表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/67

第55話 残る者

 次の日の朝、小屋の前に立っていた顔は、昨日より少なかった。


 目に見えて減っているわけではない。だが、流れを知っている者には分かる。昨日まで壁際にいた若いのが一人いない。半日だけでもと声をかけてきた中年も来ない。代わりに新しい顔が一つ立っているが、差し引けば、残ったのは少ない。


「減ったな」

 ガルドが言う。


「減りました」

 エルンは帳面を見たまま答えた。

「昨日の時点で、今日も来ると言っていた者のうち二人が来ていません。もう一人は、さっき西通りで別口に並んでいるのを見たと」


 ミラが肩をすくめる。

「そりゃそうでしょ。前借りと寝床を出されて、こっちに義理立てするほど皆きれいじゃないよ」


 ガルドは鼻を鳴らしたが、怒鳴りはしなかった。

 昨日のうちに分かっていたことだ。引き剥がしが来るなら、減る者は出る。問題は、何人減ったかではない。減ったあとに、誰がまだ立っているかだった。


 小屋の前には、昨日こちらへ寄った若いのがいる。袋の数だけは外さない鈍い男もいる。縄を運ぶ時だけ落ち着く痩せた女もいる。壁際にはニグもいた。相変わらず目立たず、声も大きくない。だが、帰らずに来ている。


「……残るんですね」

 カイルが小さく言うと、ミラが笑った。

「全部持ってかれるわけじゃないってこと」


 エルンは帳面を閉じる。

「理由はどうあれ、来たなら振ります。今日は乾物屋が一件、布問屋が二件。昨日より多い」


「人は減ってんのにか」

「だからこそです」


 仕事が動き始めると、残った者たちの手は昨日より少しだけ早かった。慣れたからではない。残ると決めた分だけ、迷いが薄いのだ。呼ばれれば前へ出る。終われば声をかける。小さな決まりを、昨日よりは守る。


 それでも半端な者たちであることは変わらない。若いのはまだ焦るし、鈍い男は道を塞ぎかける。痩せた女は人の顔色を見て止まりそうになる。けれど、昨日のように、行くか残るかで視線を揺らしてはいなかった。


 昼前、昨日別口へ流れたはずの若いのが、小屋の前を通った。こちらを見たが、近寄らない。腕には見覚えのない縄が巻かれ、顔は少し疲れている。前借りを受けたのだろうと、誰にも言われずに分かった。


 ニグがそれを横目に見て、ぼそりと言った。

「早いな」


「何がです」

 エルンが聞く。


「顔が死ぬのが」

 ニグはそれだけ言って、荷を持ち上げた。


 ミラは笑わなかった。ガルドも何も言わない。ただ、残っている若いのに向かって顎をしゃくる。

「お前、そっち寄れ。そこ塞ぐな」


「……はい」

 若いのはすぐ動いた。


 従順になったわけではない。ただ、ここに残ると決めた者は、少なくとも今はこの流れに乗るしかないと知っている。その実利だけが、この場所に人を留める。


「恩義で残るわけじゃないんですね」

 カイルが言うと、ミラが即座に返した。

「当たり前でしょ。恩なんて腹の足しにならない」


 エルンも珍しく同意した。

「損得で残る方が、むしろ計算できます」


「嫌な言い方だな」

 ガルドが言う。


「事実です」

 エルンは淡々と答えた。

「昨日減った。今日も残った。なら、この場所にまだ利益があるということです」


 その言い方は冷たい。だが、間違っていなかった。


 小屋の前に立つ者たちは、思想で集まっているわけではない。義理でも、情でもない。ここに立つ方が、他より少しましだから残る。前借りで縛られず、働いた分は一応払われ、切るなら切るで先に分かる。それだけで、下層では十分に理由になる。


 夕方、仕事が終わったあとも、壁際には何人かが残っていた。明日の口を待つ顔だ。減ったはずなのに、空っぽにはならない。流れは細っても、途切れてはいない。


 カイルはその光景を見て思う。


 人が残るのは、信じたからではない。

 ここにいる方が、まだ損をしにくいと知っているからだ。


 それで十分なのだろう。

 少なくとも、今の自分たちには。


 小屋の前には、今日も半端な人間が立っている。

 昨日より減った。だが、残った者はいた。


 この場所は、まだ強くはない。

 それでも、減ったあとになお残る者がいるというだけで、もうただの寄せ集めではなくなり始めていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


続きが気になる方は

ブックマークしていただけると嬉しいです。


評価ポイントも励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