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第51話 命の火


 その日、ニルたちはいつもより早く工房を訪れた。

 何と言っても、待ちに待ったコールに心臓部を組み込む日だったのだから。


「マグナスさん、さっそく始めようぜ!」

「おう、待っとったぞ」


 勢いよく扉を開けて工房の中に入ったニルに、作業台の前に立っていたマグナスが答えた。

 彼の手元には完成した心臓部が置かれ、待ちきれないと言った感じの様子のステラも待機している。


「全員揃いましたね、早く動かしましょうよ!」

「そうだぜ、気になり過ぎてちょっと寝不足だわ」

「マグナスさん、頼むぜ」


 わいわいと騒ぎ始めたニルたちの言葉に、マグナスは笑った。

 そして「そうだな、動かすとするか」とその笑みを苦笑に変えながら、ゆっくりとコールに近づく。


「コール、待たせたな」

『ついに、ですか』


 マグナスは、黄金色の心臓部を手に取った。

 その様子に、クロード声にも緊張が滲む。


「コールの胸部に、心臓部を取り付けるぞ」


 そこは、最後まで鱗に覆われる事がなかった箇所であった。

 鋼の鱗に覆われる事はなく、しかし幾つものオリハルコンの回路と接続されている、凹んでいるようにも見える不思議な台座。

 流線形に隠れて見えなくなってしまったゴールの鎧が露出した胸のその部分に、マグナスは嵌め込むように冷たい心臓を近づける。


 ――かちりっ、と。


 そんな小さな音がして、心臓部分が固定された。


「繋がったが…… やはり、これだけでは動かんか」

「クロード、状態は最初の時同じだよな?」

『はい。魔力はオリハルコンの回路を巡っていますが、それだけです』


 もしかすると、「火入れ」の工程は終わっているのではないか、と考えていたが、どうやら今回も行う必要があるらしい。 


 とは言え、ここまでは予定通りだ。

 マグナスは一息ついて、ニルたちを見た。


「よし、急いで『火』を入れよう」


 マグナスの言葉に、ニルたちは頷いた。


「今度こそ、成功させよう」

「ああ。皆で、コールに命を吹き込むんだ」


 マグナスの言葉に、ニルたちは再びゴールの短剣を手に持った。

 マグナス、ニル、ガルス、ステラ……そしてクロードの。

 四人と一振りの手と魔力のラインを通して、ゴールの短剣が炎を産み出す。

 まだ冷たい心臓部を炎で温めるように、音もなく吹き上がった炎の色が、少しだけ肌寒い工房の空気をジワリと炙る。


 ——変化は、すぐに訪れた。


 輝く黄金の心臓が、炎によってゆっくりと赤熱する。

 赤色と黄金色の混ざったようなその輝きが、オリハルコンの回路を伝ってコールの体内を駆け巡る。

 冷たく静かだった鉛色が、ちりっ、と小さな火花を咲かせた。


「おお……」


 全員が、息を呑んでいた。

 思わず零れた、といった感じで感嘆するステラの声が、やけに大きく工房に響いた感覚すら覚えてしまう。


「いいぞ…… 安定しておる」


 変化を見逃さない、とばかりに力強いまなざしでマグナスがコールを見ているが、彼の言葉通りにコールの状態は安定している。


 まるで生き物のような、コゥ、こぅ…… と空気が震えるような音が響き、コールの鋼の鱗の内側から光が漏れる。


 いや、それだけではない。

 コールの鱗に隠されたゴールの鎧から、真っ赤な炎が静かに立ち上った。

 血のように赤い炎が、鎧の亀裂からチロリと溢れ出す。

 それは、ゴールの炎と同じ色だった。


「火が入った……のか?」

「間違いない、立ち上がっとる」


 ガルスの声に、マグナスが答える。

 全員が期待に満ちた表情でコールを見つめる。


 ニルとガルスは少しだけ警戒する様に身構えているが、炎は暴走することなく、静かに工房の中を照らしている。

 炎の高さが上限するその動きは、まるで呼吸をするようであった。


「呼吸の機構は、正常に動いてるな」


 マグナスが、安心したように呟いた。

 すると——それに応える様に、コールの背中から、小さな炎の柱が上がった。


 ニルが最後までこだわっていた、コールの背中にある鋼の小山。

 そこから吐き出される炎が、かわいらしく吐き出される。


「おお! これが噴火になるのか!」


 ニルが興奮して声を上げる。

 コールの背中からは、定期的に炎が吹き出されている。

 最初は黒い煙を出して、しかし何度も吐き出すうちに、煙の黒色は白くなる。

 息を吸い込むように口を開けたかと思うと、髭の間を通る「ごうっぅ」という音と共に空気を取り込んで、口を閉じながら背中から炎を吐き出している。


「これ、めっちゃくちゃ良いですよ!」

『はい。これは、生きているように見えます』


 コールの呼吸にステラは目を輝かせ、クロードは感動したように呟いていた。

 そして――呼吸を始めたアーティファクトは、詰め込まれたその機能をすぐに発揮し始める。


