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第45話 製作の発案


 鉄錆の砂漠から戻って、ニルたちはしばらく普段通りに過ごしていた。

 そうして過ごしていたある日、ニルたちは、ステラから――というよりは、マグナスからなのだが――呼ばれる形で、彼の工房を訪れていた。


 店の表から入ると、カウンターにはステラが座っている。

 彼女の視線は分厚い冊子ではなく、机の上に堕とされた薄い紙に向けられていた。

 扉が開いた音に彼女の視線がチラリとニルたちを捉えると、待っていましたとばかりに難しそうだった顔に笑顔が浮かぶ。


「おはようございます! 待ってましたよ!」

「おはよう。何となくそんな雰囲気だったな」

『おはようございます、ステラ。もしや急ぎだったのでしょうか?』

「急ぎじゃないですけど、これ見てくださいよ!」


 クロードの疑問に、ステラは机の上の紙を叩くような勢いで指差している。

 床を軋ませながら近づいたニルたちがその紙を見ると、どうやら何かしらの図面が書かれていることが見て取れた。


「……アーティファクトの図面か?」

『これだけ見ても分かりませんね』

「私もよく分からないんですけど、面白そうで……て、そうではなくて」


 ガルスとクロードは図面を見て考えるようにそう反応する。

 ステラもそんな二人に同意しかけており、彼女の様子を見たニルは肩を竦めるように笑ってしまう。


「見たけど、ステラが興奮してる理由が分からん」

「ここですよっ、ここ」


 そして、ステラがびしっ、と指差した。

 その白い指の先には、この図面の名前らしいものが記載されていた。


「……【浮遊型運搬アーティファクト】?」


 そこに記されていた、見慣れない名前だった。

 改めて複雑な図面を眺めてみるが、やはり内容は分からない。

 かなり高度なものに見えはするが、何度見てもニルには、それが高度なものである以上のことが分からなかった。


「まあ……凄そうな図面ではあるよな。ガルスは分かるか?」

「いや、分からん。名前的に荷物を運ぶんだろうけど」

『機械よりも、魔法の分野に近いようには感じます』


 興味はある。

 しかし分からない。

 そんな風にニルたちが首を傾げ――要するに、自身と同じ気持ちになったことを確認してようやく諦めがついたのか、ステラは肩を落として図面を丸め始めた。


「ニルさんたちでも分かりませんか……」

「なんだよ、それが今日の用事か?」

「今日の用事の片割れです。分かれば、暫く非番だったのですが……」


 ステラは小さく溜息を吐いている。

 どころか「一つの戦いに負けました……」なんて言って何時もより大げさに落ち込んでいた。まるで慰めてくれてもいいんですよ、と言わんばかりの勢いである。


「なんだよ、賭けでもしてたのか?」

「負けたので、暫く店番です」


 どうやらステラは、この店(ダンジョン)攻略に失敗したらしい。

 無謀な冒険の代償は、一回休みといったところか。


「そりゃ自業自得だろ」


 移動しながら、ガルスは笑ってそう言った。


『ですが、ステラは勝って何をするつもりだったのですか?』

「ニルさんたちと一緒に冒険します!」


 クロードにそう聞かれると、元気よくそう返すステラにニルが笑う。


「それ、いつもと変わらなくないか?」

「そうとも言いますね」


 まあ、要するに暇だったのだろう。

 そう結論付けたニルをしり目に、ステラはがちゃりと扉を閉めて【工房にて作業中。裏口にお声がけください】と書かれた札を引っかける。


 そのまま四人で工房の奥に向かうと、マグナスは作業台の近くに立っていた。

 彼の手元には、見慣れたゴールの鎧が静かに置かれている。


「おう、来たか」


 ニルたちに気づいたマグナスは、手を止めて振り返った。


「おはよう、マグナスさん」

「ああ、おはよう。鉄錆の砂漠はどうだった?」

「最高だった。鉱石鯨は、マジで化け物だったぞ」

『あのような生命体が居ることに驚きました』


 ガルスとクロードの言葉に、マグナスは「屑鉄の甲斐はあったみたいだな」と満足そうに笑う。


「で、今日の用事は? なんか、さっきステラにアーティファクトの図面を見せられたんだが…… もしかしなくても、あれのことか?」


 そうであったら面白いんだけど、と。

