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第30話 予測できない動き

 西通り裏の荷は、決まって昼前に狭い横道を通る。


 石壁と荷置き台に挟まれたその道は、荷車が二台並べば、それだけでもう窮屈だった。だから普通は、入る順番をずらし、どちらかが待つ。そういう細い取り決めで、下層の荷は何とか回っている。


「今日は南の分を先に入れて、戻りで西を抜けます」

 エルンが帳面を見ながら言った。

「この時刻なら、正面からかち合わないはずです」


「はず、な」

 ガルドが鼻を鳴らす。


「昨日までの流れでは、です」

「昨日まで、か」


 言い方が少しだけ嫌だった。

 昨日までの流れが、今日は通じないかもしれない。ここ数日で、そういうことが増えている。


 横道の入口が見えたところで、ミラが先に足を止めた。

「……やっぱりね」


 道の手前に、荷車が一台、斜めに寄せて置かれていた。

 通れないほどではない。だが、そのまま入れば車輪か荷台をどこかに擦る。奥にももう一台見える。待つか、揉めるか、無理に押すか。そのどれかを選ばせる置き方だった。


「おい」

 ガルドが前へ出る。

「どけ」


 荷車の脇にいた男が、面倒そうに顔だけ上げた。

「こっちも仕事だ。順番だろ」


「順番なら、こっちが先のはずだ」

 エルンがすぐに言う。

「この時間は南回りが――」


「知らねぇな」


 それで終わりだった。

 理屈でどうこうなる相手ではない。今日は他の荷を止めるために立っている。そのくらいは誰の目にも分かった。


「回るか?」

 ガルドが横目で言う。


「厳しいです」

 エルンはすぐに答えた。

「荷を下ろして通す時間はありません。押し合えば遅れます。戻ればもっと遅い」


「気に入らねぇな」


 ガルドの声が少し低くなる。

 その変化を聞きながら、カイルは道幅を見る。前の荷車の角度。石壁の出っ張り。奥にある二台目の位置。通れないわけではない。だが今のままでは、少し足りない。


 その時、奥の方で木の鳴る音がした。


 見ると、二台目の荷車の脇にリノがいた。

 細い腕で箱を抱え、荷台に載せ直そうとしている。相変わらず目立たない。そこにいたと気づくまで、誰も意識していなかったくらいだ。


「早くしろ!」

 奥の男が怒鳴る。

「そこで止まるな!」


 リノは返事をしない。

 ただ、抱えていた箱を荷台の端へ置き、少しだけ首を傾けた。箱の位置を見ているのか、車輪を見ているのか、外からは分からない。次の瞬間、彼女は荷台に掛かっていた縄を引いた。


 わざと、というほど強くではない。

 直すように見えた。

 だが、そのわずかな引きで、奥の荷車の上の軽い荷が少しだけ片側へ寄る。


「おい、何して――」


 男が言い切る前に、奥の荷車を押さえていた若い人足が反射的にそちらへ手を伸ばした。荷が崩れないよう、そちらを直そうとしたのだ。荷物をおさえた分だけ、荷車の取っ手が上に上がる。


 リノはその隙間に体を入れ、箱を置き直すついでのように、荷車をほんの少しだけ押した。


 ほんの少しだった。

 すると、荷車が少し端に寄る様な形となり、道が少し空いた。


「今だ」

 ドグが短く言った。


 ガルドが即座に荷車を押し込む。

 エルンが「右、少し右」と声を上げ、ミラが荷台の角を支える。カイルも横へ回り込み、車輪が石の継ぎ目に取られないよう手を添える。


 抜けた。


 本来ならぶつかって止まる狭さだった。だが奥がほんのわずかにずれたことで、ぎりぎりの幅が生まれていた。


「てめぇ、勝手に触るな!」

 奥の男が怒鳴る。


 リノは振り返らない。

 聞こえていないようにも、聞こえた上で何も返さないようにも見える。ただ、少し乱れた縄を黙って巻き直していた。


 ガルドたちの荷車は、そのまま横道を抜ける。

 追ってくる気配はなかった。止めるにしても、今さら遅い。


 受け渡し先で荷を下ろし終えたあとも、しばらく誰も口を開かなかった。


 最初に声を出したのはミラだった。

「……今の、見た?」


「見たが、あいつが助けてくれたのか?」

 ガルドが言う。

「助かったのは間違いないが。」


「わかりません。」

 エルンの声は硬い。

「彼女がこちらを助けようとしたのか、自分の荷を直そうとしただけなのか、判別できません」


「でも道は開いた」

 ガルドは短く言う。


「結果としては、です」

「結果で十分だろ」


「十分ではありません。彼女にどんな意図があるか分からない。」


 いつもの調子でエルンは返したが、どこか落ち着かなかった。

 なぜ、見ず知らずの人間を助けたのか。

 理屈にできない動きを見せられると、この男は少しだけ硬くなる。


 ドグは荷車の留め具を確かめながら、ぼそりと言った。

「手を入れる場所は悪くなかった」


「褒めてる?」

 ミラが聞く。


「事実だ」


 それだけで終わる。


 カイルは黙っていた。

 助けようとしたのかもしれない。たまたまそうなっただけかもしれない。追い詰められて、目の前の崩れだけを避けた結果なのかもしれない。


 ただ一つ確かなのは、あの場でどうしようもなかった状況が、リノの動きでどうにかなったということだ。


 意図は見えない。

 狙いも読めない。

 それでも流れは変わった。


 市場裏へ戻る道で、ガルドが低く言った。

「使えるのか、あれは」


「分かりません」

 エルンが即答する。

「使えるかもしれないし、使えないかもしれない。判断材料が足りない」


「何だそりゃ」

「そのままです」


 ミラは肩をすくめた。

「少なくとも、普通じゃないね。鈍いようで、妙に周りが見えていると思える様な動きをすることがある。」


 カイルは何も言わなかった。


 リノという女は味方なのか、それとも一連の動きは偶然なのか。

 あの女の様に壊れそうな人間は下層にいくらでもいる。

 だがあの妙な動きだけが、頭に残った。


 偶然にしては、少しだけ出来すぎていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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