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第46話 設計と議論


 マグナスは机の上に広げた紙に、スケッチを描き始める準備をする。


「まずは大きさだな。ゴールの鎧から小さくはできんが、どれぐらいがいい?」


 マグナスの問いに、ニルはゴールの鎧をイメージする。

 人よりは、間違いなく大きくなる。

 しかしどの程度の大きさがどうかと言われると、なるほど確かに。具体的なイメージが湧きにくい。


『全長で2~3mぐらいでどうでしょうか?』

「どんな感じのイメージだ、それ?」

『ゴールの鎧を、尾びれの分だけ伸ばすイメージです』

「なるほど、それぐらいの大きさなら邪魔にはならないか」

「だな。小さすぎるって感じもしないし、丁度良いと思う」


 クロードの提案に、ニルとガルスが同意する。

 マグナスも「それぐらいなら、いけるか」と頷いて、紙の中心にさらりとスケッチを書き入れた。


 空白が、少しだけ埋まる。

 まだたったそれだけの行為の筈なのに、ニルは既に少しだけテンションが上がっていた。


「それぐらいなら、町の中でも邪魔にならなさそうですね」


 そしてマグナスの手元に視線を落としながら、ステラがそんな言葉を呟いた。

 彼女らしいと言えば彼女らしいその言葉に、ニルたちは思わず笑ってしまう。


「町の中を想像してたのか」

「だって、一緒に居たいじゃないですか」

「まあ、気持ちは分かるけどな」


 そうして、大きさが決まった。

 マグナスは、最初に書いたゴールの鎧に重ねるように、ざっくりとした鯨の形を描き入れていた。

 ペンが紙の上を滑るだけの小さな音が、静かな部屋の中で大きく響く。そんな音に心を乱されるように、ニルたちはマグナスの手元を食い入るように見つめていた。


 鎧の右半分ほど重ねるようなその図面は、クロードの提案した通りの感じだ。

 肩より先を、ヒレに付け替えるように。

 腰から先を外して、足は尾びれに置き換えるように。

 胴鎧をベースにした人型を基準にしつつ、鯨のような流線形を描いていく。


「マグナスさん、鉱石鯨ってもっとゴツイ」

「うん? そうなのか?」

「そうそう。もっとこう、体中が岩で出来てるみたいな感じで……」


 ニルはそう言って説明するが、しかし言葉にするのが難しい。

 海に居る鯨が、鉱石を纏ったような姿――というよりは、岩が鯨の形になっている、と表現した方がしっくりと来る。

 生き物のように動いているのだが、実物はもっとゴツゴツとしており無機物のようであり……


「……いや、待て。とりあえず鯨っぽいで良いだろ」

「なんだよ、造形が大事なんじゃないのか?」

「大枠が大事なんだよ、こだわるのは後にしろ」


 ニルの説明を途中まで聞いていたマグナスであったが、思った以上に造形が難しかったことに頭を抱えた。

 そしてとりあえずといった感じで鉱石っぽい鯨のような造形を書き込むと、「さああ、次だ」と言葉を締める。


「次は機能だ。ワシのイメージだと、ちょっとぐらい浮いて物を運ぶって感じだが…… 他に何かあるか?」


 マグナスの問いに、ステラが食い気味に答えた。


「守ってくれる方が嬉しいですよね!?」

「確かに、その方が嬉しいけど……戦いに使えるのか?」


 勢いの良いステラの言葉に、ゴールの鎧の堅牢さを強く体感したガルスも即座に同意する。

 しかし、その声音は「確かにその方が嬉しいのだが……」といった感じで、その案で行けるのか? と様子を窺っている節もある。


 実際ニルも気になっている部分ではあるので、彼もガルスと一緒になってマグナスの方をチラリと見てみる。

 すると案の定というか、マグナスは何とも言いにくそうな顔で紙を撫でていた。


「……そこを考えるなら、出力次第という話になる。一先ず保留だな」


 マグナスは紙に「運搬」と書き込んだ。

 そしてその横に「護衛(暫定)」という言葉をゆっくりと書き足すと、その手を置いてニルたちの方を見る。

 文字を書き記す遅さが、マグナスがステラの願いを叶えてやろうと頭を悩ませているが故に見えてしまい、ニルは少しだけ苦笑してしまう。


「まずは、ワシのイメージを言おう」


 マグナスは息を大きく吸い込んで、ギシリと椅子を軋ませ座り直した。

 彼の表情は真剣で、まるで職人としての矜持が滲んでいるかのようであった。

 そんなマグナスを見たニルたちも自然に同じように姿勢を正しており、言葉を飲むようにマグナスの言葉に耳を傾ける。


「クロードが以前に言っていた、精製黄金(オリハルコン)に魔力を蓄えて、それを使って短時間だけ活動できるイメージだった。まあ、魔力のバッテリーだな」

