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第47話 試作行程


 翌日、ニルたちは昨日の続きを行うために、再びマグナスの工房を訪れていた。

 そうしていつものように店の表から入ろうとすると、ドアにはいつもステラが使っている札がかかっていた。


 ――【工房にて作業中。裏口にお声がけください】


「なるほど、ほんとはこうなる訳か」

「というかこれ、ステラに手伝わせたくて一週間店番って言いだしたんじゃないか?」


 扉に背を向け肩を竦めたニルに、ガルスが茶化すようにそう言った。

 ニルも彼に同意する様に、「あり得そうだな、それ」と苦笑するように笑っている。


『ステラなら、頼めば了承すると思いますが』

「それじゃ面白くなかったんだろ。たぶん、お互いに」

『なるほど。コミニュケーションの一環ですか』


 ニルとガルスの言葉に、クロードはなるほどと納得した。

 そうしてニルたちは裏口に向かいながら、この話題をどうやってステラにぶつけてやろうかと、真剣に馬鹿なことを言い出した。


「親子のやり取り、とでも言った方が風情があるかもな」

「親父の嫌がらせ、とかでも良いかもだぜ」

『……照れ隠し、ではだめなのでしょうか?』

「なるほど。そっちの方が良いかもしれん」


 クロードの言葉選びが、一番温かい気がする。

 何にしても、そんなことを言い合っている間に彼らは裏口に辿り着いていた。

 がちゃりと扉を開けて裏口を潜ると、マグナスが作業台に座って何かを組み立てているのがすぐに分かった。


「おう、お前らか。ちと早かったな」


 視線はニルたちの方を向くが、手元の作業は危なげなく続いている。

 どうやら、なにか小さな金属片を――金属の鱗にも見える不揃いな板金を、素早い手つきで整形しているようだ。


 何を作っているのか分からないものの、高度な技術のようには見える。

 ニルたちは「おおー」なんて感嘆の声を漏らしながら、床を鳴らしながらマグナスに近づく。


「おはよう。それは何をやってるんだ?」

「これがワシの考案していた技術だ」

「へぇ、昨日言ってた腹案ってやつか?」


 ニルもガルスも、興味津々であるらしい。

 机の上に視線を落としながら「触っても良いのか?」なんて感じで、机の上に転がる金属片を覗き込んでいる。


「構わんが、それだけじゃ何にもならんぞ」


 了承の返事と共にひょいっと金属片を持ち上げて眺めていたニルたちに、マグナスは笑いながらそう言った。


「あれ、そうなのか?」

『素材が鉱石鯨からの採取物に見えます。もしや、特定素材との組み合わせのようなものが重要なのでしょうか?』


 はてなと首を傾げるニルの言葉を引き継ぐように、クロードの疑問が続く。

 そんなクロードの問いかけに、しかしマグナスは「クロードのが半分正解ってところだ」と言って軽く笑った。


「細かい理屈もあるんだが、単一の金属じゃなければ何でも良い」


「あっちをみてくれ」

 そんな言葉と共に、マグナスは手元の作業を継続しながら視線を動かした。


 ニルたちも彼の視線を追うように首を動かすと、その先には昨日まで静かに置かれていたゴールの鎧が横たえられている。

 特徴的な鎧の大部分はまだ人型を残しているものの、すでに少しだけ別の形に変わりつつあるのも理解できる。


「おお…… たしかに、鯨っぽくなってるな」


 胴鎧はそのまま。

 しかし肘から先は取り外されており、二の腕の部分を取り込むような形で重ねられたヒレのような形をした紙が覆っている。


「まあ、見ての通り途中だ。足部分を取り込む形で残すべきか、それとも取り外してしまうかで迷っておってな。重量と、あとは稼働の滑らかさ次第といったところだ」

「はぁー…… なるほどな。早いもんだ」

「昨日、あの後に進めたからな」


 ガルスの感心したような言葉に、マグナスは笑ってそう答えた。

 ニルたちがゴールの鎧を見ている間に少しだけ工房が静かになって、がちゃがちゃという金属の擦れる音が工房の中を支配する。


「……あれ。そう言えば、ステラは?」


 そう言えば、といった感じに気が付いたニルがそう聞いた。


「そこで手伝ってもらっとる」


