表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/67

第48話 役に立たないもの

 人が流れてくるようになると、使える者ばかりが増えるわけではなかった。


 むしろ逆だった。


 朝の市場裏には、今日も昨日の続きを期待するような顔で何人か立っている。南の路地から来た若いのが二人。前に一度だけ顔を出した中年が一人。見覚えのない痩せた女が一人。さらに、その後ろには、仕事をしに来たのか、ただ立っているだけなのか分からない影が二つあった。


 ガルドはそれを見て、露骨に嫌そうな顔をした。

「増えりゃいいってもんじゃねぇな」


「今さらですか」

 エルンが帳面を開きながら言う。

「昨日の時点でも十分そうでしたよ」


「昨日来た若いのはまだ働く。だが、あれは駄目だろ」

 ガルドが顎で示した先には、背の丸い男がいた。手はある。腕も細すぎはしない。だが、呼ばれてから反応するまでが遅い。声をかけられるたび、半拍ずつ何かが遅れる男だった。


 もう一人、痩せた女は視線ばかり動いていた。荷の方ではなく、人の顔を見る。置き場も縄も見ない。仕事より先に、怒鳴られそうな相手を探す癖が染みついているようだった。


「切りますか?」

 エルンは淡々と聞く。


「早ぇよ」

 ミラが笑う。

「見てもいないのに」


「見れば分かることもあります」

「見ただけで切ってたら、残るのなんて半分もいないよ」


 その言い方に、エルンは口を閉じた。反論したげな顔だが、口は開かなかった。


 カイルは黙って立っていた。


 今すぐ使える者だけを残すなら、話は簡単だった。重い荷を運べる、指示が通る、途中で消えない。そういう者だけで回せば、今日の仕事だけなら綺麗に進む。だが、そういう者ばかりが下層に余っているわけではない。余るのは、どこかが鈍い者、どこかが欠けている者、すぐには形にならない者の方だ。


 そして、ここへ流れてくるのは、そういう人間だった。


「……軽い方へ回してみますか」

 カイルが言うと、ガルドが振り向いた。

「何をだ」

「重い荷じゃなく、仕分けと片付けです。途中で止まるなら、その方がまだ崩れません」


 エルンが少し考えたあと、渋い顔で頷く。

「駄目ならすぐ切ります」

「切る前提なんだね」

 ミラが笑った。


 朝の依頼は、乾物屋の荷の仕分けと、裏手の片付けだった。重い荷は昨日から来ている若いのと中年に回し、反応の遅い男には、袋を寄せて数を合わせるだけの仕事を振る。痩せた女には縄の束を運ばせる。逃げてもすぐにフォローできる程度の、軽い仕事だ。


 最初に止まったのは、やはり背の丸い男だった。


「そっちじゃない」

 ガルドが言う。

 男は一度止まり、次に別の袋へ手を伸ばす。

「それでもねぇ」

 そこでようやく、男は手を引っ込めた。


 遅い。悪気も反抗もない。ただ遅い。周りの流れについていけず、一つずつずれていく。そのたびに、近くの若いのが苛立った顔をする。


「何やってんだよ」

「……すまん」

「謝ってる暇あったら動けって」


 声が強くなりかけたところで、ガルドが横から睨んだ。若いのは舌打ちだけで黙る。


 一方で、痩せた女は縄を運ぶ途中で二度立ち止まった。仕事が分からなくなったのではない。通りすがりの男がこちらを見ただけで、肩がすくむのだ。荷より先に、人の顔色を見てしまう。


 リノが戸口の脇からそれを見ていた。


 何も言わない。だが、女が三度目に止まりかけた時、ふいに立ち上がって、縄の束をひとつだけ持っていった。どこへ運ぶかを見せるように、ゆっくり歩く。痩せた女は一瞬だけ戸惑い、それから黙ってついていった。


 エルンが眉を寄せる。

「教えるなら言葉で」

「リノにそれ言う?」

 ミラが面白がるように返した。


 リノは戻ってきても何も言わない。ただ、また戸口にしゃがみ込む。痩せた女は今度は止まらずに縄を運んだ。遅いが、さっきよりましだった。


「……使えなくはない、のか」

 ガルドが低く言う。


「今すぐじゃない、ってだけだよ」

 ミラは軽く言うが、その目はちゃんと現場を見ていた。


 昼前、結局その背の丸い男には、数を合わせる仕事しか残らなかった。重い荷にも片付けにも向かない。だが、置き場の端で袋の数を見ているぶんには、どうにか邪魔にならない。


 役に立つ、とは言い難い。

 だが、今すぐ捨てるほどでもない。


 エルンは帳面の端に小さく印をつけた。

「……増やすほど、こういうのも抱えることになります」


「嫌そうだな」

 ガルドが言う。


「嫌です。今の仕事だけ見れば、いない方が早い」

「でも、来るのはこういうのだ」

 ミラが言う。

「使えるのだけ来いなんて、下じゃ通らないよ」


 エルンは帳面を閉じなかった。嫌そうなまま、だが捨てもしない顔だった。


 カイルは小屋の前に立つ影を見た。


 今すぐ使える者だけで組めば、たぶん楽だ。だが、そのやり方ではいずれ先細る。強い者、器用な者、分かりやすく役に立つ者から先に他所へ拾われる。この場所に残るのは、遅い者、鈍い者、怖がる者、半端な者だ。


 なら、抱えるしかない。


 今日の仕事だけで見れば、無駄に見える人手もある。だが、今の仕事だけでこの先は回らない。


 市場裏の小屋の前では、今日も半端な人間が立っている。

 役に立たないように見える者もいる。

 それでも、その全部を切り捨てていたら、ここはきっと広がらない。


 人が増えるというのは、使える者が増えることではない。

 すぐには使えない者まで、置いておく痛みが増えるということだった。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


続きが気になる方は

ブックマークしていただけると嬉しいです。


評価ポイントも励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