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第14話 誰が決めている?

 その仕事は、誰が見ても面倒だった。


 荷を運ぶだけではない。

 荷を受け取り、仕分けし、届け先ごとに分け、受領の印まで揃える。市場の裏でよくある雑仕事だが、手順を間違えればすぐ揉める。報酬は悪くない代わりに、失敗した人間から次に切られる類の仕事だった。


「二刻。銀貨十枚」

 ミラが紙片をひらつかせる。

「急ぎ。先方は機嫌悪い。だから上手くやれる人間が欲しいって」


「雑だな」

 ガルドが言う。

「要するに、失敗の押しつけ先を探してる」


「そうとも言う」

 ミラは笑った。

「でも、こういうのが拾えるようになると強いよ」


 エルンは紙を受け取り、記された品目と届け先を目で追った。

 袋物、木箱、干し肉、薬草。

 数は多いが、運べない量ではない。問題は順番だった。


「先に三番街、それから東路地です」

 エルンが言う。

「逆にすると時間を無駄にします」


「ならそうする」

 ガルドが即座に答える。


 それだけで話が決まった。


 ミラは何も言わずに受け取りの時間だけを先方に流し、ガルドは荷台の持ち手を掴む。カイルは軽い袋をまとめて紐で縛り直した。誰から指示されたわけでもない。だが、もうそこに迷いはなかった。


 倉庫へ着くと、苛立った顔の商人が待っていた。

「遅い」

 開口一番、それだった。


「まだ約束の刻前だ」

 ガルドが短く返す。


 商人は言い返しかけ、ガルドの体格を見て舌打ちに変えた。

「……なら、さっさとやれ」


 後ろでエルンが小さく息をつく。

 余計な言い争いが起きなかったことに安堵したのか、それとも別の何かか、カイルには分かった。


 荷運びは、驚くほど滑らかに進んだ。


 ガルドが前に立てば、相手はそちらを見る。

 エルンが数を確認すれば、抜けが消える。

 ミラが受け取り先と一言二言交わせば、向こうの警戒が薄れる。

 カイルが後ろで荷の重さと足場を見ていれば、運ぶ順が自然に整う。


 まるで、最初から決めていたみたいだった。


 三番街の店先で、薬草の束を受け取った老婆が言った。

「あんたたち、慣れてるねえ」


「そう見えるか?」

 ガルドが鼻を鳴らす。


「見えるよ。誰が何をするか、いちいち喋らなくていい顔だ」


 老婆はそれだけ言って戸を閉めた。


 エルンの指が、帳面の端で止まった。


 次の届け先へ向かう途中だった。

 石畳を鳴らす荷車の音に紛れて、エルンがぼそりと呟く。


「おかしいですね」


「何が?」

 ミラが横目で見る。


「誰も決めていません」

 エルンは帳面を閉じた。

「順番も、持ち方も、話す相手も、毎回最適に近い。偶然にしては出来すぎです」


「相性がいいんじゃない?」

 ミラは軽く返した。

「世の中、たまにあるでしょ。妙に噛み合うやつ」


「そんな曖昧な言葉で説明できますか」


「できるよ。だって実際そうなってる」


 エルンは黙った。

 納得していない顔だった。


 次の路地は狭く、荷車が通れない。普通ならそこで手間取る。誰が先に荷を持つか、どこに一時置きするか、道を塞いだ子どもをどうどかすか。小さな判断の連続で、流れは簡単に詰まる。


 だが、その日も詰まらなかった。


 ガルドが前に出たとき、子どもたちは勝手に壁際へ寄った。

 エルンが袋の数を口にする前に、ミラが届け先の戸を叩いていた。

 カイルは何も言わず、崩れそうな荷の下に手を入れて角度だけ直した。


 言葉が要らない。


 そのこと自体が、異様だった。


 最後の受け渡しを終え、報酬の銀貨が卓に置かれる。

 十枚。

 ガルドが受け取り、四人分に分けた。二枚ずつ、残り二枚は仲介分としてミラへ。前回と同じだ。揉めない。確認も早い。


 帰り道、エルンがまた口を開いた。

「やはり変です」


「しつこいな」

 ガルドが言う。


「しつこくもなります。普通、集まりというものは、もっと摩擦が出る。確認不足、解釈違い、判断の遅れ。そういうものが積み重なって、ようやく形になるはずです」


「じゃあ、俺たちは運がいいんだろ」

「運だけで三度続きません」


 ミラが肩をすくめる。

「細かいねえ」


 エルンは少しだけ迷ってから、低く言った。

「……誰かが、流れを整えているように見えるんです」


 一瞬だけ、カイルの足が止まりそうになった。


 だが誰も見ていない。

 前を歩くガルドは鼻で笑い、ミラは面白がるだけだった。


「誰が?」

 ミラが問う。


 エルンは答えなかった。

 答えられないのだ。

 目立つのはガルドだ。話を通すのはミラだ。計算しているのは自分自身だ。では、残る一人に何があるのか。


 カイルは視線を落とし、銀貨を握った。


 言葉にしきれない違和感は、疑いになりきれない。

 その曖昧さこそが、一番安全だった。


「……考えすぎじゃないですか」

 カイルは小さく言った。

「たまたま、うまくいってるだけかもしれません」


 エルンは振り返る。

 ほんの一瞬だけ、何かを見極めようとする目だった。


 けれど次の瞬間には、荷車の軋みがその沈黙を切った。


「まあ、今はそれでもいいです」

 エルンはそう言って前を向く。


 今は。


 その言葉だけが、妙に残った。


 カイルは歩きながら、胸の奥に沈むわずかな冷たさを感じていた。


 噛み合いすぎれば、いずれ誰かが気づく。

 構造は強い。

 だが、滑らかすぎる構造は、それ自体が違和感になる。


 だから次は、もっと後ろに下がらなければならない。


 誰が決めているのか。


 その問いに、答えが浮かばない位置まで。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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