第28話 囲い込み
二日だけのはずだった継続仕事は、始まったその日の朝から、妙にやりにくかった。
西通り裏の倉へ着くと、約束では二台あるはずの荷車が、一台しか出ていない。
荷を管理している男が、倉の戸口にもたれて立っていた。年の頃は三十前後、痩せぎすで、こちらを見ても悪びれる様子がない。
「もう一台は?」
エルンがすぐに聞く。
男は肩をすくめた。
「戻ってねえんだよ」
「今日からこちらが受ける話でしたよね」
「話は話だ。物がなけりゃ回せん」
言葉は雑だった。困っている人間の顔ではない。最初から、こうなるのを知っていたような顔だった。
ガルドが一歩出る。
「ふざけてんのか」
「喧嘩なら外でやれ」
男も低く返したが、声のわりに目は笑っていた。真正面からぶつかる気はない。ただ、こちらを苛立たせたいだけだとカイルは思った。
「……一台で回せる形に変えましょう」
カイルが小さく言うと、エルンがすぐ帳面を開いた。
「先に近い方へ行って戻る。その間に次を積む。遅れは出ますが、まだ致命的ではありません」
ドグは残っていた荷車にしゃがみ込み、車輪と荷台を一目で見た。
「板が薄いな。この荷を二度はきつい。補強する」
ミラはもう倉の壁際へ回っている。
「余ってる板、借りるよ」
「勝手に触るな」
「壊して遅れるよりマシでしょ」
始まったばかりなのに、五人はもう散って動いていた。
ガルドが相手の視線を引き受け、エルンが段取りを組み、ミラが使えるものを拾い、ドグが足りない形を埋める。カイルはその端で、これ以上空気が荒れないよう、男の声の調子だけを見ていた。
昼前には、それが偶然ではないと分かった。
二つ目の荷下ろし先で、本来いるはずの人足が一人いなかったのだ。代わりに立っていた知らない男が、こちらを見て鼻で笑う。
「今日は手が足りねえんだよ」
「昨日はいたよね?」
ミラが軽く聞く。
「昨日は昨日だ」
知らないはずなのに、知っている言い方だった。
戻り道で、エルンが低く言う。
「荷車の不足、人足の欠員、受け渡しの遅れ。全部、こちらの動きを鈍らせる方向に揃っています」
「囲われてるね」
ミラが言った。
「西通りの裏倉から仕事がこっちに流れたのを、面白く思ってない連中がいる」
「誰だ」
ガルドが短く聞く。
「下層の仕事をまとめてる連中。荷車も、人足も、小口の依頼も、自分たちの手を通るのが当たり前だと思ってる手合い」
ミラの声は軽いままだったが、目は笑っていなかった。
「殴るより先に、仕事をやりにくくしてくる」
午後になると、さらに露骨になった。
手伝いを頼めそうな顔が、今日は一人も捕まらない。予備の荷縄も見事に消えている。露骨ではない。だが細かく削れば、確実に足が鈍る。
ドグが擦り切れた縄を二本に裂き、結び直しながら吐き捨てる。
「新品がねぇなら、あるもんを使う」
「全部そんなふうに何とかなるの?」
ミラが覗き込む。
「止まらなきゃいい」
ドグはそれだけ言った。
カイルは、人足たちの顔を思い返していた。脅されているのか、金で押さえられているのか、どちらにせよ正面から奪い返す話ではない。ここで怒鳴れば、向こうの思う形になる。
「……外から人を拾わない方がいいかもしれません」
カイルが言う。
「どうしてです」
エルンがすぐに聞く。
「向こうが押さえている人を無理に引っ張ると、次はもっと面倒になるので」
ドグが荷車の留め具を締めながら言った。
「荷を軽くしろ。箱を分けろ。人が足りねぇなら、足りる形に変えろ」
エルンの目が細くなる。
「二便に分けて、補修前提で軽く回す……そうすれば止まる時間は減らせます」
「難しく言うな」
ガルドが言う。
「要は、止まらなきゃいいんだろ」
「そうです」
エルンは即答した。
ミラが肩をすくめる。
「じゃあ私は、誰が人足と荷車を押さえてるか探ってくる」
結局、その日は遅れこそ出たが、仕事そのものは崩れなかった。
相手が用意した不便さに、真正面からぶつからない。
足りないものを数え、今あるもので回る形へ寄せる。
市場裏へ戻る頃には、ガルドももう怒鳴っていなかった。
「気に入らねぇが……回ったな」
「ええ」
エルンが帳面を閉じる。
「損は出ていますが、向こうの思ったほどではない」
「つまり?」
「締め付けきれていません」
ミラが細く笑った。
「なら、こっちにもまだ動ける余地があるね」
カイルは何も言わなかった。
締め付けられているのに、流れは止まっていない。
それだけで十分だった。
正面から殴り返さなくても、相手の手を空振りさせることはできる。
濁った下層の空気の中で、五人の仕事だけは、まだ前へ進んでいた。
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