第49話 クロードの助言
工房を片付け終えた後、ニルたちは再び作業台を囲んだ。
マグナスは紙を広げて、書かれた一部を横線を引いてから書き換えた。
「出力が大きすぎたのは分かった。だが、どうやって抑えるか……」
マグナスは腕を組んで、考え込んでいる。
「登竜門の量を増やせばいいんじゃないか?」
これで行けるんじゃないか? と言った雰囲気のニルからの提案に、マグナスは「それも考えたんだが……」と、口元に手を置き悩まし気な顔をする。
「確かに、それで重さは打ち消せる。だが、それはアーティファクトの構造問題とは別の話だ。回収が消費を上回ってしまっている以上、あの状態になるまでが長くなる、というだけになる」
「じゃあ、魔力の供給を減らすとか?」
ガルスの提案に、マグナスは「いや、それでもダメだ」と首を振る。
「同じことだ。この動力の中核は、熔鉄を使った魔力の熱変換と、オリハルコン回路による魔力回収の循環構造だ」
「……つまり、どう言うことだ?」
ガルスが首を傾げ、マグナスは「すまん、整理できてなかった」と、バツが悪そうに頭をかいてから顔を上げる。
「そうだな……枯れ葉に火を付ければ、時間が経てば枯れ葉を抱えてる木も燃えるだろう? 小さければいい、という話でもない。火が付かんだけだ」
つまり、イメージ的には「火が燃え広がってしまう」のが問題なのだ。
最初や途中の出力の大きさが問題なのではなく、「勝手に燃え広がっている」こと自体が問題なのだ、とマグナスは言っている。
「なるほど…… イメージは分かった」
マグナスの説明に、ガルスは納得した。
なるほど、確かにこれは構造的な何かが必要である。
「……回路を増やして、熱を分散させるのはどうでしょうか?」
ニルとガルスが考え込んでいるうちに、ステラがそんなことを提案する。
マグナスは「それは悪くないが……」と一定の納得があるらしく頷いているも、難しそうな顔を崩さない。
「オリハルコンの量に限りがある。今はお前さんたちが持ち帰ったやつを使っとるから問題ないが、新しく手に入れるのは流石にな…… 予備バッテリーの製造、補修改修用の予備も考え始めると、追加できる量は多くない」
そこまで言って、マグナスはチラリとステラを見た。
「……仮にだが。もう一回、鉄嶺の町で依頼を受けるなら、纏まった量の入手は可能かもしれんが……」
「ごめん、その方向はナシで」
「すまん、俺ももう行きたくない」
「同意だ。次は死ぬかも」
『私も、その方法は推奨できません』
様子を窺うようなマグナスの言葉であったが、ニルたちは即答していた。
取り付く島もないといった感じの様子だが、マグナスも分かっていたらしい。苦笑を浮かべながら「まあ、そうだろうな」と頭をかいて、机に置かれたコールの図面をトントンっ、と叩く。
「まあ、回路を増やせば排熱効率も上がるが、回収効率も上がるからな。吊り合いを考えれば、ここは弄らなくても問題ないだろう」
マグナスはコールの設計図に書かれている「魔力循環構造」の部分に改めて〇のチェックを入れると、考え込むように腕を組んだ。
息を継ぐように、少しだけ会話に間が空いた。
そんな彼らの様子を見ていたクロードであったが、場が落ち着いたからか、静かに口を開く。
『……マグナス、聞いてもよろしいでしょうか?』
「どうした? 何か気になったのか?」
『先ほど、「効率だけではうまくいかない」と仰いましたね』
「ああ、言ったな。リミッター…… は、あったらまずいが。おそらく非効率的に見える機構を組み込んでやる必要がある」
「非効率を組み込むって…… そんなのができるのか?」
クロードとマグナスのやり取りが、ニルには分からなかった。
首を傾げながらそう聞くと、マグナスは頷いた。
「例えばだが……『回収した魔力回路の一部を、魔力で重たくなる鉱石に流してやる』とかは、思いつくな。これなら魔力回収効率が想定以上に高くても、重さの負荷を追加してやれるから消費を回収が上回るなんてことは防げる」
マグナスの説明を聞いたニルは「ああー……」と、納得したような自分のイメージを嚙み合わせているような、微妙な声をあげながら顎をさする。
「つまり、逃げ場みたいなのを作ってやるってことか?」
「ザックリ言えばそう言うことだな。そもそも重いもんを動かすってのは、力を使うものだからな」
「なるほど。そっちの方が分かりやすい」
理解が至り、ようやくニルもマグナスの悩ましさに気が付いた。
クロードやマグナスの言う、不必要。
そして不必要とは、遊びである。
性能が高くなれば回路が焼き切れるかもしれないし、逆に性能が低くなれば動かない。重要なのは、循環するそれぞれをどうやって「無駄に」使うかということ。
「……改めて言われると、難しい話だな。これ」
「だな。これはクロードが悩んだのも分かるわ」
「ですね。良い案が思い浮かばないです……」
ニルも、ガルスも、ステラも。
そして、マグナスすらも同意見だ。
効率的に組み上げるのを良しとするアーティファクトに、非効率を組み込むのは非常に難しい。
しかしこの場には、知恵の樹との問答以降、ずっと「不必要」を意識していたクロードが居た。
『例えばですが…… 炎の潮を吹く、なんてのはどうでしょうか?』
こんなのはどうでしょう、と。
そんな感じで提案された彼の言葉は……おかしな言い方になるが。ニルたちの誰よりも、ずっとずっと「遊び」に満ちていた。
