第48話 役に立たないもの
人が流れてくるようになると、使える者ばかりが増えるわけではなかった。
むしろ逆だった。
朝の市場裏には、今日も昨日の続きを期待するような顔で何人か立っている。南の路地から来た若いのが二人。前に一度だけ顔を出した中年が一人。見覚えのない痩せた女が一人。さらに、その後ろには、仕事をしに来たのか、ただ立っているだけなのか分からない影が二つあった。
ガルドはそれを見て、露骨に嫌そうな顔をした。
「増えりゃいいってもんじゃねぇな」
「今さらですか」
エルンが帳面を開きながら言う。
「昨日の時点でも十分そうでしたよ」
「昨日来た若いのはまだ働く。だが、あれは駄目だろ」
ガルドが顎で示した先には、背の丸い男がいた。手はある。腕も細すぎはしない。だが、呼ばれてから反応するまでが遅い。声をかけられるたび、半拍ずつ何かが遅れる男だった。
もう一人、痩せた女は視線ばかり動いていた。荷の方ではなく、人の顔を見る。置き場も縄も見ない。仕事より先に、怒鳴られそうな相手を探す癖が染みついているようだった。
「切りますか?」
エルンは淡々と聞く。
「早ぇよ」
ミラが笑う。
「見てもいないのに」
「見れば分かることもあります」
「見ただけで切ってたら、残るのなんて半分もいないよ」
その言い方に、エルンは口を閉じた。反論したげな顔だが、口は開かなかった。
カイルは黙って立っていた。
今すぐ使える者だけを残すなら、話は簡単だった。重い荷を運べる、指示が通る、途中で消えない。そういう者だけで回せば、今日の仕事だけなら綺麗に進む。だが、そういう者ばかりが下層に余っているわけではない。余るのは、どこかが鈍い者、どこかが欠けている者、すぐには形にならない者の方だ。
そして、ここへ流れてくるのは、そういう人間だった。
「……軽い方へ回してみますか」
カイルが言うと、ガルドが振り向いた。
「何をだ」
「重い荷じゃなく、仕分けと片付けです。途中で止まるなら、その方がまだ崩れません」
エルンが少し考えたあと、渋い顔で頷く。
「駄目ならすぐ切ります」
「切る前提なんだね」
ミラが笑った。
朝の依頼は、乾物屋の荷の仕分けと、裏手の片付けだった。重い荷は昨日から来ている若いのと中年に回し、反応の遅い男には、袋を寄せて数を合わせるだけの仕事を振る。痩せた女には縄の束を運ばせる。逃げてもすぐにフォローできる程度の、軽い仕事だ。
最初に止まったのは、やはり背の丸い男だった。
「そっちじゃない」
ガルドが言う。
男は一度止まり、次に別の袋へ手を伸ばす。
「それでもねぇ」
そこでようやく、男は手を引っ込めた。
遅い。悪気も反抗もない。ただ遅い。周りの流れについていけず、一つずつずれていく。そのたびに、近くの若いのが苛立った顔をする。
「何やってんだよ」
「……すまん」
「謝ってる暇あったら動けって」
声が強くなりかけたところで、ガルドが横から睨んだ。若いのは舌打ちだけで黙る。
一方で、痩せた女は縄を運ぶ途中で二度立ち止まった。仕事が分からなくなったのではない。通りすがりの男がこちらを見ただけで、肩がすくむのだ。荷より先に、人の顔色を見てしまう。
リノが戸口の脇からそれを見ていた。
何も言わない。だが、女が三度目に止まりかけた時、ふいに立ち上がって、縄の束をひとつだけ持っていった。どこへ運ぶかを見せるように、ゆっくり歩く。痩せた女は一瞬だけ戸惑い、それから黙ってついていった。
エルンが眉を寄せる。
「教えるなら言葉で」
「リノにそれ言う?」
ミラが面白がるように返した。
リノは戻ってきても何も言わない。ただ、また戸口にしゃがみ込む。痩せた女は今度は止まらずに縄を運んだ。遅いが、さっきよりましだった。
「……使えなくはない、のか」
ガルドが低く言う。
「今すぐじゃない、ってだけだよ」
ミラは軽く言うが、その目はちゃんと現場を見ていた。
昼前、結局その背の丸い男には、数を合わせる仕事しか残らなかった。重い荷にも片付けにも向かない。だが、置き場の端で袋の数を見ているぶんには、どうにか邪魔にならない。
役に立つ、とは言い難い。
だが、今すぐ捨てるほどでもない。
エルンは帳面の端に小さく印をつけた。
「……増やすほど、こういうのも抱えることになります」
「嫌そうだな」
ガルドが言う。
「嫌です。今の仕事だけ見れば、いない方が早い」
「でも、来るのはこういうのだ」
ミラが言う。
「使えるのだけ来いなんて、下じゃ通らないよ」
エルンは帳面を閉じなかった。嫌そうなまま、だが捨てもしない顔だった。
カイルは小屋の前に立つ影を見た。
今すぐ使える者だけで組めば、たぶん楽だ。だが、そのやり方ではいずれ先細る。強い者、器用な者、分かりやすく役に立つ者から先に他所へ拾われる。この場所に残るのは、遅い者、鈍い者、怖がる者、半端な者だ。
なら、抱えるしかない。
今日の仕事だけで見れば、無駄に見える人手もある。だが、今の仕事だけでこの先は回らない。
市場裏の小屋の前では、今日も半端な人間が立っている。
役に立たないように見える者もいる。
それでも、その全部を切り捨てていたら、ここはきっと広がらない。
人が増えるというのは、使える者が増えることではない。
すぐには使えない者まで、置いておく痛みが増えるということだった。
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