介の側にいる時に感じる、あの澄み切った凪のような魔力。それに慣れてしまった今、この森に漂う「何か」は、透明な水に一滴だけ混ざった泥のように、彼女の神経を静かに逆撫でしていた。


やがて、不意に木立が開けた。


そこは樹海の中にあって珍しく空が広く見える、開けた広場だった。中央には泉が静かに湧き出している。


広場には、昨日よりも重苦しい空気が漂っていた。


寄り合っているアルラウネの大人たちの顔は一様に疲れ切り、子どもたちは親の根元でうずくまったまま動こうとしない。


木の上から覗くアラクネたちの視線も、どこか怯えを孕んでいるように見えた。


「……昨夜も、あちこちで暴走があったみたいです。皆さん、もう限界に近いのかも……」


フィラが声を潜めて呟く。聡介はその光景を静かに見つめ、何かを深く考えるように目を伏せた。


その時、聡介のポケットの中でピヨすけが身じろぎした。


「ピヨ……ッ」


怯えるような鳴き声。ピヨすけは顔だけを出し、広場の外縁――深い茂みの方向をじっと見つめた。


イグニシアだけが、その一瞬の動きを捉えていた。


聡介がフィラやリネアに付き添い、周囲の様子を窺い始めたのを見届けると、イグニシアは気配を消したまま、さりげなく広場の外縁へと足を向けた。


草が深く、木の根が複雑に隆起した場所。そこに、それはあった。


茂みの切れ目、平らな岩の上に、七色に揺らめく光がぽつんと置かれていた。


まるで誰かが道端に忘れていったかのように、無造作に。


それはかつて竜人の里でも稀に採れた、息を呑むほどに美しい魔石だった。


イグニシアは慎重にその魔石を拾い上げ、掌に包み込んだ。


彼女は広場へ戻ると、リネアと話していた聡介に短く視線を送った。聡介はその鋭い眼差しだけで意図を察し、リネアに「ちょっとごめんね」と断って、イグニシアが待つ木陰へと歩み寄った。


「どうしたんですか、シアさん。そんな顔をして」


「……これを見てくれ。広場の外、岩の上に置かれていた」


イグニシアがゆっくりと掌を開く。そこには、虹色の光を放つ魔石が横たわっていた。


「……まさか、これは」


差し出された石を見た瞬間、聡介の顔から余裕が消えた。


「ああ。誰が、何の目的で置いたかは分からん。だが、忘れ物というにはあまりに不自然だ」


「……やっぱり。これ、ドランくんが持っていた石と同じものですよね」


聡介は吸い寄せられるようにその石を手に取った。


「…やはりソウスケもそう思うか」


「はい。……ピヨすけが嫌がっていた理由が、分かった気がします。何というか、すごく『冷たい』ような、そんな感じがして……」


聡介は、あの日ドランを蝕んでいた不自然な美しさを思い出していた。一見すると美しく価値のあるものが、持ち主の心さえ変えてしまうあの感覚。


「誰が置いたものかは分かりませんが……シアさん。ドランくんの時と同じように、これも僕が預かっておきます。皆さんの近くに置いておくのは、あまり良くない気がしますから」


「構わん。それが賢明だろう」


聡介は、静かだが確かな眼差しでその虹色の魔石を包み、お散歩バックの奥へと仕舞い込んだ。


広場へ戻ると、不安げにこちらを見ていたリネアが、ドランに綺麗な木の実を見せてもらっていた。


彼が自身のポシェットから取り出した、大切な「宝物」の一つだ。


すると、木の上から覗いていたアラクネの子どもの一人が、たまらずといった様子でするすると降りてくる。


「……それ、なあに?」


ドランが顔を上げる。一歩、また一歩と、孤独な子どもたちが混じり合っていく。


イグニシアは腕を組んだまま、その小さな交流を静かに見守った。


お散歩バックの中に入れたあの虹色の輝きが、この森を蝕む淀みの「核」ではないか――その予感は、確信へと変わりつつあった。


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