「浮いた……!」


 ガルスの声は、全員の驚きを代弁していた。

 手ヒレを動かし、尾ビレをしならせたコールは、作業台から数センチほど浮き上がっていた。

 重力から解放されたからか、構造的な問題でギシギシと軋みを上げていた鋼の鱗が擦れる音が一瞬消えて、静かになる。


 そしてそのまま、口を開いてごうぅっと空気を取り込むと、炎を吐き出しながらゆっくりと空へと浮かんでいく。

 落ちた――ように見える動きで、空中で尾を上下させる。

 その姿は、まるで水の中を泳いでいるようであった。


「驚かせおって…… 登竜門の機構も、正常に動いているな」

「動いた! コールが動きました!」


 マグナスは機構がキチンと動作していることに安堵を漏らし、ステラはコールが動いていることに歓声を上げている。

 コールは手ヒレをゆっくりと動かし、尾ビレも揺らし始めた。


「おお……!?」


 まだ固いヒレの動きが、工房の棚に引っ掛かる。

 ニルが素早く動いて棚を支え、すぐに加勢したガルスによって、棚の位置が持ち直す。


「あぶねぇ……」

「まだ動きに固さがあるのかな?」


 体を捻りながら方向を調整して工房の中を移動する。

 その動きは、固い体を不器用に動かしながらも……確かに「泳いでいる」ように見える。


 しかしオリハルコンの回路が熱されているからか、それとも鱗の可動部分が良い具合に緩むのか。

 しばらく空中を泳いでいるうちに最初に感じていた固さは取れていき、より滑らかで生態的な動きに変わっていた。たまに聞こえていた金属が擦れるような音も、その頃になるとすっかり聞こえなくなっている。


「クロード、熱と魔力の状態はどうなっとる?」

『安定しています。手ヒレの冷却、呼吸と尾ビレからの回収も…… 噴火機構も、正常に動いています。熱と魔力を利用した循環も安定しており、暴走の危険は無いかと』


 マグナスはクロードの言葉を一つ一つ確認する様に頷いて、最後に緊張を吐き出すように大きく溜息を吐いた。


「……よし。間違いなく、これで成功だ」

「動いてくれたんだな、コールは」


 安堵するマグナスの横で、ニルはそう呟いた。

 するとコールは、ニルの言葉に手を上げて反応する様に、手ヒレをゆっくりと動かした。それこそ……まるで、返事をしたように。


「……もしかして、言ってる事が分かるのか?」


 ガルスが呼びかける。

 コールは、ガルスの方に顔を向けた。

 そうして口を開けて空気を取り込むと、小さく炎の潮を吹き出した。

 まるで「そうだ」と、返事をするように。


「……これ、絶対返事してるよな?」

「私も! コール、こっちに来てください!」


 ステラが、ほらほら、とばかりに元気よく手を伸ばす。

 するとコールは、引き寄せられるようにゆっくりとステラの方に泳いできた。

 そして、ステラの手に頭を擦り付けるように近づいた。


「わぁ…… 本当に来てくれました!」


 ステラは感動で飛び跳ねそうになりながら、コールの頭を――触れるために熱くなっていないその場所を、優しく撫でた。


「熱くない…… 触れ合い構造、ちゃんと機能してますよ!」


 凄い凄いとその場所を撫でまわしているステラに、マグナスは「当然だ」と自信たっぷりに笑って答える。


「お前さんたちの想いが、ちゃんと込められてるからな」

「だな、これはかっこいいわ」

「そこかよ。神秘的だ、ぐらい言えって」

「私的には圧倒的に可愛いをおしますね、これは!」

「ステラのは、やり過ぎだろ」


 マグナスの言葉に、ニルたちはわいわいと騒ぎながら顔を見合わせ笑い合う。

 機構が重さを打ち消しているからか、重たそうな見た目のわりに、コールの頭はステラの細腕でも押せてしまうらしい。

 撫でまわしているステラの勢いに負けて、コールの頭はしゃくりあげるようにちょくんちょくんと上下している。それが嫌がらせに見えないのは、ステラの性格故だろうか。


『コール。あなたは、今どんな気持ちですか?』


 クロードの問いかけに、コールは小さく「こぅ」と音を上げて、炎を静かに吹き出した。

 それがまるで「嬉しい」と言っているように見えて、クロードはそれ以上の解析をおこなわなかった。それは……産まれたばかりの命を暴くのを、躊躇うような物だったのだろうか。


 しかし少なくともクロードは、達成感のような嬉しさを、確かに感じることができていた。何もわからなかったとしても。


「コール、これからよろしくな」


 ニルの言葉に、コールは嬉しそうに手ヒレを動かした。

 その仕草に、工房の中に温かい空気が流れていた。


 ゴールの鎧から生まれた、鯨の形をしたアーティファクト。

 色々とあったような気もするが…… 新しい命が、世界の片隅でひっそりと産まれたのは、間違いがなかった。




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