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第43話 半端な一日雇い

 朝の市場裏に来る顔ぶれは、三日もすると少し変わった。


 最初のように、うまい話だけを嗅ぎつけて寄ってきた者は減る。先払いを求める者も、文句ばかり多い者も、ここでは長く残れないと知れたのだろう。代わりに増えたのは、少しだけ癖のある連中だった。


 腕はあるが口が悪い者。動きは遅いが、言われたことは最後までやる者。力は弱いのに、荷の置き方だけ妙に丁寧な者。逆に、見た目はまともでも、目を離すとふっと消える者もいる。


「ろくなのが残らねぇな」

 ガルドが朝の顔ぶれを見回して吐き捨てた。


 小屋の前には、昨日までに何度か見た顔が混じっている。だが、どれも“使いやすそう”とは言い難い。真っ直ぐな戦力ではなく、どこかしら欠けた連中ばかりだ。


「最初からろくなのが来るわけないだろ」

 ミラが笑う。

「まともな奴は、まともなとこにもう入ってる。ここに来るのは、弾かれた奴か、自分から外れた奴だよ」


「それをそのまま抱えてどうするんです」

 エルンが帳面をめくりながら言った。

「一人ずつ癖が違いすぎる。指示も通りにくい。言えば同じように動くわけでもない」


「そんなきれいに揃った連中なら、最初からここには来ないよ」

「集まったあとに困るんです」


 その言い方に、ミラは肩をすくめただけだった。


 カイルは、少し離れたところから残った人間を見ていた。


 確かに優秀ではない。仕事を任せれば安心できるような者はいない。だが、少なくとも“何もできない”わけでもなかった。普通のところなら半端で終わるものが、ここでは半端なりに噛み合うかもしれない。そんな曖昧な線の上にいる者ばかりだ。


「おい」

 ガルドが一人の男を顎で指した。

「お前、前も来てただろ」


 三十を少し過ぎたくらいの男だった。腕は太い。だが片足をわずかに引きずっている。

「運ぶのはできる。長い距離は無理だ」


「じゃあ何で昨日言わなかった」

「聞かれなかった」


 ふてぶてしい返しに、ガルドが眉を寄せる。だが、嘘をついて取り入ろうとする顔でもなかった。


 別の女は、荷運びの力は足りないが、縄の結び直しだけは妙に早かった。ドグが一度だけ手元を見て、「ほどけにくい」と短く言ったので、その日から荷の固定を任されるようになった。


 痩せた若いのは相変わらず数を間違える。だが一度間違えた場所を覚えるのは早い。エルンが嫌そうな顔をしながらも横につけているのは、捨てるには惜しいと分かっているからだろう。


 逆に、威勢のいい返事ばかりしていた男は、その日も昼前に姿を消した。探すまでもない。そういう者だ。


「……使えるのか、使えないのか、はっきりしませんね」

 エルンが低く言う。


「はっきりしてる奴なんか、ここには来ないよ」

 ミラは笑うが、からかいきった声ではなかった。


 小屋の脇で木箱を直していたドグが、釘を打ちながら言った。

「欠けてるだけだ。全部じゃねぇ」


 その一言で、場が少し静かになった。


 欠けている。まさにその通りだった。足が悪い。口が悪い。遅い。消える。怯える。続かない。だが、欠けているのは全部ではない。どこか足りないが、できることもある。そういう人間が、ここには残る。


 リノは今日も戸口の近くにいた。しゃがみ込んで、働いている者たちの動きをじっと見ている。視線が合うとすぐ逸らすくせに、危なっかしい手元や、逃げ腰の背中にはよく気づく。


「あれ、いなくなる」

 小さな声で言ったのは、昼前だった。


 誰のことかと思えば、痩せた若いのではなく、さっきまで黙々と木箱を運んでいた男だった。見ると、荷を置いたあと、視線だけが出口の方を向いている。次に声をかけられたら逃げる顔だ。


 ガルドが呼ぶより先に、ミラがするりと前へ出た。

「次終わったら飯にするよ」

 それだけ言うと、男の足は止まった。


 カイルはその様子を見て、少しだけ息を吐いた。


 優秀な者は集まらない。最初から完成した者も来ない。ここへ来るのは、普通の場所では余る者、弾かれる者、噛み合わない者ばかりだ。


 だが、それでいいのかもしれなかった。


 強い組織になる前に、まず必要なのは、使い切られずに残った者たちだ。綺麗な歯車ではない。削れ方の違う半端な部品だ。だからこそ、他では噛み合わない。


「不安そうな顔するねえ」

 ミラが横から覗き込む。


「不安にはなります」

 エルンが先に答えた。

「これを増やしていくんですよ」


「でも、ここに来るのはこういうのだ」

 ガルドがぶっきらぼうに言う。

「今さらだろ」


 エルンは顔をしかめたまま、何も言わなかった。


 小屋の前には、今日も半端な一日雇いが立っている。

 優秀ではない。頼もしくもない。だが、昨日よりは少しだけ残る顔だった。


 カイルはその輪郭を見ながら思う。


 まともな人間が集まる場所なら、最初から自分たちは要らない。


 ここに必要なのは、どこにも綺麗に収まれなかった者たちだ。

 まだ形にもなっていない、半端な歯車たちだった。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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