『短時間というと、どれぐらいでしょうか?』

「1つの動力で、1時間程度が目算だ」

『それは…… 短いのでしょうか?』


 動力1つで、1時間。

 それがどれぐらいなのかと疑問を上げたクロードの問いに答えたのは、やはりというかマグナスであった。


「長くはないな。ただまあ、ゴールの鎧の重さを考えると、短い訳ではない……とは考えておるが……」


 そこまで言ったマグナスは、言葉を選ぶように少しだけ口を閉じる。


「……いや。まだ何とも言えんか。鉱石鯨から手に入った素材が、解決策になるとは考えているから、とりあえずそっちは任せてくれ。腹案はある」

「なるほど。なら、悪いんだけど頼むことにするよ」


 なんにしても、動力源が必要だ。

 ニルたちは思い思いにイメージを描いて、マグナスにアイデアを投げる。


「……第二駆動ってのを使えないか? 鉄錆の砂漠を走ってた魔導戦艦に使われてたけど、大地の魔力を吸いあげて動くって言ってたような気がする」

「なるほど、前に話してくれた魔導戦艦の技術か。部分的には使えるな」


 ニルの提案に、マグナスは設計図に「第二駆動」と記載を入れる。


「……取り込んだ魔力を循環させる、なんてのはどうだ?」

「魔力を循環か。イメージがあるのか?」

「鉱石鯨は、砂を取り入れて凄い勢いで吐き出してたんだ。あれを砂じゃなくて、空気と魔力で出来ないか、と思ったんだが……」

「ふむ…… 構造的には、ニルの第二駆動に近いか。行けるだろう」


 ガルスの提案を聞き、マグナスは第二駆動の部分後ろへ「魔力循環型構造」という文字を書き込んだ。

 ガルスはニルと顔を見合わせ、お互いにやったな、とばかりに笑みを浮かべている。


「私は、ゴールさんのイメージ的に火を使う方がいいんじゃないかな、って思うんだけど…… この意見って何かの役に立つの?」

「お前の考えは、ワシのアイデアに近いな。魔力を使ってゴールの鎧に火を作らせて、オリハルコンの回路を利用して動かす。行ける筈だ」

「おお、よかった!」


 ステラの話を聞き、マグナスは「熱回収回路」と記載する。

 ゴールのイメージが反映された事が嬉しかったのか、ステラのテンションも上がっている。もう少し緩い場であれば、立ち上がりそうな勢いだ。


『……その構造なら、かつての変換理論にも近いですね』

「ほう。そういう見方もあるか」


 言われて初めて知った、と言った感じに、マグナスは感心するように頷いた。

 そんなマグナスの言葉に、クロードは『ありがとうございます』といつものように答えると、理屈を足すように言葉を続ける。


『手びれを排熱に、尾びれを熱回収に利用するのはどうでしょう? その方が、きっと……「生きている」ように、見えると思います』

「なるほどな。お前さんらしい良い案だ」


 そして最後に、マグナスはクロードの言葉を聞いて「排熱および熱回収機構」と付け加える。


「よし、基本的な構造はこれでいいだろ」


 マグナスはそこで一息ついて、ニルたちを見回した。

 四人の……いや、五人の意見は出揃った。


「これで、あの鎧が動いてくれると良いんだが」


 何の気なしに呟いたマグナスの言葉に、場の空気が少しだけ重くなったような気がした。

 言葉の無かった別れを思い出すように、ステラは少しだけ視線を落とす。


「ゴールさん、動かなくなっちゃいましたもんね……」


 彼女のそれは、果たしてどんな意味だったのか。

 悲しがっているような、あれでよかったような。

 何とも言えない切なさの滲んだ彼女の言葉に、ニルたちは言葉を見つけられずに沈黙を選んだ。


「その……いえ、変ですけど。ホントは私、ゴールさんの鎧がまた動いてくれたら、それだけで嬉しいんです。深い意味はないので」

「動いてくれたら嬉しい、か」


 ステラの言葉を噛み締めながら、マグナスは納得するように頷いた。


「うん。守ってくれるのも嬉しいだけど、それよりも…… 動いているところを、もう一度見たいかなって。ほんとは、それだけでも良いんだ」


 「勿論、守ってくれるならそれが良いんだけど!」と言って笑うステラの言葉に、マグナスは「なるほどな」と、優し気に頷いた。


「動くってことは、つまり生きている、ってことだよな?」

「ええっと…… まあ、そうなりますかね?」


 確認するようなニルの言葉に、ステラが少し考えてから頷いた。

 動くことは、生きることである。

 なるほど確かに、間違ってはいない気がする。

 そんな感じでニルに頷いたステラに、クロードが言葉を付け足した。


『……一つ、提案があります』