 少しだけそんな期待を込めた声音で探る様にニルがそう聞くと、マグナスはまあそんなところだ、といった感じに小さく頷く。


「あのアーティファクト、以前から構想はあったが形に出来なくてな」

『マグナスが描いたのですか?』

「たまに書き足してる程度だがな」


 さらりと言われた言葉に、ニルは驚き目を向いた。

 どうやらあのアーティファクト、マグナスの頭の中にあった草案であったらしい。見ても分からない訳である。


「てことは……その口ぶりだと、形に出来たってことか?」

「まだだ。ただ……実は、お前さんたちがアサルビ半島に行ってる間に、ワシも自由市に出かけていてな。その時に、面白いものを見つけたんだ」


 興味がありますとばかりにそういうニルの言葉に、マグナスは作業台の引き出しから一枚の紙を取り出した。


 ステラが持っていた図面よりも、幾分か古い。

 机の上に広げられた古い羊皮紙に描かれているそれは、どうやら何かの設計図らしいことは理解できる。


「これを手に入れられたのよ」

『これは…… かなり高度な設計ですね』


 広げられた古い羊皮紙に書かれているそれは、ステラが眺めていた図面を見た時よりもクロードの理解が早かった。

 そしてクロードの理解が早いということは、おそらく原理が機械的なのだろう、とニルは当たりを付ける。


「この二枚の図面もあるが、素材の方も珍しいのが揃っとる。何かできるかとは思ったが……この辺は、全部お前さんたちの持ち物だろう?」


 マグナスはそう言って、工房の中にゆっくりと視線を向けた。


 ――先日の冒険から持ち帰った、鉱石鯨の鉱石。

 ――鉄嶺の町から持ち帰った精製黄金(オリハルコン)の素材になる、大量の金。

 ――そして……熔鉄で作られているという、ゴールの鎧。


 マグナスの視線を追うように工房の中を見渡したニルは、早く続きを聞かせてくれよと言わんばかりに、笑みを深めている。


『これらで、浮遊型運搬アーティファクトが作れるのでしょうか?』

「実際にはやってみないと分からん。だから、相談しとる」


 マグナスの言葉に、ニルは腕を組んで少し考え込んだ。

 とはいえニルの表情には笑みが浮かんでおり、楽しんでいるというか、かなり乗り気に見える。


「……お前らはどう思う?」

「私は構わないと言いますか、頼みたいぐらいですね。正直、素材に関しては売る以外の使い道が思いついてませんでしたから」

「俺もステラと同じく。なんもかんも売るじゃ面白くないかな、て思ってたんだよ」

『素材がかなり特殊である、という懸念はあります。大丈夫でしょうか?』


 クロードの言葉に、マグナスは「まあ、簡単にはいかんろうな」と難しそうに頷いた。

 面白いとは思っているが、失敗は考えている。そんな様子である。


「まず、熔鉄は触れん。精錬方法も分からんしな」

「……熔鉄触れないなら、無理じゃないか?」

「いや、無理じゃない。慎重にやる必要はあるが」


 マグナスはそう言って、ゴールの鎧に手を伸ばした。

 指先で、磨かれた冷たい鎧の表面を撫でる。


「前提としてだが、ゴールの鎧を崩さない形で、別の形に変えてやる必要がある。だから、そのアイディアが必要なんだが――」


 マグナスはそこで言葉を区切り、ニルたちを見た。


「お前ら。何か、良い考えはある?」


 これがないなら、加工はできない。

 そんな口ぶりのマグナスに、ニルたちは顔を見合わせた。


「……すまん、もうちょい具体的に頼むよ」

「どんな形で作るか、ぐらいは決めておく必要があるだろう」

「ああ、完成のイメージが無くて失敗するってことか?」

「そういうことだ」


 ニルとガルスは少し考え込むように、息を大きく吸いながら腕を組んだ。

 なるほど、確かにその通りだ。


『何を作るか、ですか……』


 クロードもまた、マグナスの言葉に考え込んでいる様子だ。

 そんな三人の様子を見ていたステラが、ここだ、といった感じで口を開いた。


「私、この図面を見ながら考えていたことがあるんですけど」

「ステラ、良いアイディアがあるのか?」

「良いかは分かりませんけど…… 鉱石鯨とか、どうでしょうか?」

「鉱石鯨か……」


 ニルたちは、鉱石鯨を思い出す。

 息をするだけで地形が変わる、小山のような巨体。


 あれが、空を泳ぐように動いていたなら――


 想像がそこまで膨らんで、ニルとガルスの顔に笑みが浮かんだ。

