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第62話 朝の割り振り

 朝の仕事は、もう六人だけでは決まらなかった。


 小屋の前に積んだ薪の束が二つ。壁際には昼前に運ぶ小麦袋のための縄。奥には、夕方までに出す酒樽の置き場を、もう空けておかなければならない。


 エルンは帳面を開いたまま、小屋の中から顔も上げずに言った。


「先に薪を片づけます。軽いですが、数がある。小麦袋はその後です。樽は時間が遅いので、荷車を空けておく必要があります」


「まとめて言うな」

 ガルドが戸口の前で眉をひそめる。

「誰が何やるか先に言え」


「今言います」

 エルンは早口のまま、帳面を指で追った。

「薪はセナとフィノ。トルは数の確認。運び先の確認はメルカ」


「メルカ?」

 ガルドが顔を向けると、小屋の外から女が片手を上げた。


 細身で目の動きが早い。人足というより、店先と路地の隙間を縫って生きてきたような顔つきの女だった。仕事の中心ではないが、受け渡しの場所と順番を覚えるのが妙に早い。ここ最近、朝になると自然にいるようになった女人足だ。


「いるよ」

 メルカは言った。

「薪の店、裏から入れた方が早い。表は今、野菜の荷が詰まってる」


「なんでお前が知ってんだよ」

 ガルドが言う。


「さっき見たから」

 メルカは肩をすくめた。

「見れば分かるでしょ、そのくらい」


 言い方は少し刺があるが、間違ってはいない。

 ミラが口の端だけで笑った。


「だから使えるんだって。外との交渉があたしなら、現場のやりとりはそっち」


 エルンはため息を飲み込み、続けた。


「小麦袋はハム、ニグ、ガンツ。トルは引き続き数を見てください。セナは薪が終わったら縄を持って合流。フィノは呼ばれた先に走る」


「俺は」

 ニグが低く言う。


「重い方です」

 エルンが即答する。


「……だろうな」


 それで話が終わる。

 ニグは文句を足さない。


「樽は?」

 ガルドが聞く。


「樽は夕方まで待ちです」

 エルンが答える。

「ただし先に置き場を空けます。ドグ」


「やる」

 ドグは短く言って、もう小屋の奥へ入っていた。


 古い板と空箱をどけ、沈みかけた床にまた別の板を渡す。荷を運ぶ前に、置ける形を作る。人数が増えた今は、その一手間が以前より重い。


 ガンツも荷車の脇から立ち上がった。


「小麦は前に寄せるな。帰りで軽くなる」


「分かった」

 ハムが欠伸混じりに言う。

「崩れなきゃいいんだろ」


「崩れる」

 ガンツは短く返す。

「お前の積み方だと」


 ハムが顔をしかめる。

 だが言い返す前に、ガルドが声を落とした。


「やる前に揉めんな。今は仕事が先だ」


 それだけで、場が止まる。


 カイルは戸口の脇からそれを見ていた。


 ガルドが前に立つ。

 エルンが計画する。

 ミラが繋ぐ。

 ドグが置き場を作る。

 ガンツが荷車を見る。

 メルカが現場の詰まりを先に拾う。


 自分が出るより、その方が早い。


「……カイル」

 小さな声で呼んだのはリノだった。


 壁際にいた彼女は、人の足元ではなく、今日は人の顔を見ていた。いつもより落ち着かない。人数が増えた分だけ、見るものが多いのだろう。


「フィノ、走りすぎる」

 リノが言う。

「……ぶつかる」


 見ると、フィノはもう薪の束を持つ気で、狭い戸口の脇をせわしなく行き来していた。セナが出ようとすれば、たしかにぶつかる。


「フィノ」

 カイルが声をかける。

「先に道を空けてからの方が、たぶん早い」


「え?」

 少年はきょとんとしてから、セナと戸口を見比べた。

「あ、ほんとだ」


 素直に一歩引く。


 その程度のことだった。

 誰も気に留めない。ガルドも振り返らない。ただ、流れだけが少し引っかからずに済む。


「行くよ」

 メルカがぱん、と手を打った。

「薪は先。セナ、持てる方だけ持ちな。フィノ、先に裏口見てこい。トルは数、忘れないで」


「……忘れません」

 トルが言う。


「ハム、ニグ、ガンツは次の小麦」

 ガルドが前へ出る。

「俺も行く。顔見せといた方が話が早ぇ」


 それを聞いて、カイルは改めて思った。


 前に立つのがガルドであることには、意味がある。


 強く見える声。迷わない顔。細かい理屈を知らなくても、とりあえず従わせる力。

 人が増えた今、それは前よりずっと必要だった。


 もし自分が同じことを言っても、ここまでは動かない。


 市場裏の朝は、もう偶然では回らない。

 誰が何を見て、誰が何を言い、誰が前に立つか。

 それが噛み合って、ようやく動く。


 ガルドが戸口の前で振り返る。


「ぼさっとすんな。いくぞ」


 その声で、人足たちが散った。

 薪が先に出る。縄が動く。板が鳴る。帳面の上でエルンの指が走る。


 カイルは、その一歩後ろで小さく息を吐いた。


 やはり、自分は前に立たない方がいい。


 その方が、全部がうまく回る。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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