 クロードの声には、いつもと違う真剣さが宿っていた。

 ニルは背中の大剣に意識を向けて、「どうした、クロード?」と静かに問いかける。


『機械生命体の設計思想を参考にしてはどうでしょうか』


 クロードの言葉の意味を思い出すために、ニルは記憶を掘り起こすように少しだけ考え込んだ。

 そうして「……知恵の樹で聞いた話か?」と、確認する様に聞き返す。


『はい。これはきっと、効率だけでは完成しません』

「……確か、生きるためには非効率が必要って話だったか?」

『それもありますが……満足を獲得することが、きっと大事なのだと思います』


 ガルスの疑問に、クロードは答えた。

 いつものクロードらしくない、ぼんやりと霞んだ輪郭のない回答。


『きっと、皆さんの…… そうですね。こうなったらいいのに、があれば、成功すると信じています』

「なんだ、随分とロマンチストみたいなことを言うんだな」

『ニルたちと一緒に居るもので』

「褒めたんだよ。そこは照れておいていいぞ」


 クロードの反応に、マグナスは重たい空気を吐き出すようにからりと笑う。


「そうだぜ、クロード。俺はお前がそう言ってくれて嬉しいぜ」

「なんか、ニルが言うと『ワシが育てた』みたいに聞こえるよな」

「……すみません、ニルさん。私もそう聞こえてしまいました」

「なんでそうなるんだよ……」


 うんうんと頷くニルの言葉に、ガルスとステラは反応していた。

 そんな二人のツッコミに、ニルは肩を落とすように溜息を吐く。


 勿論、本気で落ち込んでいる訳ではない。

 いつもの軽い空気ができ上ってきて、クロードも軽く笑っている。


『まあ、ニルの言葉は軽口に聞こえてしまいます』

「味方が居ねぇ……」

「味方しか居ねぇ、の間違いだろうに。お前さんというやつは」


 そう言って会話を締めに来たマグナスは、一息ついてからニルたちを見回した。

 良い感じに、緊張は抜けている。


「さて、もう一つ早めに決めておきたいことがある」

「なんだ? まだあるのか」


 ニルははてなと首を傾げると、マグナスはそんなニルを笑った。


「名前だよ。大事な話だろ」


 マグナスの言葉にガルスとステラは、もう決めるの? とばかりに驚いている。


「まだ形もないのに決めるのか?」

「形ができてから名前を付けるより、名前があった方が作りやすいだろ」


 ガルスの言葉に、マグナスは頷く。

 しかしマグナスが返したその言葉に、ステラは「……言われてみると、たしかにそうですね」と、納得したように頷いた。


「で、どうする? 何か案はあるか?」


 マグナスの問いに、ガルスが「鯨なんだし、『ホエール』とかどうだ?」と提案した。


 どうやら、ガルスに命名のセンスはないらしい。

 ニルやマグナスは笑っているが、ステラは呆れている。


「ガルスさん…… もうちょっと可愛い名前にしましょうよ……」

『愛着が湧く名前を推奨します。流石に安直すぎるかと』


 クロードの言葉に、ステラが「そうですよ!」と力強く賛成する。


「なら、ニルはどんなだよ」

「すまん、ガルス。という訳で、誰か頼むわ。俺もガルスと似たレベルだし」


 水を向けられたニルがガルスと同じように真顔に戻り、そう言った。

 ステラは「えぇ……」と、呆れが驚きになっているようだ。


『呼べば来る、という意味で「コール」はどうでしょう?』


 そんな三人を見ていたクロードの提案に、ニルたちは顔を見合わせた。

 彼らの顔に、不満はないように見える。


「コール、か」

「いいんじゃないか? 覚えやすいし」

「私も賛成です! ゴールさんっぽくて可愛いですよ、コール!」


 三人の賛成に、マグナスは笑って頷いた。


「じゃあ、『コール』だな」


 そしてマグナスは、紙の一番上に大きく「コール」と書き込んだ。

 その文字は、他のどの文字よりも大きく、力強い。

 まだなんの形もないアーティファクトに、しかし確かに命が吹き込まれた瞬間だった。


 ――これで、図面は完成だ。


「よし、これで粗方の設計は固まったな。明日から試作に入る」

「楽しみだな」

「うまくいくといいけど、どうなるかね」


 単純に楽しみにしているニルと、少し想像を巡らせているらしいガルス。

 そんな二人の言葉にステラが「大丈夫ですよ! 絶対うまくいきますって!」と明るく答えた。


「そうだな、やってみようじゃないか」

『よろしくお願いします、マグナス』

「おう。任せときな」


 こうして、コールを作るための挑戦が、正式に始まった。


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