第27話 持ち込まれた条件
翌々日の昼、市場裏へ来た依頼人は、これまでの小商人とは少しだけ身なりが違っていた。
服は質素だが、擦り切れ方が均一だ。安物を継ぎ足して着ている人間の荒れ方ではない。靴も泥を踏んでいるのに、底がまだしっかりしている。自分で荷を担ぐ側ではなく、人を使って荷を動かしてきた側の歩き方だった。
「ガルド、でいいか」
男はまっすぐそう言った。
前に立っていたガルドが、ぶっきらぼうに頷く。
「何だ」
「荷を定期で運べる人手を探している。今日だけじゃない。十日……いや、まずは五日だな。朝に受けて、昼までに二か所。量は多くないが、遅れは困る」
その言葉に、エルンの指が帳面の上で止まった。
ミラは口元だけで笑う。軽い話ではない、と同時に分かる条件だった。単発ではなく継続。下層でそれを回せるなら、日銭拾いの集まりから一段上がる。
「中身は?」
エルンが先に聞く。
「乾物、布、時々薬草。壊れやすくはない」
「荷車は?」
「こっちで出す」
「状態は?」
「……良いとは言えん」
そこで、少し離れて木片を削っていたドグが手を止めた。
男はその視線に気づいたのか、小さく肩をすくめる。
「だから、直せるなら助かる」
「最初からそう言え」
ドグが低く言う。
依頼人は眉を上げたが、言い返さなかった。少なくとも、腕のある人間への接し方は知っているらしい。
ガルドは腕を組んだまま、男を見る。
「継続なら、安くはならねぇぞ」
「安さで来たわけじゃない」
男は即答した。
「止まらず運べるところを探してる」
その言い方に、カイルは少しだけ目を細めた。
言葉を選んでいる。相場を知らないわけではない。その上で、値段より信用を先に置いた。つまり、それだけ今までの手が不安定だったということだ。
ミラがすぐに間へ入る。
「悪くない話だね。どこの荷?」
男は一拍だけ黙り、周囲を見た。
「西通りの裏倉だ」
その場の空気が、ほんの少しだけ変わった。
市場裏にいる者なら、その名は知っている。街の下層で流れる荷のいくつかは、あのあたりを経由する。大きい店ではないが、雑多な仕事を束ねている。小口をまとめ、半端を拾い、人足を回す。表立って偉いわけではない。だが、下層の仕事の流れには食い込んでいる。
エルンが静かに口を開く。
「……そこは、別筋が噛んでいたはずです」
「噛んでる」
男はあっさり認めた。
「だが、最近遅れが多い。荷も雑だ。こっちはきっちり運んで欲しいだけだ」
「その“別筋”は、こっちが受けたら黙ってないかもしれないよ?」
ミラの声は軽いが、目は笑っていなかった。
「それも分かってる」
男は言った。
「だから、できるところに頼みたい」
ガルドは迷わなかった。
「受ける」
「早いですね」
エルンが即座に刺す。
「受けなきゃ始まらねぇだろ」
「始め方を間違えると終わります」
「なら終わらねぇように考えろ」
いつものやり取りだった。
だが今日は、その言葉の重みが少し違った。継続の仕事は金になる。回しきれば信用にもなる。だがそれは同時に、誰かが握っていた仕事に割って入ることでもあった。
カイルは依頼人の声色を聞いていた。
焦ってはいるが、賭け切ってはいない。こちらが断れば別を探す余地を残している。つまり、この話は餌でも脅しでもない。本当に手が足りず、仕事が詰まっているのだ。
「……最初は二日で、見る形がいいかもしれません」
カイルが言う。
視線が集まる。
依頼人の警戒も、ガルドの勢いも、エルンの反論も、一瞬だけ止まる長さだった。
「五日まとめて受けて、途中で崩れるより……短く試した方が、お互いに損が少ないので」
男はカイルを見た。だが印象には残らなかったらしく、すぐに視線はガルドへ戻る。
「二日か」
「それで回るなら続ける」
エルンがすぐに補強した。
「荷の量、遅延率、補修の必要数を見ます」
「細けぇな」
ガルドが吐き捨てる。
「継続だからです」
依頼人は少し考え、頷いた。
「いい。二日だ」
話が決まった瞬間、ミラはもう次を見ていた。
「で、西通りの裏倉の連中、どこまで怒ると思う?」
「知らん」
ガルドが言う。
「僕は知りたいです」
エルンが言い、
「壊れた荷車を先に見せろ」
とドグが言った。
誰も同じ方向は見ていない。
それでも流れは、ひとつにまとまりつつある。
依頼人が去ったあと、ミラが小さく笑った。
「大きい仕事ってのは、だいたい面倒も一緒に連れてくるね」
「面倒なら潰せばいい」
ガルドが言う。
「今回は殴る前に、相手がどの仕事や人を押さえているのか見た方がいい」
エルンが返す。
カイルは黙っていた。
仕事が増えるということは、場合によっては、誰かの取り分に触れるということだ。
市場裏の風は、昨日までより少しだけ冷たかった。
五人になって回り始めた流れに、今度は外から条件が持ち込まれた。
それは金になる話であると同時に、目をつけられる話でもあった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
続きが気になる方は
ブックマークしていただけると嬉しいです。
評価ポイントも励みになります!




