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第42話 拾う者、捨てる者

 次の日も、朝の市場裏には人がいた。


 昨日より多い。小屋の壁際だけでは収まらず、道の端や荷置き場の陰にも、仕事の気配を嗅ぎつけたような顔が立っている。だが増えたからといって、そのまま抱え込めるわけではなかった。


「駄目です」


 エルンは帳面を開いたまま、はっきり言った。

「誰でも入れれば回らなくなります。名前も住まいも分からない者に荷を触らせれば、紛失の責任も追えない。支払いも曖昧になる。持ち逃げでもされたら終わりです」


「だからって、突っ立ってる奴を片っ端から帰すのかよ」

 ガルドが不機嫌そうに答える。

「使えるかどうか見りゃいいだろ。動けるなら使う。使えねぇなら切る。それで済む話だ」


「済みません。切る基準があなたの気分では困るんです」

「気分で言ってねぇ」


 空気が少し悪くなる。ミラはその横で、面白そうに二人を見比べた。


「どっちも間違ってないよ。たださ、あんまり選り好みすると、せっかく広がった話が細る」

「逆です。雑に広げるから細るんです」

「堅いねえ」


 ドグは小屋の脇で縄をまとめながら、こちらを見もしない。

「増やすなら、道具が先だ」

 ぼそりとそれだけ言った。


 リノは戸口の近くでしゃがみ込み、集まった人間の足元ばかり見ていた。目は合わせない。だが、帰ろうともしない。


 カイルは黙って外を見た。


 人は増えた。だが、増えた人間すべてが欲しいわけではない。欲しいのは、今の流れを壊さずに働ける者だ。けれどそれを言葉にして先に線を引けば、ここはもう「あそこへ行けば仕事が回る場所」ではなくなる。選ばれた者しか寄れない場所になれば、下層で広がった評判はすぐ痩せる。


「……一件だけ、分けてみますか」


 誰にともなく言うと、エルンが顔を上げた。

「分ける?」

「朝の荷降ろしです。重いもの、軽いもの、数を見るもの。急ぎで終わらせたい店なら、三つに分けて回した方が早いので」


 エルンは少し考えた。理屈が立てば飲み込むのは早い。

「……責任の切り分けもできますね」

「たぶん」


「面倒くせぇ言い方だな」

 ガルドはそう言いながらも、小屋の前へ出た。


「聞け」


 声が出ると、ざわついていた連中が止まる。やはりこういう時に前へ立つのはガルドだった。


「今日は一件だけ仕事を回す。重い荷を運ぶ奴、数を数える奴、片付けをする奴。先に言っとくが、全員は使わねぇ。騒ぐ奴、勝手に触る奴、途中で消える奴はいらねぇ」


 それだけで、何人かの顔つきが変わった。露骨に舌打ちした男が一人。報酬を先に聞いてくる者が二人。黙って様子を見る者もいる。


 ミラがするりと前へ出る。

「先払いはなし。終わった分だけ払う。嫌なら今帰っていいよ」


 その言い方に、三人がすぐ離れた。うまい話だけを探していた顔だった。


 エルンは残った者を見て、短く言った。

「名前」

「は?」

「呼ぶためです。それも嫌なら結構」


 面倒そうに名乗る者、偽名めいた短い名だけを出す者、少し考えてから答える者。そこでさらに一人減った。名すら言いたくない者は、残らない方がいい。


 仕事はすぐ始まった。


 重い荷にはガルドが二人つけた。力はあるが声の大きすぎる男と、黙って肩を入れるだけの中年。片付けには、動きは鈍いが手を止めない女を回した。数を見る役には、痩せた若いのを一人。エルンが横につけて、数え間違えたらその場で言い直させた。


 最初に崩れたのは、威勢の良かった男だった。樽を運ぶ途中で文句を言い始め、積み方にまで口を出した。ガルドが一度睨むと黙ったが、次の往復で足が止まった。


「もういい、下がれ」

 ガルドが言う。

「まだやれますよ!」

「やれてねぇから言ってんだ」


 押し問答になりかけたところで、ドグが荷車の軋みを確かめながら低く言った。

「そいつ、手ぇ荒い。縄が切れる」


 それで終わった。男は悪態をついて去ったが、引き止める者はいない。


 一方で、鈍そうに見えた女は最後まで残った。遅い。だが一度教えた置き方を崩さない。痩せた若いのは二度数を間違えたが、三度目で合わせた。黙っていた中年は、言われる前に次の荷へ手をかけた。


 終わってみれば、朝いた人数の半分も残っていなかった。


「だから言ったんです。基準は必要です」

 エルンは帳面に印をつけながら言う。


「でも、お前が最初に並べた条件だと、今残ったのも半分は弾いてた」

 ミラが笑う。

「寝床がないのもいたし、まともな身元のないのもいたよ」


 エルンは口を閉じた。


 ガルドは去っていく背中と、まだ小屋の前に残っている顔を見比べた。

「……働く気があるかどうかじゃ足りねぇな」


「足りませんね」

 エルンが渋い顔で認める。


 カイルは残った三人を見た。優秀ではない。使いやすいとも限らない。だが、今すぐ壊れる者ではない。押せば崩れる者と、置き方さえ間違えなければ残る者。その違いが、少しだけ見えた。


 誰を拾うかを先に決めたわけではない。

 ただ、残れる流れと、残れない流れを作っただけだ。


「……明日も来ると思いますか」

 エルンが小さく訊いた。


「来るでしょうね」

 カイルは答えた。

「今日、帰った者も含めて」


 ガルドが鼻を鳴らす。

「面倒が増えたな」


 その言葉に、ミラだけが楽しそうに笑った。


 小屋の前には、去った影と、残った影があった。

 拾ったつもりはない。捨てたつもりもない。


 それでももう、ここには人を選ぶ形ができ始めていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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