第63話 荷が増えた理由
薪を積んだ荷車が、朝の湿った石畳を軋ませて進む。
先頭を歩くのはメルカだった。細い路地を覗き込み、どちらが空いているかを先に見て、振り返りもせず手だけで合図する。セナはその後ろを、小さな薪束と縄を抱えてついていく。フィノはさらに先を走って、裏口が開いているかを確かめに行った。
「こっち」
メルカが短く言う。
「表は野菜の搬入中。裏から入れるよ」
ガルドは文句を言わず、荷車の向きを変えた。小さな店の裏口は狭い。大きな運送筋なら嫌がる幅だった。荷車を寄せれば壁に擦るし、人を多く入れればかえって邪魔になる。
だが、今の人数なら通せる。
店の裏口から顔を出した老婆が、薪束と人足の顔を見比べた。
「今日は早いね」
「早ぇ方がいいんだろ」
ガルドがぶっきらぼうに返す。
「遅いよりはね」
老婆は鼻を鳴らした。
「前に頼んでたところは、昼過ぎまで来なかったよ。まとめて回るからって、うちみたいな小口は後だ」
ガルドは答えず、薪を降ろす方を見た。
セナが抱えた分をそっと置く。フィノが残りを運び、トルは運び終えた後で数を見ていた。
「……十二」
トルが言う。
「合ってる」
老婆はその一言で頷いた。
疑うような目が、少しだけ和らぐ。
次の小麦屋は市場裏の通り沿いにあった。リザの店だ。女主人のリザは店先で腕を組んでいる。口うるさく、ごまかしが利かない顔つきだ。
「遅れなかったね」
開口一番、それだった。
「きっちりきたぞ」
ガルドが言う。
「ならいい」
リザは店の奥を顎でしゃくった。
「十袋。濡らすんじゃないよ」
小麦袋は重い。ハムとニグが肩を入れ、ガンツは受け取った袋を荷車へ上げながら、置く位置を短く指示する。
「奥に二つ寄せろ。前は空ける」
「うるせぇな」
ハムが言いながらも従う。
「前に寄せると帰りで浮く」
ガンツは短く返した。
トルは運びながら袋の数を見ている。セナは横で縄を差し出し、フィノは落ちた袋の口紐を拾った。大きな仕事ではない。だが、誰か一人では回らない。十袋を積み、崩さず運び、濡らさず渡し、数を合わせる。それだけで、役目はいくつもある。
「前の連中は雑だった」
リザがぽつりと言った。
「袋を放る。数を間違える。遅れた挙げ句に、こっちが細かいみたいな顔をする」
エルンが帳面を持ったまま、横で顔を上げる。
「大きな運送筋ですか」
「大きいってほどでもないよ。ただ、まとめて持つ方が得だと思ってる連中さ」
リザは鼻で笑った。
「うちみたいな袋十や布包み三つじゃ、手間のわりに金にならないんだろうね」
その言葉を、カイルは少し離れて聞いていた。
評判だけではない。
大きなところは、大きい荷を選ぶ。
まとめて運べるものを好む。
逆に、小さな店は後回しになる。荷が少ない。時間だけ細かい。壊されたくないが、金も払えない。
その隙間がある。
昼前には、布包みを三つ抱えた女が来た。ユナという露店女で、濡れと汚れにうるさい。
「乱暴にしないでよ」
開口一番にそう言った。
「軽いけど、中身は軽くないんだから」
セナがその布包みを両手で受け取る。おっかなびっくりではあるが、雑には持たない。ユナはその手元を見て、少しだけ表情を緩めた。
「……あんた、その子でいい」
「え?」
ガルドが眉を寄せる。
「力任せに持たれるよりましってこと」
ユナは言う。
「軽い荷は、軽い荷で雑にされるのが一番困るんだよ」
ハムが鼻を鳴らしたが、何も言わなかった。
夕方前には酒樽が来る。重い。臭う。転がせば済むものでもない。そこではハムとニグが前に出て、ガンツが荷車の位置を見て運び出す。ドグが床に渡した板が効いてくる。
荷は違う。
重さも違う。
持ち方も違う。
来る時間も、払う額も、急ぎ方も違う。
だが、その全部が市場裏の小屋へ来る。
ガルドは酒樽の前で腕を組んだ。
「細けぇのばっかだな」
「だから来るんだろ」
ミラが笑う。
「大きいとこは受けない。雑な日雇いじゃ壊される。だったら、こっちに流れる」
ガルドは黙ったまま、荷車を見た。今日運んだのは、薪、小麦、布包み、酒樽。ついでに運んでくれと預けられた古い金具も。
なんでも屋みたいだ、と顔に出ていた。
カイルは、その横顔を見た。
何でも運ぶのではない。
運べる者がいない物が、ここへ来るのだ。
金にならない細かさ。
壊されたくない面倒さ。
大きなところが受けない小口。
だが、誰かが運ばなければ困る荷。
市場裏は、もう人だけを集めてはいなかった。
行き場のない荷まで、少しずつここへ流れてきている。
そうやってガルドたちの仕事が増えていった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
続きが気になる方は
ブックマークしていただけると嬉しいです。
評価ポイントも励みになります!