 マグナスが指差した先には、ステラが小さな部品を磨いている姿があった。

 彼女の小さな背中は、ついでのような扱いを受けて若干不機嫌になっているように見える。


「おはようございます」

「おはよう。手伝ってるのか?」

「そうですよ。ちなみに、私はずっと居ましたけど」


 ニルの言葉に返事をしつつ、ステラの声は「ふぅん」と言った感じの声音である。

 いつも笑顔は隠れてしまっており、彼女の背中に流れる美しい黒髪だけが恨めしそうにニルたちの方を向いていた。


「ステラ、すまなかったって。忘れてたわけじゃないんだ」

「いえ。まあ、私も本気で怒ってる訳ではないのですが」


 振り向いたステラの顔には、苦笑が浮かんでいた。

 ちょっと冗談が過ぎたかなといった具合であり、少しだけばつが悪そうだ。


「でも最初に私を探す、ぐらいはしても良いと思いますがね!」

「いや、ホント悪かったって」


 そしてそう主張されると、ニルとしてもそうとしか言えない。

 彼はガルスと一緒になって、バツが悪そうに頭をかいた。


『……ステラは、もしやあの後から手伝っていたのでしょうか?』

「ずっとじゃないですけど、一応は。手ヒレの紙を作ったのも私ですよ」

「おお、やるじゃん」

「ふふ、そうでしょう?」


 マグナスに任せたと思っていたが、どうやらステラも製作に携わっていたらしい。

 ニルとガルスが感心したように頷いて、ステラも先ほどまでの不機嫌などなかったかのように明るく笑う。


「ただ、ここはちょっと難しいですが」


 ステラは少し困ったような笑顔を浮かべて、先ほどまで触っていた部品を指さした。


 覗き込んでみてみると、それはオリハルコンで作られた無数の細い金属線らしい。

 かなり細いように見えるそれらが、絡まる様に編み込まれていた。しかしオリハルコンの特性ゆえなのか、細いそれらは千切れることなくお互いを補強しているようにも見える。


 オリハルコン特有の重厚な黄金色を湛えるそれが、まるで血管のように鎧の外面と内面を走っていた。


『これが、魔力回路ですか?』

「そうだ。オリハルコンで熱の回収と排熱、魔力回路としての機能を併せ持たせてある。完成すれば癒着する筈だから、これがこいつの血管になってくれる」


 マグナスの言葉に、クロードは『なるほど……』と、短く答えた。

 しかし、構造の読み解きは継続しているらしい。スキャンの実行は継続しているらしく、空色の光が工房の中を断続的に照らしている。


「で、俺たちは何を手伝えるんだ?」


 ニルは、構造の方にはあまり興味がなかった。

 そっちはクロードが良いようにするだろう、と切り替えてマグナスにそう聞く。


「器用な方がステラを手伝ってやってくれ。不器用な方が、こっちの磨きを頼む。ワシはこの板金で構造の試作をするから、とりあえずお前さんたちで組み上げてくれ」


 マグナスはニルの問いにそう答え、取り外していた手甲を机の上に置いた。


「んじゃ、ガルスがステラの手伝いで良いか?」

「だな。ニルがそっちの磨きってことで」


 そうして、ニルとガルスは二手に分かれた。

 ガルスとステラがオリハルコンの特殊回路を付けていき、クロードは手元を照らしニルが鉱石鯨のものである金属片の形を整える。


 そして――ニルの横で、マグナスが手甲に金属片を取り付けていく。


『それは……魔法生物の構造模倣ですか?』


 まるで鎧に鱗の装飾を付けるようなその行為に、クロードは興味が抑えられないようだ。ニルの手元を照らしながら、そのスキャンはマグナスの手元をも照らしている。


「近いが、少し違う。模倣を目指して、ワシが考案した特殊構造だ」

「へぇ、そうなのか。何を模倣しようとしたんだ?」


 何の気なしに、ニルがそう聞く。

 ガルスより不器用なニルであるが、彼は全体的に小器用だ。砕いた鉱石鯨の鉱石を適当な大きさに成型する単純作業は、口を動かしながらでも行えるようになっていた。


「竜だよ。ドラゴンだ」

「……マグナスさん、それまじかよ。魚の鱗にしか見えないんだが」

「真似とるだけだからな」


 呆れたようにニルはそういうが、しかしマグナスは悪びれていない。

