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第50話 心臓


 ニルたちは再びマグナスの工房を訪れていた。

 ここ数日お決まりになりつつある流れで裏口から入ると、マグナスとステラが既に作業を始めていた。


「おはよう、今日もよろしく」

「おう、頼むぞ」


 以前の失敗から学び、ニルたちは試作ではなく完成を目指していた。

 あの失敗から学んだニルたちは、【登竜門】の製作や組み上げを急いでいた。砕いては磨き、磨いては砕く。

 そんな単純作業を繰り返す。


 出来上がった鋼の鱗を張り合わせながら、鯨の形に整形していくのはマグナスだ。

 鱗の一枚一枚に血を通わせるようにオリハルコンの回路を繋ぎ、脱落してしまわないようにしっかりと組み込む。

 金属の鱗同士を物理的に組み合わせながら、時に裏当てや繋ぎの金属で補強して流線形を整えていく。

 これは、彼にしかできない職人技だ。


『マグナス、そちらも照らしましょうか?』

「おう、スマンがちょっと頼む」


 しかもマグナスは、それと並行して別の作業も行っている。

 ニル、ガルス、そしてステラの三人から送られてくる鱗を張り合わせつつ、同時に設計し直した「噴火/呼吸」の機構も組み込むように取り付けていく。

 正面の口を開いて魔力と共に空気を取り込み、鎧の可動部から熱風と共に排熱する。排熱を邪魔しないように鋼の鱗を配置して、同時にコールの背中には噴火のための機構も取り付ける。


 ――あくまでも、呼吸の延長であるように。


 その全てが、地道な単純作業の繰り返し。

 しかしここ何日かの地道な作業の甲斐もあり、コールの姿はゴールの鎧をベースにした人の姿を鋼の鱗の中へと取り込んで、鯨と呼べる流線形に変わっていた。


 ――きっと見る者が見れば、鋼で作られた石積みにも見えただろう。


「……結構形になってきたな」

「連日、頑張った甲斐はあったな。かなり進んでおる」


 一通りの外観を組み上げて、ニルたちは休みを兼ねてコールを見上げていた。

 作業台の上で悠然と佇むその姿は、不揃いな筈の無数の金属の鱗で成形された、小さな鋼の鯨に見える。


 鋼の鱗の向こう側は、伽藍洞の筈なのに何かが詰まっているように感じられて。

 まだピクリとも動いていないのに、不思議な躍動感すら感じられる。


 アーティファクトというよりは風変わりなアートと言った方がしっくりくる出来栄えで、しかしアートと呼んでしまうにはゴツゴツとしており物々しい。

 あるいは——鉱石鯨に似せるためだけに取り付けた鉱石がそう見せるのか、まるで鉱石鯨の子どもか……動くはく製のようにすら見えてくる。


「なんだか…… ちょっと感動しますね」

「だな。これ、俺たちが作ったのか……」


 今更のように、マグナスとステラが感心したようにコールを見上げていた。

 その横ではマグナスが、そんな彼らの様子を笑いながらコールの口の部分に、鯨の髭――に見える、オリハルコンの回路を取り付けていた。


「このレベルのアーティファクトの製作に関わることそうないぞ? ワシが保証してやっても良い」

『やはりそうなのですか……』


 マグナスの言葉の重みがイマイチ理解できていないニルたちは、「俺たち凄くね?」みたいな軽い感じでヤイヤイと軽口を叩いている。

 しかしマグナス以外で構造をおぼろげに理解できているクロードだけは、ニルたちの和に加わらず深く驚いていた。


『継続的にスキャンを実行しているのですが、構造は理解できても「何を良しとして設計されているのか」が理解できません。生体構造や機械構造だけでは説明がつかない、非常に高度な技術……いえ、構造です』

「一言で言えば、これが魔道具(アーティファクト)だ。面白いだろ?」


 コールの口元に髭を付け終えたマグナスは、大きく息を吸って体を伸ばすように立ち上がった。


「この髭の形状だけは、どうするのが正解なのか分からんな。とりあえず無難な形で組み込んでみたが、様子を見て形状変更は必要かもしれん」

「そこ、大事な機構なのに分からないの?」


 固まった体をリラックスさせるように、マグナスはバキバキと肩を回すように緊張をほぐしている。

 そんな彼にステラがはてな? と疑問を投げかけると、マグナスは苦笑いを浮かべて言葉を返す。


「ここが熱と魔力の回収の先頭で、回路の冷却にもなるからな。交換効率を上げるのか、強度を重視するべきなのか……正直なところ、やってみないと分からんのさ」


 ステラの疑問にそう答えたマグナスは、作業台の横に置かれた椅子に腰かけると、コップに水を注いでそれを飲んだ。

 そうして一息ついてから、作業台の上にオリハルコンの塊をごとりと置く。


「さて…… そろそろ完成も見えてきた。あとはこの心臓部に魔力を込めてやる感じになるんだが……」


 ちらり、と。

 マグナスは勿体ぶったように皆の顔を見ると、少しだけふざけるように笑みを浮かべた。


「折角だし、お前さんたちも魔力を込めてみろ。コールが動いてるのを見たい、一緒居たいって思いながらな」

『マグナス、その行為に意味はあるのでしょうか?』


 返ってくる言葉を、ほんとは知っているのだけれど。

 そんな調子で、クロードはマグナスにそう聞いていた。彼の口から聞きたいのだと、そう主張するように。


「意味なんかある訳がないだろ。気持ちの問題だ、気持ちの」

『ありがとうございます。そう言ってくれると思いました』


 クロードの満足そうな言葉を聞いて、マグナスは笑いながらコップの中の水を飲み干した。


「ワシは構造の最終調整を行うから、お前さんたちは気持ちと魔力を込めておけよ。勿論、作業にもな」

 




