ぷるっしゅの評判にて
昼下がりの酒場は、いつになく穏やかな空気に包まれていた。
リリィがカウンターで皿を並べ、客席では常連たちが昼間から軽く一杯やっている。
「なぁシズク、この前ウチの娘がよ、他の店で“ぷるぷるした冷たいお菓子”食べてきたって言うんだ。お前んとこの“ぷるっしゅ”と似てたぞ?」
「おっ、それ聞いたことあるっす!」
リリィがすぐさま身を乗り出す。
「市場の裏の菓子屋でも似たの出してたって、通りの子どもたちが騒いでたっす!」
シズクはグラスを磨きながら苦笑した。
「まぁ、人気が出れば真似する店も出てくるさ。街に広がるのは悪いことじゃない。むしろ、みんなに 喜んでもらえるならそれでいい」
「でも、なんか複雑っすねぇ……」
リリィが口を尖らせる。
「ぷるっしゅの“ぷるっ”はウチのオリジナルっすよ? 名前まで真似されたら泣くっす!」
「名前までは流石に真似されないと思うけどな……」
そう言いながら、シズクが笑うと、客たちもつられて笑い声を上げた。
――そんな中、扉のベルが鳴った。
入ってきたのは、見慣れた商人風の男だった。
「おや、今日はまた珍しいところに」
シズクが声をかけると、男は軽く会釈しながら帽子を取った。
「実は相談がありましてね。あなたの“ぷるっしゅ”という菓子を、ぜひ仕入れたいというお話があったんですよ」
「仕入れ?」
「はい。ある貴族の夫人が、お屋敷で開かれる茶会で“あの涼菓子を出したい”とおっしゃってまして」
リリィが一気に目を輝かせた。
「き、貴族っすか!? つ、ついにウチの“ぷるっしゅ”が上流階級デビューっすね!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて」
シズクは笑いながら手を上げた。
「ありがたい話だけど、まだ詳しく聞かないとわからないだろ?」
商人はにこやかに頷いた。
「南地区の名家でして、婦人方の間で話題になっているようです。もしよければ正式にお話を――」
「もちろん喜んでお受けしますっす!」
リリィが勢いよく返事をして、商人も思わず笑った。
「はは、行動が早いですね。では、詳しい話は改めて書状でお送りします」
そう言って店を後にする商人の背を見送りながら、リリィは手を胸の前で組み、興奮を抑えきれない様子だった。
「すごいっすよシズクさん! ついに貴族のお屋敷で“ぷるっしゅ”が出るんすね!」
「まぁ、まずは話を聞いてからだよ。無理に広げても品質が落ちると意味がない」
「なるほど……職人の顔っすね!」
リリィが尊敬のまなざしを向けるが、その表情はすぐにふにゃっと崩れる。
「でも、めっちゃ楽しみっす!」
シズクはふっと笑い、カウンターの上のグラスを磨きながら言った。
「……魔法も同じだよ。焦って広げようとすると、肝心なところが崩れる」
「うっ……耳が痛いっす!」
リリィが頭をかきながら照れ笑いを浮かべる。
「でも、シズクさんみたいに地道に積み重ねるの、けっこう大変っすねぇ」
「大変だからこそ、やりがいがあるんだよ」
「……なるほど、ますます職人の顔っすね」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
二人の笑い声が響き、酒場の空気はいつもより少しだけ温かかった。
その後――
納品の打ち合わせを終えた商人が再び顔を出した。
「そういえば……北区の大邸宅でも“同じ菓子を出したい”という話が出ていましたよ」
「北区?」
シズクが小さくつぶやく。
それを聞いたリリィが、はっと顔を上げた。
「もしかして……レオ様関係っすか!? あの公爵家の!」
「いや、まだわからないけど……」
シズクは笑みを浮かべて肩をすくめる。
「でも、まぁ――近いうちにわかるだろうな」
リリィはわくわくとした笑みを浮かべながら、グラスを磨く手を止めた。
「ついに、“ぷるっしゅ”が王都デビューっすね!」
――後日、“小さな酒場発”の新しい菓子が、王都全体へと静かに広がり始めていた。