 ニルの言葉に答えながらも視線は作業場所から動いておらず、口元には笑みが浮かんでいる。


「だがあいつら、明らかに重さを打ち消しておるからな。構造を真似れば空気というか、空気中の魔力に物を浮かせられる、と考えるのは自然だろう?」

「俺はその発想がなかったわ」

「なんだ、若いのに夢がないやつだな」


 そこまで語ったマグナスは、しかし「まだ模倣は無理だがな」と笑っている。

 本来の目的には届いていないのだろう。しかし彼は、それ自体はあまり気にしていないらしい。


「ちなみにこの技術、【登竜門】と名付けとるぞ」

「マジかよ。名前負けしてないか?」

「まだ魚って意味じゃ間違ってないだろ」

『なるほど……その発想がありましたか』


 ニルたちは、馬鹿話をしながら作業は進んでいく。

 しかし、先は長い。ニルは横に積まれた金属の小山を横目に見ながら、時間がかかりそうだな、と思いながら手を動かすのだった。




  ◇




 そうして皆で作業を進めていたのだが、日が傾き始めた頃になって、ようやく組み立てが一段落着いた。


 作業台の上には、ゴールの鎧をベースにしたアーティファクトが置かれている。

 全長は3mほど。

 熔鉄の胴鎧をベースにしたその体には、オリハルコンで作られた回路が血管のように走っている。そうして紙で形作られた手ヒレと尾ヒレが取り付けられることで、漠然とした姿を見せつけていた。


「……これが、コールの全容になる訳か」


 ニルの言葉にマグナスは「まだ未完成だがな」と、同意する様に頷いた。


「大枠と動力だけだが、一先ず完成だ。とりあえず30秒ほど試運転するから、お前さんたちは思いっきり風を送ってくれ。クロードは魔力と熱の流れをスキャンを頼む」


 マグナスはそう言うと、紙のヒレを外してからオリハルコンの塊――魔力のバッテリーを、ガルスとステラが組み上げたオリハルコンの回路に接続する様に設置した。

 理屈的には、これで動力は起動するはずではある。


「……動かないな」


 ――しかし、何も起こらない。


 マグナスはオリハルコンから手を離して、コールを見つめた。


「魔力は流れてるんだよな?」

「ああ。確実に流れている筈だ」

『観測していますが、魔力は回路を流れています』


 ガルスとクロードの言葉に、マグナスは考え込むように腕を組んだ。

 うぅむ…… なんて言って首を傾げながら、何かを考えるように回路を触ったり鎧を触ったりしては、口元に手を当てている。


「この動力自体は、動くはずだが……」

「回路が間違ってるとか?」

「いや、魔力が流れていれば成功している筈で……」


 と。

 そこまで言ったマグナスは、何かに気付いたように手を叩いた。


「そうか、炎が出てないんだ。ゴールの鎧が呼吸をしていないんだよ、これは」

「……すまん、どう言うことだ?」

「前に言っただろ? ガルス。お前さんの短剣も、ゴールに殴られた時に火が入ったのではないか、とな。ゴールの鎧も、もしかすると持ち主が死んだから『火を入れる』作業が必要なのかもしれん」


 マグナスはそう言って、コールに手を置いた。

 冷たい鉄の感触が、彼の掌にひんやりと伝わる。


「マグナスさんの考えが当たってたとして、方法はどうなるんだ?」

「短剣と同じ方法なら、おそらく火を纏ったゴールの短剣で鎧を叩く、みたいな感じだと思うが……」


 ニルの問いに、マグナスは難しそうな顔でそう答えた。

 随分乱暴な方法であるが、状況証拠的にはそれしかない。しかしそれを提案したマグナス本人ですら、その方法が正しいかどうかの確信が持てないらしい。

 言葉尻が弱く、腕を組んで考えこんでいる。


「バルトランさんからは、何か聞けてないのか?」

「魔力を流せば普通に使える、と聞いておる。もしかすると、ゴールの武具は何かしらが特別なのかもしれんな」


 マグナスは、大きく息を吐いた。

 何にしても、良い時間である。そろそろ晩飯の時間だ。


「今日はここまでにしよう。続きは明日だ」


 マグナスの言葉に、ニルたちは頷いた。

 動かないコールを残して、ニルたちは工房を後にした。




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