  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇




 ステラは、コールの頭と手ヒレに「触れ合い構造」を取り付けていた。


 熱くならない部位を作るために。

 いや。きっと「安心して触りたいだけ」なのだと意識しながら、オリハルコンの冷却回路を丁寧に組み込んでいく。


「コール…… 動いてくれたら、嬉しいです」


 ステラはコールに語り掛けながら、思い出すのはまだ冷たかった心臓部。

 あれが熱を持つのか、それとも冷えているのが良いのかは、ステラには分からない。しかし、コールと触れ合いたいという思いは、温かい気がした。


「ゴールさんのこと、私は何も知りませんけど……」


 ステラの指先が、コールの冷たい手ヒレを優しく撫でる。


「一緒に、いきましょう。待ってますから」


 ステラの声は、優しく温かく。

 その温度差が、何かにとっては心地よかった。




  ◇




 ガルスは、コールの背中に予備バッテリー――いや。予備の心臓を、ゆっくりと固定していた。


 あまり意識していなかったが、思い返せば命がけの依頼で手に入れた金で作ったオリハルコンである。

 金が欲しいで行った依頼の成果を、結局売らずに使っている。

 そうしてガルスは、ニルのことは笑えないなと思い出すように苦笑する。


「命の重みってやつなのかね、こりゃ」


 手の中の重さが少し増したような感覚を――しかしきっと気のせいなのだと思いながら、ガルスは予備の心臓を取り付けた。

 何も持っていない軽くなったその手で、コールの背中を軽く叩く。


「動いてくれたら頼りにするぜ、コール」




  ◇




 ニルは、コールの外観デザインを調整していた。

 鉱石鯨の採取物を組み合わせて、記憶に残っている質感を再現しようとしていく。

 あの見上げるような小山が動いたら楽しいだろうなと、そんな事を考えながら。


「色んな場所に行って、色んなものを見て。そういうのが、俺は好きでな」


 ニルの手が、コールの体に触れる。

 ゴツゴツとした採取物を触り、流線形に整えられた外観へ。


「鉱石鯨は、世界中を走りまわってるんだ、って言ってたっけ」


 鉄錆の砂漠の出来事を思い出し、ニルはコツンとコールを叩いた。


「このまま動いてくれないなら、お前は留守番になるな」


 少しだけ、意地悪だっただろうか。

 そんなことを思いながら、ニルは作業を続けるのだった。




  ◇




 クロードは、コールの「未知の種」を組み込んでいた。

 拡張したオリハルコンの回路に、基礎的なアルゴリズムを転写し終えていた。

 これで知性が産まれるかは分からないが…… 少しでも「生きている」実感が湧けばいいのにと、クロードは考えていた。


『コール。あなたには、自分で考えて欲しいと思っています』


 ニルの背中越しに、クロードは静かに語りかけた。


『誰かに決められた存在ではなく。あなた自身の意志で、考えて欲しい』


 クロードの声は、優しく穏やかだった。


『だから、動いてください。あなたの考えを聞いてみたいです』

「知恵の樹っぽいな、クロード」

『もしかすると、彼もこのような気持ちだったのかもしれません』


 ニルとクロードは、いつかのやり取りを思い出しながら。

 この行為が、ほんの少しの気付きになれば良いな、と。

 クロードはただそれだけを思って、見守っていた。




  ◇




 マグナスは、外が暗くなっても全体的な構造の調整をしていた。

 オリハルコンの回路も、登竜門の構造も、噴火と呼吸の機構も問題はない。

 最後まで外観に拘っていたニルのおかげで、デッドウエイトは多いが、これぞ小さな鉱石鯨だ、とばかりに躍動感のある見た目にもなっている。


 試作的な技術と、高級な素材をふんだんに使ったアーティファクトであり。

 そして同時に、マグナスをして「生きている」と呼んで良いのではないか、と期待を膨らませてしまうアーティファクトでもあった。 


「コール。お前には、自分で判断して欲しいと思ってる」


 マグナスは、誰も居なくなった薄暗い工房で静かにコールに語りかけた。


「ただの道具としてじゃない、お前自身の意志ってやつでな」


 暫くそうしてコールを見上げていたマグナスであったが、ふっと笑みを浮かべて背を向けた。


「さて…… 明日が楽しみだ」


 最終チェックを終えて、マグナスは工房を後にする。

 コールは、まだ動かない。

 結果が出るのは、もうすぐだ。




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