第12話【穏やかだが確実に変わる日常 ~シアさんの「先生」修行~】
族長ギルガランによる「断罪」の危機を乗り越えた翌朝。
ひよこ組の本格的な活動は、イグニシアの驚愕から始まった。
「……ソウスケ。この『あすれちっく』というものは、一体どのように作ったのだ?」
イグニシアが、広場の中心にそびえ立つ木製のアスレチックを仰ぎ見て、呆然と呟いた。
「昨晩、私が帰る頃には影も形もなかった。里の設営兵たちが総出で取り掛かったとしても、これほど精緻な組み木を一晩で組み上げるなど、常軌を逸している……」
「ああ、これですか? 夕食の後にちょっと時間が空いたので、チャチャッと作っちゃいました」
聡介は足元に置いたお散歩リュックのサイドポケットから、使い込まれた道具をひょいと取り出した。
「これ、実家の物置に眠ってた古い道具なんです。折り畳みのノコギリと、小ぶりな金槌。コンパクトでリュックに入れやすいんですよ。なんだかこっちに来てから、以前より使い勝手が良くなった気がして。サクサク切れるし、釘もスッと入る。相性がいいみたいで助かってます」
聡介本人は「DIYの効率がいい」くらいにしか思っていない。
だが、それを見つめるドラグシアの瞳には、別の光景が映っていた。
彼女の戦士としての本能が、あの小型ノコギリが空気を切るたびに木材がバターのように分かたれ、小さな金槌が振り下ろされるたびに空間が不自然なほど静まり、本来ならあり得ないはずの「調和」が強制的に生み出される違和感を捉えていたのだ。
「さあシアさん、道具の話はこれくらいにして。今日も(先生の)修行、頑張りましょう!」
聡介に促され、ドラグシアは戸惑いを飲み込んでドランの前に立った。
しかし、そこからの「保育修行」は、彼女にとって死闘よりも過酷だった。
「……そこだ! 右だドラン! 敵(遊具)を逃がすな! 迅速に制圧……いや、登るのだ!」
広場に響き渡る彼女の裂ぱくの気合。
ドランは楽しそうではあるものの、背後から飛んでくる軍事命令のような指示に、足運びを迷って戸惑っていた。
「シアさん、シアさん。ちょっとストップです」
聡介は苦笑しながら、ドラグシアの隣に歩み寄った。
「ソウスケ、何か不備があったか? 私は常にドランの安全を確保し、最短ルートで頂上へ導こうとしているのだが……」
「そうですね。シアさんの守備は完璧です。でも……ちょっとだけ、『待ち』の時間を作ってみませんか?」
「待ち……?」
イグニシアが不思議そうに、凛々しい眉を寄せた。聡介は、一生懸命に丸太を掴もうとしているドランの小さな背中を指差した。
「あの子がどこに足をかけようか、自分で考えて、自分で決める。僕らの仕事は、先回りして正解を教えることじゃなくて、あの子が『自分でできた!』って思える瞬間のために、すぐ後ろで手を広げて待っていることなんです。シアさんが先に答えを出してしまうと、あの子の大切な『できた!』という達成感を奪ってしまうことになりかねませんから」
イグニシアは、自身の大きな掌を見つめた。
これまで、この手は剣を握り、敵を排除し、誰かを守るために先回りすることに捧げられてきた。「待つ」という選択肢は、彼女の辞書にはなかったのだ。
「……見守る、というのは、戦うことより勇気が要るのだな」
「そうかもしれませんね。でも、シアさんのように強い人が黙って見守ってくれるからこそ、ドランくんは安心して挑戦できるんですよ。ほら、見てください」
ドランが、プルプルと震える足で最後の一段を登りきった。イグニシアが指示を出さなかった、初めての数分間。ドランは自分の力で頂上に立ち、広場を見渡して、パァッと顔を輝かせた。
「……できた。シア! できたよ!」
アスレチックに向かって駆けていくイグニシア。その光景を遠くの塔から眺めていたヴォルカのペンが、ふと止まる。
(……朝ソウスケ殿が使っていた道具たち。形状こそ簡素だが、ソウスケ殿が振るうたび、まるで世界の方が彼に『加担』しているように見えた。)
(彼が釘を打てば、そこにあるのが当然であるかのように物質が定着し、彼がドランを見守れば、荒れ狂う魔力ですら静寂を保つ……)
そう独りごちるヴォルカの目が、駆け寄ってドランを高く抱き上げたイグニシアの顔を捉えた。
その顔は、副団長としての威厳ではなく、一人の「先生」としての笑顔に溢れている。
(……あんなに穏やかなイグニシアの顔は、いつ以来でしょうか。)
(わが里では、家を建てることも狩りをすることも、すべてが『強さ』に繋がる試練。)
(一晩でこの建造物を成したソウスケ殿の『腕』は、他の戦士の目にも、計り知れぬ武威を秘めた達人の業と映っているはずです。)
(ソウスケ殿、あなたは一体何者なのでしょう……)
日常という名の静かな変化が、確実にこの里を浸食し始めていた。
聡介はいつものように「なんとかなるさ」と小さく独り言ち、子どもたちのために次のおやつの準備に取り掛かるのだった。




