金の魔法にて
昼過ぎの街路を、陽光がやわらかく照らしていた。
シズクとリリィは大きな籠を抱えて、貴族街の屋敷へと向かっていた。
「ひゃあ~……すっげぇっすねぇ! 門が二つもあるっす!」
屋敷の外観を見上げながら、リリィがぽかんと口を開ける。
「そんなに緊張しなくて大丈夫。今日は“試食会”みたいなものだから」
「し、師匠は平気なんすか? あんなキラキラした人たちの前で……」
「慣れだよ。まぁ、最初は手が震えてグラスを落としたけどね」
「えぇっ!? そんなことあるんすか!」
「あるさ。だから今日はリリィが落とさないように気をつけよう」
「プレッシャーかけないでほしいっす!」
そんな軽口を叩きながら、二人は応接室へと案内された。
白いレースのカーテン、金細工の照明。
座っている貴婦人たちは十名ほど。
どの顔にも、好奇心と優雅さが入り混じった微笑みが浮かんでいる。
「まぁ、この方が“冷たいお酒”で有名な……」
「そうです。“シズク”と申します。本日はお時間をいただきありがとうございます」
丁寧に一礼したシズクの隣で、リリィが緊張のあまり背筋を伸ばしすぎていた。
「し、師匠! お菓子っす、いや、ぷるっしゅっす!」
「あ、あぁ……はいはい。落ち着いて」
シズクは苦笑しながらカゴを受け取り、テーブルの上に並べていく。
半透明の器の中で、淡い青の“ぷるっしゅ”がぷるんと震えた。
上には、金箔が一枚、そっと乗っている。
光を受けて、金がまるで陽炎のようにきらめいた。
「まぁ……!」
「なんて美しいの!」
貴婦人たちが思わず息を呑む。
シズクは穏やかな笑みを浮かべて、説明を始めた。
「こちらは“アズールリーフ”の抽出液を使った冷菓です。
冷やすことで透明感が増し、上に飾った金箔は食べても害はありません。
見た目と口溶け、どちらも楽しんでいただけます」
「まあ、食べられる金……!」
「こんなの初めて見たわ!」
フォークがぷるりと震え、ひと口。
青のゼリーが舌にのる瞬間、ほんのりと柑橘の香りが広がる。
そして金箔が光の粒のように散った。
「……まぁ! 冷たくて、甘すぎないのね!」
「するりと溶ける……これは夢のようだわ!」
貴婦人たちの間から歓声が上がる。
リリィはそれを見て、目を輝かせた。
「師匠っ! すごいっすよ、みんな笑顔っす!」
「うん。食べ物の力ってのは、こういうことだね」
「うちの酒場でも出せるっすか?」
「値段次第かな……金箔、高いんだよ」
「えぇ~っ! 夢が……!」
場が和んだその時、夫人の一人が微笑んでシズクに声をかけた。
「まぁシズク様、次の社交茶会でもぜひお願いできるかしら?」
「えぇ、もちろん光栄です」
歓談の中、リリィがそっとシズクの袖を引く。
「ねぇ師匠……思ったんすけど」
「うん?」
「これ、“金の魔法”っすね!」
「魔法じゃなくて技術だけどね」
「でも、見た人が“すげぇ”ってなるなら、それは魔法っす!」
リリィが胸を張って笑う。
シズクもつられて笑い返した。
――技術と工夫で、人を笑顔にできる。
それは、魔法と同じくらいに尊いものだ。
帰り道、リリィは両手を後ろで組みながら言った。
「次は、どんな“魔法”使うっすか?」
「そうだな……次は煙かな」
「煙っすか!?」
「燻し木を使って香りの演出を試したいんだ」
「ぜったい面白いっす、それ!」
二人の笑い声が、夕暮れの石畳に心地よく響いた。




