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第44話 ガルドという顔役

 揉め事は、仕事が増えれば自然に増える。


 その日の朝も、小屋の前には昨日と似た顔が並んでいた。半端な一日雇いたち。口の悪い男、目を合わせない若いの、鈍いが手を止めない女。そこへ、今日初めて来た顔が二つ混じっていた。


 片方は背の高い男だった。頬がこけ、肩だけが妙に張っている。もう片方は、その後ろに立つ細い少年で、落ち着かない目つきのまま周囲を見回している。


「仕事を回してるのはここか」

 背の高い男が言った。


 ガルドは小屋の戸口にもたれて、面倒そうにそちらを見る。

「そうだ。文句か」


「文句じゃねぇ。先に来てた連中が遅すぎる。今日の荷降ろし、俺たちも入る」


 言い方が悪い、とカイルは思った。頼みに来た態度ではない。奪いに来たような口ぶりだ。強く出れば、そのまま割り込めると思っている。


 エルンがすぐに帳面を閉じた。

「順番があります。今朝の分はもう割り振りました」

「知るかよ」


 男は一歩前に出た。背後の少年もつられて半歩だけ動く。ガルドはそのまま壁から離れた。


「帰れ」

「は?」


「今の話で分かった。お前は使わねぇ」


 言葉は短い。だが、それだけで周囲の空気が変わる。並んでいた連中が少しだけ下がり、道が開いた。誰が前に立つのか、誰がそこで止めるのか、その形が見えると、人は勝手に周りを空ける。


「舐めてんのか」

 男が唾を吐くように言った。

「こっちは、仕事が欲しいだけだ」


「欲しいなら、取り方くらい覚えてこい」


 ガルドは一歩も引かない。怒鳴るでもなく、理屈をこねるでもなく、ただ正面から立つ。その分かりやすさに、後ろの新人たちの目が集まっていた。


 カイルはその視線の流れを見ていた。


 誰もカイルを見ていない。エルンでもない。ミラでもない。今この場で、新しく来た者たちが見ているのは、前に立っている大きな背中だけだ。


 男はさらに詰めようとして、そこで止まった。ガルドが動いたわけではない。ただ、殴れば殴り返されると分かる距離に入っただけだった。


「……ちっ」


 男は舌打ちし、肩を怒らせたまま踵を返した。背後の少年も慌ててついていく。去り際に何か言いかけたが、結局、振り返らなかった。


 静かになってから、ミラが笑う。

「便利だねえ、その顔」


「好きでやってんじゃねぇ」

 ガルドは不機嫌そうに返した。


「でも、ああいうのは説明しても引かないよ」

「説明する気もねぇよ」


 そのやり取りの横で、さっきまで黙っていた一日雇いの中年がぽつりと言った。

「分かりやすい方が助かる」


 全員の目がそちらに向いたので、中年は少しだけ肩をすくめた。

「誰の言うこと聞けばいいか、迷わなくて済む」


 それは、たぶん他の連中も同じだった。


 人が増えれば、決める者が要る。エルンは理屈を並べる。ミラは軽く笑って誘導する。ドグは必要なことしか言わない。リノはそもそも人前で何かを決める側に立たない。


 その中で、最初に目に入るのはガルドだった。

 強く見える。声が届く。嫌だと言う時も、いると言う時も、曖昧にしない。


 小屋の前で働き始めた連中も、自然とガルドの声で動いていた。


「そっちは先だ」

「箱は寄せろ。道塞ぐな」

「終わった奴から次見ろ」


 乱暴に聞こえるが、言っていることは単純で分かりやすい。だから通る。通るから、さらに前に立つ者として見られる。


 昼前、小さな揉め事がもう一つ起きた。


 縄を結び直していた女が荷を置こうとしたところへ、荷を担いだ若い男が入ってきた。置き場が重なり、二人はそこでぶつかったのだ。互いに譲らず、声が大きくなる。大したことではない。だが、人数が増えた場では、そういう小さないざこざが連なって面倒になる。


「そこに置いたら邪魔だろ」

 若い男が言う。

「じゃあ、どこに置けばいいの」

 女が睨み返す。

「見れば分かるだろ」

「分からないから聞いてるんでしょ」


 エルンが口を開きかけたが、その前にガルドが入った。


「うるせぇ」


 それだけで二人とも止まる。


「置き場はこっちだ。次からは聞け。今は動け」


 短い。雑だ。だが、二人とも従った。理屈で納得したわけではない。ただ、この場ではそれで止まる方が早いと分かる声だった。


 リノが戸口のところから、その様子をじっと見ている。エルンは少し嫌そうに眉を寄せた。

「場当たりです」

「でも収まった」

 ミラが言う。

「今はそれで十分だろ」


「十分ではありません。人数が増えれば、毎回ああやるわけにもいかない」

「じゃあ、今は足りてるってことだよ」


 エルンは納得していない顔だったが、否定もしなかった。実際、止まっている。小屋の前の流れは、ガルドが前にいることで崩れずに済んでいた。


 カイルはその背中を見た。


 自分が前に立たない方がいいと、改めて思う。カイルの言葉は通らないわけではない。だが、人が増えた場では、通る前に考えさせてしまう。迷わせる。比べさせる。そういう時間が増える。


 ガルドは違う。早い。単純で、強くて、誰の目にも分かる。

 だから、みんな従う。


「……見られてますね」

 カイルが小さく言うと、エルンが顔を上げた。

「誰がです」

「ガルドが」


 エルンは少しだけ周囲を見て、すぐに分かったらしい顔をした。


 新人も、一日雇いも、通りすがりの依頼人も、困った時にはまずガルドを見る。

 誰に話を通せばいいのか。

 誰が怒るのか。

 誰が止めるのか。


 その答えを、もう自然に知り始めていた。


「面倒だな」

 当の本人はそう言って、荷車の脇に置かれた箱を足で寄せた。

「顔役なんざ、腹の足しにもならねぇ」


「でも、いるんだよ」

 ミラが笑う。

「顔役ってのはさ」


 ガルドは露骨に嫌そうな顔をしたが、否定はしなかった。


 小屋の前では、今日も半端な一日雇いたちが動いている。

 綺麗に揃った連中ではない。仕事も流れも、まだ不格好だ。


 それでも、誰が前に立つのかだけは、もう少しずつ決まり始めていた。


この場所で誰に話を通せばいいのか、その答えがガルドになりつつあった。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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