『熱を逃がすために、定期的に炎を吐き出すのです。本当はその余剰分を別の構造に回した方がいいのですが…… きっとこうする方が、コールが生きているように見える筈です』
クロードの説明に、ニルたちは驚愕に固まっていた。
マグナスなど、その発想はなかった、とばかりに衝撃で固まって。
ニルとガルスは、砂漠で見た鯨の「砂吹き」を思い出しながら納得し。
ステラが、めっちゃ良いですよ! とばかりに目を輝かせている。
「クロードさん、天才過ぎます! めっちゃ良いですよ、それ!」
「だな。その発想はなかった。確かに、鉱石鯨は砂を吐き出してた」
「……たしかに、魔力をどう使うかばかり考えていた。鯨と……いや、生物と同じだ。生きるために不要なら、捨てても構わない。当たり前すぎて、盲点だった」
そういって、マグナスはコールの図面に「排炎」――と。
そう記載しようとして、途中で止めた。そして横線を引いてそれを消し、ニヤリと悪戯する様に小さく笑いながら「噴火/呼吸」と書き直す。
「鉱石鯨をイメージして作るなら、こっちの方がそれっぽいだろ」
『流石ですね、マグナス』
「だな。流石マグナスさんだ、言いたいことが分かってるぜ」
マグナスの遊び心に、失敗して沈んでいたニルたちの気分も上がる。
そうだ、これだ、と。
ステラが言っていたではないか。アーティファクトを作りたかったのではなく、ただ一緒に居たかった、動いて欲しかっただけなのだ、と。
「折角だ。お前さんたちもなんか言え。出力問題はほぼ解決してるから、一人一つぐらいなら要望も乗るだろ」
マグナスの言葉に、待っていました、とステラが食いつく。
「コールには熱くならない場所が欲しい! 触りたいから!」
「お前さんらしいな。よし、採用と」
マグナスはステラのアイデアを即採用した。
名前は――少し考えてから、「触れ合い構造」にしたらしい。
「俺は…… そうだな。予備のバッテリーをコールに持ってもらいたいな。背中にくっつけといたら、宝物を運んでる感あって良いんじゃないか?」
「回路と切り離せば問題ないな。採用だ」
ガルスのアイデアも採用らしい。
マグナスは運搬構造の中に「予備バッテリーも含む」と記載している。
「ニルはどうだ?」
「ちょっと考えたんだけど……出力に問題がないなら、『もっと鉱石鯨っぽくしてくれ』ってのでどうだ? ちょっとぐらい不要なもの取り付けても、問題ないんだろ?」
「そこに戻るのか。問題はないし、勿論採用で構わん」
どうやらニルは、ずっとそこが引っ掛かっていたらしい。
マグナスは呆れるような感じで苦笑して、「外観デザイン」と書き記す。
「クロードは何かあるか?」
『オリハルコンの予備量が許すのであれば、アーティファクトを制御する回路を大きくしてくれませんか? それで知性のようなものが産まれるかは、分かりませんが……もしかすると、の可能性を捨てきれません』
「余剰分をこっちに使う、という形でなら行けるだろう」
クロードの希望を――さて、どう記載したものか、とマグナスは頭を悩ませて手を止めた。そうして彼は、少しだけ不思議そうに首を傾げて口を開く。
「……追加のアルゴリズムを組み込まなくても良いのか? お前さんなら、それも出来ると思うが」
『簡単な…… そうですね。容量の許す限りの、基礎的なものは転写してみようとは思います。ですが……私は、誰かが手を加えた誕生ではなく、「コール」の誕生を見たいと考えていますので』
「なるほど。言いたいことは分かった」
そうしてマグナスは、少し考えてから「未知の種」と記載した。
「よし、こんなもんだろ」
新しい要素を書き込んだ設計図を、ニルたちとマグナスは満足げに見下ろす。
『すみません、もう一ついいでしょうか?』
そして、最後にクロードが待ったをかけた。
おや、といった感じにニルの背中に視線が集中する。
「何か問題があったか?」
『いえ、問題というほどではないです。バッテリー、の名称が少し不満なだけです。それは「心臓」と呼ぶことにしませんか?』
「なるほど、ワシもそっちの方が好みだ」
「俺もだわ」
「私もです」
納得したように笑うニルたちに見守られるように、マグナスはバッテリーと書かれていた項目に横線を引き、新しく「心臓部」と書き込んだ。
これで、今度こそ完成だ。
「今から、コールの再設計だ。お前さんたちの思いも込めて、な」
マグナスの言葉に、ニルたちが頷く。
「よし。ならワシは噴火の構造を調整するから、お前さんたちはニルの作業を手伝ってくれ。さっきの失敗のこともある。試運転とは言わん、一気に組み上げるぞ」
そう言ってマグナスが立ち上がり、立っていたニルがゆっくり座った。
彼に続くようにガルスとステラも作業台を前に腰を下ろした。
「という訳で、ガルスとステラは手伝い頼むぞ」
「おう。鉱石鯨の採取物を砕いて磨けばいいんだよな?」
「だな。大きさは適当で良いらしいから、こんな感じにしてくれたらいい」
ニルは大きさがバラバラの金属片を、ガルスとステラに手渡した。
ヒンヤリとした冷たさと金属っぽい重さを感じながら、ガルスとステラはそれを少しだけ眺めて確かめる。
「確かに、特殊な加工は必要ないっぽく見えますね」
「そういうこと。あとは数を作るだけだから、よろしく頼むぜ」
『頑張りましょう、皆さん』
納得して手を動かし始めた三人に声をかけるように、クロードが静かに手元を照らす。
そうして、コールの製作は最終段階に移るのだった。