 なるほど。確かに、とても面白そうである。


「……なんかいいな、それ」

「俺もステラに賛成」

『確かに、見てみたいです』

「おお! やっぱり良いですよね、ゴールさんっぽくて!」


 ステラの感性は、少しずれていたのだが。

 目標が少し違うのかもしれないが、しかしアイディアは出た。

 ならばどうデザインするべきかと皆が考え沈黙する中で、クロードの言葉がいち早く沈黙を破った。


『……いえ、確かにステラの直感は当たっているかもしれません。鯨の形状であれば、ゴールの鎧に手を加える必要も少ない可能性があります』

「なに? クロード、どういうことか聞かせてくれんか?」


 よく分からんぞ、とばかりに首を傾げながら――しかしその目に興味の熱を秘めたマグナスの視線が、ニルの背中の大剣に向いた。


『旧文明では、鯨は人と同じ種族……哺乳類に分類されていました』


 クロードが披露した知識に、ニルたちは驚いたように目を見開く。

 止まった工房の中の空気に流れ込むように町の喧騒が入り込み、しかしクロードは気にしないように言葉を続けた。


『手がヒレに、足は尾びれに。おそらくですが、胴鎧をベースにしてある程度の外的補強や構造の組み合わせを行うことで、鎧を大きく触らないまま利用することが可能ではないかと考えます』

「それは…… いや、たしかに…… いけるか?」


 ぶつぶつと言いながら、マグナスは机の上に広げた図面に目を落としていた。

 

「……すまん、ステラ。そっちの図面も出してくれるか?」

「あ、ごめん。これだよ」

「ああ、すまんな」


 そうしてステラは持っていた図面を広げ、羊皮紙に書かれている図面の横に並べる。


 マグナスの視線は二枚の設計図を往復している。

 口元に手を当てたり腕を組んだりする様子は、まるで頭の中で何かを組み合わせるような、静かで真剣なものであった。


「……クロード、イメージつくか?」

『いえ……すみませんが、想像できません。マグナスを待ちましょう』

「大丈夫ですよ、ニルさん。お父さん、頼りになりますから」

「そうだな。ニル、ちょっと様子見ようぜ」

「了解、そうするか」


 なるべくマグナスの邪魔にならないように、小声でそんな事を話しながら、ニルたちはマグナスが落ち着くのを待つ。

 しばらくすると、マグナスは考えを吐き出すように息を吐いた。


「すまんな、ちと考えてしまった。作れるかどうかはやってみないと分からんが、クロードのおかげでイメージはある程度固まった」


 マグナスはニルたちを見回して、笑った。

 その言葉で、ニルたちは笑みを浮かべて興奮している。


「おいガルス、これって機械生命体の代わりに出来るんじゃないか?」

「ならほんとに生きてる感じで作りたいな。ほら、知恵の樹の遺跡っぽい感じに」

「お前ってわりと高望みするよな……」


 ニルとガルスはかなり興奮している。

 特にガルスなど、以前から機械生命体アーティファクト・クリーチャーを捕まえると言っていたに近いことができるのではないか、とばかりにかなり目を輝かせていた。


「ゴールさんの鎧が動いてくれるなら、なんか少し嬉しいですね」

『アーティファクトを産み出せるのですか。楽しみですね、ステラ』

「ふふ……ええ、そうですね! 今から楽しみです!」


 そして、ステラは少しだけしんみりと。

 クロードはステラの言葉を少しだけ言い換えて、そんなクロードの言葉にステラは元気よく頷いた。


 四人の意見が一致したのを見て、マグナスは満足そうに笑った。


「しばらくは、試行錯誤を重ねることになるぞ。覚悟はいいか?」

「もちろん、望むところだ」


 ニルの言葉に、マグナスはそうこなくては、と力強く頷いた。

 そして机の上に広がった二つの図面をざっ、と机の脇に除けた。

 古い知識と自分の知識を重ねるように。

 そして――それだけでは足りないのだと言わんばかりに、ニルたちの言葉が必要なのだといった感じで、机の中から何も書かれていない紙を取り出しながら。


「よし。じゃあ、皆で構想を練ってみるか」


 そうして四人は身を乗り出して、机を囲む。

 それぞれの感情を宿した瞳が、白紙の図面に彼らの想像を思い描く。


 そうしてニルたちの、新しい挑戦が始まった。




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