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【第三章開幕】異世界転移したおっさん保育士、子どもも大人も世界の歪みも、愛と受容でまるごと抱きしめる  作者: まどか
第ニ章:ひよこエプロンと、彷徨える樹海の子

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第21話:【高原の風と、黄金のスープ】

「――うん、いい出汁が出てる」


木べらで掬ったスープを一口啜り、聡介は満足げに目を細めた。


視界の端から端まで、鮮やかな緑が波打つように広がる高台の平坦地。遮るもののない空がどこまでも高く、薄く引き延ばされた雲が朝の光を浴びて白く輝いている。北に竜人の峰々を背負い、南にこれから進む広大な大地を見下ろす。その境界にぽつんと佇む、落雷で半ば炭化した巨木の根元が、今日の「教室」だった。


石を組んだ即席のかまどでは、薪がパチパチとはぜている。


「ソウスケ。火が弱まっているぞ」


愛剣を磨いていたイグニシアの声は、呆れているようで、どこか柔らかかった。


「あ、すみません」


聡介は苦笑して木べらを握り直す。「みんなが美味しく食べて、元気になれるように」という、いつもの願いを込めて鍋に向き合った瞬間だった。


かまどの周囲の空気が、ふっと澄み渡る。


薪の爆ぜが、包み込むような安定した熱へと、静かに書き換わっていく。


「……やはり不思議な力だ」


シアが指先からそっと熱を足した。本来は城壁をも溶かすはずの業火が、聡介の作り出す柔らかな空気に触れ、ただスープを煮込むためだけの温度へと鎮まっていく。


「私の破壊の焔さえ、貴殿の傍では牙を抜かれる」


「そんな大げさな。シアさんの火加減が上手いんですよ」


「……貴殿と話していると、褒められているのか馬鹿にされているのか分からなくなる」


「褒めてます」


シアは小さく鼻を鳴らしたが、口元が僅かに緩んでいた。


「ピヨ……ピヨッ!」


足元では、真紅の産毛を揺らしたピヨすけがひっくり返っていた。湯気で少し湿ったその姿は、まるで真っ赤な毛玉だ。


「ドランくん、ご飯できたよ。クリムくんも呼んできてくれるかな?」


「うん! クリム、お昼だって。ほら、お口拭いてあげるからね」


毛布から出てきたドランが、背伸びした手つきでぬいぐるみの顔を丁寧に拭いてやっている。里を出る時に見せた芯の強さが、今は「自分より小さなものを慈しむ」という形で静かに育っていた。


「クリム、あつあつだからね。はい、あーん」


ドランがスープの香りをクリムに分け与える。かつて聡介にしてもらったように、大切に、大切に世話を焼く。


その様子を、シアが少しだけ複雑な瞳で見ていた。


「……シアさん、あの子たちのことが気になりますか?」


聡介が隣に来て、静かに声をかけた。


「不思議なのだ」とシアは言った。「どう見ても、あれはただの細工物だろう。だが……ドランがああして接していると、時折、私の方が間違っているような錯覚に陥る」


「子どもにとって、大切にしているものはみんな生きているんですよ」


聡介はそう言って、鍋をゆっくりとかき混ぜた。色とりどりの野菜がスープの中で踊り、角が取れて、一つの柔らかな香りにまとまっていく。


「色々な野菜が溶け合って、一つの美味しい味になる。……あの子たちも、今はそうやってお互いの色を知っていく時間なんです。ドランくんが注いでいるのは、ただの遊びじゃなくて、愛情という名の栄養なんですよ」


「……だから、あれでいいんです」


湯気の向こうで、ドランがクリムに笑いかけていた。


その時だった。


足元のピヨすけが、ふいに動きを止めた。小さな瞳が、遙か南の地平線をじっと見据える。風に何かが混じっていた。冷たい金属が擦れ合うような、大勢の人間が同時に溜息をついたような、形容しがたい重苦しさ。


「ピヨ……」


不安げに短く鳴いて、ピヨすけが聡介のポケットに潜り込んだ。


「……風が変わったかな」


聡介は少し首を傾げて、南の空を見やった。不自然に重く、澱んだ雲がわだかまっている。


シアはその瞬間に剣の柄へ手を置いていた。ピヨすけが何かを察したことを、彼女だけが静かに知っていた。


「……ああ」とシアは言った。「だが今はまず、このスープを飲み干すとしよう。冷めると味が落ちるのだろう?」


「ふふ、そうですね。さあ、みんなで食べましょう」


丘を吹き抜ける風が、黄金色のスープの香りを遠くまで運んでいった。




本日より第二章(樹海編)スタートです。引き続きお付き合いいただければ幸いです

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