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異世界転移したおっさん保育士、子どもも大人も世界の歪みも、愛と受容でまるごと抱きしめる  作者: まどか
第一章:ひよこエプロンと、荒ぶる竜人の子

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第14話【穏やかだが確実に変わる日常 ~ルカさんの魔法的保育(?)~】

ヴォルカにとって、聡介という男を『魔力流の感知』で捉える時間は、もはや日課以上の意味を持ち始めていた。  


この世界の魔法とは、本来は高ぶりや昂揚に呼応して力となるものだ。

数百年前の伝説的な賢者が残した書物にも、「激情こそが魔法の極致」と記されている。


だが、聡介の周囲に流れるそれは、その常識からは根底から外れている。


触れるものすべてを穏やかな調和へと書き換えていくその異質な流れを、ヴォルカは知略家として、あるいは未知を欲する求道者として解き明かしたかった。


「ルカさん。ちょっと、相談に乗ってもらえませんか?」


塔の下から、聡介が穏やかな声で呼びかけてきた。ヴォルカはいつものように飄々とした足取りで階段を下り、広場へと向かう。


「相談、ですか。ソウスケ殿の『魔法』に、私の拙い知識が役立つとは思えませんが」


「いえいえ。魔法じゃなくて、環境の話なんです。あそこに作ったアスレチック……ドランくんたちは楽しんでるんですけど、少し奥まった場所が暗くて、中に入るのを怖がっちゃう子もいて。何か、いい方法ないかなぁって」


ヴォルカは目を細め、広場の中央に鎮座するアスレチックを凝視した。


(……相変わらずだ。魔法的処理が皆無なのに、構造そのものに一切の歪みがない。理が完璧に噛み合っているからこそ、ソウスケ殿の『意志』がダイレクトに反映されるのか……)


戦慄を押し隠し、ヴォルカはスッと指先を立てた。


己の魔力を指先に集め、緻密な文字を綴っていく。


魔法とは、基本的には破壊や干渉のためにあるもの。ただの光を、子どもの心を穏やかにするような「優しい光」としてそこに留めるには、魔法の本来の性質に逆らうような、極めて繊細で神経を作業だった。


「……なるほど。単に照らすだけなら松明で足りますが、あなたはそれを望んでいないのでしょう?」


「さすがルカさん、話が早い! 眩しすぎず、あの子たちが『なんだか面白そう』って自分から入っていきたくなるような……。光そのものに触れると音が鳴ったりしたら、最高なんですけど」


「……光を音に、ですか。生活魔法の応用ですが、これほど穏やかな波形を、形を保ったまま維持するのは至難の業ですよ。少しでも気を抜けば、すぐに霧散するか、眩い閃光に化けてしまう」


ヴォルカは自嘲気味に笑いながら、杖の先端で空中に浮かぶ術式の核を軽く叩いた。


アスレチックの影になった空間に、淡い翠色の光の粒子が滞留し、子どもが触れるたびに柔らかな鈴のような音が響く術式が展開されていく。


「……これでどうです。魔力感知を触覚にフィードバックさせ、音響へと変換しました」


「わあ、すごい! ルカさん、これ、最高の教材ですよ! ありがとうございます!」


聡介は目を輝かせ、さっそくドランたちを呼び寄せた。


「ドランくん、見てみて。ルカさんが、光のトンネルを作ってくれたよ。触ると綺麗な音がするんだ。行ってみようか!」


ドランたちが歓声を上げて光の中に飛び込む。


光に触れるたびに「リン、リン」と透き通った音が響き、子どもたちの笑い声と混ざり合う。


ヴォルカはその様子を、腕を組んで静かに見守っていた。


(……不思議なものだ。魔法とは己の昂ぶりをぶつけるための力。だが、彼の手にかかれば、それが子どもたちの『好奇心』を引き出す鍵になる。……あるいは、私が必死に演算したこの『優しさ』すら、彼にとっては呼吸するように自然な理なのだろうか)


聡介が隣に立ち、満足げに子どもたちを見つめる。


「ルカさんの魔法って、すごく優しいですよね。攻撃するためじゃなく、こうして誰かの毎日を彩るためにある。僕にはそんな風に見えますよ」


「……買い被りすぎです、ソウスケ殿。私はただ、この里に新しい『価値』を持ち込みたいだけですよ」


ヴォルカはいつものように飄々と答えたが、その胸中には確かな手応えがあった。

武力こそがすべてとされる竜人族の里で、自分の「知」が、これほどまでに肯定されている。


その日の夜。塔に戻ったヴォルカは、柔らかな表情でペンを取った。


(……今日は、魔法の変換効率について興味深いデータが得られた。いや――あの子たちの笑顔こそが、最大の収穫だったと言うべきでしょうか)


一方、聡介は。


「いやぁ、ルカさんのエフェクト、本当に凄かったなぁ。……あ、ドランくんの脱ぎっぱなしの靴、少し底が減ってるな。明日のお散歩で転んじゃったら大変だ」


聡介はいつもの裁縫道具と、少しばかりの補強材を取り出す。


「よしよし、明日も元気に走れるように、先生が『手当て』してあげるからね」


彼が靴の傷んだ箇所にそっと手を添え、鼻歌まじりに作業を始めたその瞬間。聡介の指先から、本人すら気づかないほどの淡く柔らかな光が溢れ出した。


それは、世に存在するどんな職人よりも速く、そして完璧に、靴の繊維一本一本を「あるべき健やかな状態」へと納得させていく。

数分後。


新品同様の輝きを取り戻した靴を満足げに眺め、聡介は「うん、これでバッチリだ」と微笑む。


ベテラン保育士は、自分が世界最高の付与術エンチャントを施した自覚など微塵も持たぬまま、明日の子どもたちの安全な足元を想い、静かに眠りにつくのだった。


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