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第23話 廃材置き場の男

 市場裏を離れると、道はすぐに悪くなった。


 石畳は途切れ、踏み固められた土には荷車の轍が幾重にも残っている。雨の気配を含んだ空気の下で、街の外れへ寄るほど匂いは変わった。獣脂、湿った木、鉄の錆。人が使い捨てたものが積み上がる場所の匂いだった。


「こんなとこに本当にいるのか」

 先頭を歩くガルドが言う。


「いるよ。逃げなければだけど」

 ミラは軽い足取りのまま振り返った。

「機嫌が悪いと三日は口きかないとか聞くし」


「最初から悪い前提なのか」

「腕のいい奴って、そういうものでしょ」


 エルンは周囲を見回しながら、露骨に顔をしかめていた。

「非効率な場所です。整理の概念がない」


「廃材置き場に何を期待してるんですか」

 思わず口を挟くと、エルンは少しだけ眉を上げたが、反論はしなかった。


 積み上げられた木片、割れた樽、曲がった鉄具、車輪の外れた荷車。使い道を失ったものが無秩序に置かれているようで、よく見れば通れる道だけは確保されている。誰かがこの山を理解している。そうでなければ、ここまで崩れずにはいない。


 ミラが足を止めたのは、置き場の奥だった。


 半ば潰れた小屋の前に、ひっくり返した荷車がある。片輪は外れ、軸が斜めに沈み、横板も一枚割れていた。修理ではなく、廃棄を待つ顔をしている。


 その荷車の下から、男が這い出てきた。


 汚れた作業服。無精髭。袖をまくった腕も手も、木屑と油で黒ずんでいる。背は高くないが、妙に厚みがあった。肉付きではなく、黙って重さを支える道具のような厚みだ。


 男は四人を見た。いや、見たというより、数えたようだった。

「……何だ」


 声は低く、必要最低限だった。


「仕事の話」

 ミラが笑う。

「相変わらず愛想ないね、ドグ」


 男――ドグは、ミラの顔を見ても表情を変えない。

「面倒なら断る」


「まだ何も言ってないでしょ」

「お前が持ってくる話は、大体面倒だ」


 ガルドが一歩前に出た。

「直せる奴を探してる。荷車、箱、縄、そういうのだ」


 ドグの視線がガルドの肩から腰、腕へと落ちる。戦う人間を見る目ではない。荷を持てるか、壊す側か、そういう見方だった。


「他を当たれ」

「いるかよ、都合よく」

「なら諦めろ」


 取りつく島もない返事だった。

 ガルドの眉間に皺が寄る。エルンも口を開きかけたが、その前にカイルは足元の荷車へ視線を移した。


 割れた横板。痩せた車軸。留め具の浮き。

 もう駄目に見える。だが、捨てきれていないということは、直せる余地があるのかもしれない。


「……それ、まだ使えるんですか」


 ドグの目が、初めてカイルに止まった。

 一瞬だけだったが、他の三人を見る時より長かった。


「使うなら、な」

「直せるなら、の間違いじゃないの?」

 ミラが口を挟むと、ドグは答えず、荷車の横へしゃがみ込んだ。


 外してあった片輪を立て、転がし、軸の先を叩く。そこらに転がっていた細い鉄片を拾い、火も使わずに曲げて留め具の代わりにする。割れた横板には、捨てられていた樽の側板を合わせ、縄を通し直す。動きに無駄がなかった。直しているというより、最初からそこにある形を掘り出しているようだった。


 誰も話さなくなった。


 木が鳴る。鉄が噛む。縄が締まる。

 それだけで、死んでいた荷車が少しずつ形を取り戻していく。


 最後にドグは荷台の端を蹴り、車輪を回した。

 先ほどまで傾いでいた荷車は、ぎしりと一度鳴いただけで、真っ直ぐ立った。


「……押せ」

 ガルドに向かって、短く言う。


 ガルドは無言で荷車の取っ手を掴み、押した。重さはある。だが、進む。片輪が沈まず、軋みも少ない。さっきまで廃棄寸前だったものとは思えなかった。


「すげぇな」

 ミラが素直に笑う。

「半刻もかかってないじゃん」


「使える形にしただけだ」

「それができる奴がいないんだよ」

 エルンの声は珍しく早かった。

「補修時間、買い替え費用、運搬遅延、その全てを削れる。あなた一人で一人分以上の価値がある」


 ドグは眉一つ動かさない。

「うるさい」


 だが否定もしなかった。


 ガルドが荷車から手を離す。

「おい。こいつは必要だ」


 その言葉は、確認というより宣言だった。

 ミラは面白そうに目を細め、エルンはすでに帳面のどこへ組み込むか考えている顔をしている。


 カイルは何も言わず、直った荷車を見た。


 足りなかったのは、腕力ではない。

 壊れたものを、使える形へ戻す手だった。


 四人で回り始めた流れの中に、新しい歯車がひとつ見えた気がした。まだ噛み合ってはいない。だが、これが入れば流れ方そのものが変わる。


 ドグは立ち上がり、手の汚れを拭いもせずに言った。

「見せた。帰れ」


 追い払う言い方だった。

 けれど四人とも、もう見ただけでは済まないことを知っていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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