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第24話 値段の合わない職人

 ドグは「帰れ」と言ったが、四人は帰らなかった。


 正確には、すぐには動かなかった。


 直った荷車は、まだ小屋の前にある。先ほどまで片輪を外され、木口を晒していたそれが、今は何事もなかったように立っている。その事実だけで、言葉にするより先に価値が伝わっていた。


「見せた。終わりだ」


 ドグはそれだけ言って、小屋の脇に積んであった鉄片へ手を伸ばした。もうこちらに興味はない、という態度だった。


「終わりじゃ困るんだよ」

 ガルドが腕を組む。

「見せてもらって、ああそうかで帰れるなら、最初から来てねぇ」


「困るのはお前だ。俺じゃない」


 短い返しだった。

 ガルドのこめかみがひくりと動く。


 真正面からぶつかれば噛み合わない。カイルはそう思った。ガルドは必要だと思ったものを掴みに行く。ドグは面倒だと思ったものを最初から切る。どちらも悪くないが、ぶつかると早い。


「まあまあ」

 ミラが間に滑り込む。

「話くらい聞いてよ。こっちだって、あんたを安く使い倒そうってわけじゃない」


「そう見える」

「見え方が悪いのは認めるけどさ」


 ドグは返事をしない。

 ミラは肩をすくめ、少しだけ声の調子を変えた。

「最近、こっちに流れてくる仕事が増えてる。運ぶだけなら何とかなるけど、下層の荷って、壊れかけの箱とか歪んだ荷車とかが多いだろ。あんたみたいなのが一人入るだけで、流れが全然変わる」


「流れが変わっても、俺の腹は勝手に膨れない」


「金の話ならするよ」


 その瞬間だけ、ドグの目がミラへ向いた。

 だが興味ではなく、値踏みだった。


「高いぞ」

「どれくらい?」

「お前らが嫌な顔するくらい」


 ガルドが鼻を鳴らす。

「最初から吹っかける気か」


「安く買われる気がないだけだ」


 それはもっともだった。

 この男は、自分の価値を知っている。腕があるのに下層に沈んでいる人間は多い。だが、腕があるからこそ、雑に使われることを嫌う人間もいる。


 エルンが帳面を開いた。

「具体的な条件を提示してください。単発か継続か、報酬は固定か歩合か、それで話は変わります」


 ドグは露骨に嫌そうな顔をした。

「面倒だな」


「曖昧なまま進める方が面倒です」


「お前、そういうところだぞ」

 ミラが笑うと、エルンは本気で不思議そうな顔をした。


 ガルドが小屋の前の荷車を軽く蹴る。

「こいつ、半刻もかけずに直した。なら一人分以上の価値はある。そこは分かる」


「分かるなら帰れ」

「だが俺たちには必要だ」


「必要と、関わりたいは別だ」


 ドグはようやく本音に近いものを出した。

「俺は一人でやる。壊れたものを拾って、使える形に戻す。それで十分だ。揉め事も、群れるのも、仕事の奪い合いも面倒だ」


 ミラが口元の笑みを少し薄くする。

「……前に何かあった?」


「よくある話だ」

 ドグは鉄片を置いた。

「直した荷車で稼がれ、壊れたらまた持ち込まれる。金は叩かれる。遅れりゃ俺のせい。うまくいきゃ運んだ奴の手柄だ」


 その言い方に、エルンが目を伏せた。

 理屈でなく、構造の話だった。技術を持つ者が、最後に責任だけ押しつけられる。下層では珍しくもない。


 ガルドが短く息を吐く。

「……気に入らねぇ話だな」


「世の中そういうもんだ」

「だからって、お前まで諦めるのか」

「諦めてるんじゃない。近づかないだけだ」


 噛み合わないようでいて、ほんの少しだけ会話が残った。

 ガルドは単純だ。だが単純だからこそ、損得だけでは言わない。ドグの顔つきがわずかに変わったのを、カイルは見た。


 ここだ、とカイルは思う。

 金だけではない。だが金が不要なわけでもない。

 面倒を嫌う相手に、面倒の少ない関わり方を出すべきだ。


「……一件ごと、でいいんじゃないでしょうか」


 四人の視線が集まる。

 カイルはいつものように視線を合わせず、荷車の輪を見たまま続けた。


「ずっと一緒に動くんじゃなくて。必要な時だけ、頼む形で……。直した分は、最初に決めた額を払う。運びの取り分とは、別にして」


 エルンがすぐに理解した。

「工程を分ける、ということですか」


「はい。誰の仕事か、曖昧にしない方が……揉めにくいので」


 ミラが指を鳴らす。

「いいね、それ。運んだ分はこっち、直した分はあっち。混ぜない」

「継続の拘束もない」

 エルンが付け足す。

「その都度の依頼なら、あなたの裁量も残る」


 ドグは黙った。

 完全に拒絶する時の沈黙ではなかった。面倒と利を秤にかける沈黙だ。


 ガルドが腕を組んだまま言う。

「俺は細かいのは分からねぇ。だが、必要な働きには必要な取り分を払う。それでいい」

「口だけなら何とでも言える」

「じゃあ最初の一件で見るか?」


 ドグの目が、ゆっくりとガルドへ向く。

 真っ直ぐな視線だった。脅しでも媚びでもない。ただ、試す目だった。


「壊れた荷車が一台ある」

 ドグが言う。

「それを今日中に使える形にしたとして、お前らは幾ら払う」


 エルンがすぐに金額を口にしかけたが、ミラが横目でそれを止めた。

 ここで計算だけで安い額を出せば、値切るつもりだと思われる。ドグは、そこを見ていた。


 ガルドは少し黙ってから答えた。

「最初から安く買う気はねぇ。だが、こっちが払いきれねぇ額を出す気もねぇ」

「……」

「一度きりで終わる値段じゃなく、次も頼める額で決める」


「曖昧だな」

「最初からきっちり合うわけねぇだろ」


 ドグはそこで初めて、ほんのわずかに口元を動かした。

 笑ったというほどではない。だが、さっきまでの突き放すような空気は少し薄れた。


「半端な連中だな」

「そっちもでしょ」

 ミラがすぐに返した。


 風が吹き、廃材の山のどこかで板が鳴った。


 ドグは直したばかりの荷車に手を置く。

「一件だけだ」

「十分だ」

 ガルドがすぐに言う。


「次があるかは、その後で決める」

「それでいい」


 エルンはもう帳面を開き、ミラは面白そうに目を細めている。

 カイルは何も言わなかった。


 一件限り。

 継続ではない。

 だがそれでいい、とカイルは思った。


 最初から歯車を固定する必要はない。

 噛み合うかどうかを、まず見ればいい。

 構造は、一度で完成するものではない。


 ドグが小屋の奥を顎で示す。

「壊れてるのはあっちだ。持っていけるなら持っていけ」


 ガルドがすぐに動き、ミラが後ろにつき、エルンが条件の整理を始める。

 その流れを見ながら、カイルは静かに息をついた。


 条件は、まだ固まっていない。

 けれど流れは、確かに繋がった。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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