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第15話 位置

 次の仕事は、拍子抜けするほど平凡だった。


 市場で預かった荷を、三か所の店へ順に届けるだけ。重くもない。危険もない。報酬も高くはない。だからこそ、妙な誤魔化しが利かない仕事だった。


 速さと、手際と、印象だけで次が決まる。


「こういうのが一番大事なんだよ」

 ミラが歩きながら言う。

「目立つ仕事は噂になるけど、地味な仕事は信用になる」


「同じことですか?」

 エルンが問う。


「ぜんぜん違う。噂は浮くけど、信用は沈む。沈んだ方が消えない」


 ガルドは話半分で荷を担いでいる。

 前を歩く姿だけで、道の真ん中が少し空く。本人は何もしていない。ただそこにいるだけで、人が避ける。


 カイルは一歩下がった位置で荷紐を持った。


 前に出る必要はない。

 むしろ、ない方がいい。


 一軒目は乾物屋だった。

 店主は受け取り札を確認すると、当然のようにガルドへ向かって話し始めた。


「次からも同じ面子で回せるか?」


「知らねぇ。仕事次第だ」

 ガルドが短く返す。


「話の分かるのは誰だ」

「そっち」

 顎だけでエルンを示す。


「じゃあ、融通が利くのは?」

「そっち」

 今度はミラを示す。


 店主は頷いた。

 そして、そのまま話を終えた。


 カイルには、一度も目が向かなかった。


 まるで最初から、三人しかいないみたいに。


 店を出たあと、ミラがくすりと笑う。

「完全に見えてなかったね」


 ガルドが振り返る。

「何がだ」


「後ろ」


 それでようやく、ガルドはカイルの存在を思い出したように視線を動かした。

「ああ」


 それだけだった。

 悪意はない。

 ただ、本当に意識から外れていたのだ。


 カイルは小さく首を振った。

「……別に、問題ないので」


 エルンだけが、その返答を少し長く聞いていた。


 二軒目では、さらに露骨だった。


 受け取りの老婆は銀貨を三人分だけ卓に置いた。

「はい、これでいいだろ」


 エルンの眉が動く。

「一人分足りません」


「え?」

 老婆はきょとんとした。

「三人じゃなかったのかい」


 ミラが吹き出しそうになるのをこらえ、ガルドは面倒そうに頭をかいた。老婆の視線がようやくカイルへ滑る。だが見た瞬間に、今度は逆に困った顔になった。


「その子もいたのかい」


 カイルはその場で、胸の奥が冷えるのを感じた。


 怒りではない。

 屈辱でもない。


 むしろ、安堵に近かった。


 ここまできたのだ、と思った。


 エルンが説明しかけるより先に、カイルは口を開いた。

「自分は、持ち運びを少し手伝っただけなので……」


「何言ってんだ」

 ガルドが低く言う。


 けれど、老婆の表情はもう決まっていた。

 金を払う相手と、そうでない相手を分けた顔だ。


 ここで一人分を取れば、印象に残る。

 訂正される。

 覚えられる。


 それは、避けたかった。


「本当に、少しだけですから」

 カイルは視線を落としたまま言う。

「次に混ざるときは、最初から数に入れてもらえれば」


 老婆はほっとした顔になり、何度も頷いた。

「そうかい。そういうことなら」


 結局、銀貨は増えなかった。


 店を出ると、ガルドが露骨に不機嫌そうな顔をした。

「なんで引いた」


「揉めるほどの額じゃないです」

 カイルは答える。

「仕事が切れない方が、たぶん……」


「それはそうですが」

 エルンが口を挟む。

「合理性だけで言えば、あなたにも取り分はあるべきです」


「ありますよ」

 ミラが軽く言った。

「あとでこっちから回せばいい」


 カイルは首を振った。

「いらないです」


 三人が、少しだけ黙った。


 言い訳は用意してあった。

 受け取れば目立つ。

 覚えられる。

 次から数えられる。


 それは、今の自分には重い。


 三軒目の受け渡しが終わる頃には、その形はもっとはっきりした。


 店主はガルドに次の予定を聞き、エルンに品目の確認をさせ、ミラに連絡の取り方を聞いた。

 カイルは荷を下ろし、紐を巻き直し、最後に荷車を壁際へ寄せただけだった。


 誰にも話しかけられない。


 誰にも求められない。


 だが、止まりもしない。


 必要ではある。

 けれど、記憶されるほどではない。


 その位置が、ようやく形になった。


 帰り道、エルンがぼそりと言う。

「一つ、分かりました」


「何が?」

 ミラが問う。


「この集まりは、前に出る人間が決まっています。だから機能する」

 エルンは少しだけ言葉を選んだ。

「逆に、出ない人間も必要なんでしょう」


 カイルは何も言わない。


 ガルドは鼻を鳴らした。

「意味が分からねぇ」


「あなたが分からなくていい部分です」

「喧嘩売ってんのか」

「事実です」


 いつものやり取りだった。

 ミラが笑って流し、空気がほどける。


 その後ろで、カイルは一人だけ歩幅を緩めた。


 もう、前に出なくていい。


 いや。

 最初から出るつもりはなかった。


 ただ、今までは偶然だったものが、今日やっと固定された。


 ガルドは顔になる。

 エルンは頭になる。

 ミラは外へ伸びる手になる。


 自分は、そのどれでもない。


 数に入っていても、印象には残らない。

 関わっていても、中心には見えない。

 必要だとしても、名前は覚えられない。


 それでいい。


 それがいい。


「……ようやく、楽になりましたね」


 誰にも届かない声でそう呟くと、荷車の軋みだけが小さく返ってきた。


 その音すら、自分のものではないように思えた。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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