試作開始にて
昼下がりの店内は、ゆったりとした空気が流れていた。
いつもなら昼食後の休憩をとっている時間だが、この日は違う。
カウンターの上には、小鍋とボウル、果実酒の瓶、そして透明な液体の入った小瓶がずらりと並んでいた。
「よし、今日は“アクアジェル”を試してみようか」
シズクが袖をまくると、リリィが首を傾げた。
「それって……飲み物っすか? 薬っすか?」
「どっちでもないかな。固めて食べる新しいもの、になるかも」
「固めて食べる!? なんすかそれ、想像つかないっす!」
シズクは笑いながら、小鍋に水を注いで火にかけた。
そこに粉状のアクアジェルを少しずつ加えていくと、透明な液体がゆるやかにとろみを帯びていく。
「温度が高すぎると上手く固まらないんだ。ちょうどいいところを探すのが難しい」
「へぇ……料理みたいっすね!」
リリィは真剣に見入っていたが、やがて目を輝かせた。
「師匠! 果実酒、もう入れていいっすか!?」
「まだ早いって――」
ドバッ。
勢いよく注ぎ込まれた瞬間、鍋の中で泡がぼこぼこと立ち上がった。
「わ、わわわっ!? 生きてるみたいになってるっす!」
「そりゃそうだ、まだ熱いままだし!」
慌ててシズクが火を止め、手をかざして冷却魔法を発動。
瞬く間に湯気が引いていき、鍋の中の液体が静かに光沢を取り戻した。
しん、と静まり返る。
リリィはおそるおそる覗き込み、気まずそうに笑う。
「……す、すんません。やらかしたっす」
「まぁ、初めてなら仕方ないよ。でも――」
シズクはスプーンで掬い取り、光に透かしてみせる。
「見た目は……悪くないな」
鍋の中には、ほんのり黄金色に透ける柔らかな塊。
スプーンですくうと、ぷるりと震えて戻る。
シズクは一口味見し、目を細めた。
「……お、意外といける」
「ほんとっすか!?」
「香りがやさしくなって、口溶けも軽い。温度を少し下げて作れば完璧だ」
そう言って、シズクは新しいグラスを取り出し、少量を注ぎ入れる。
冷やし魔法で固めたあと、上から果実シロップを垂らす。
透明と琥珀が二層に重なり、光を受けて宝石のようにきらめいた。
「はい、試食係の出番」
「おっしゃ、まかせるっす!」
リリィがスプーンで掬って口に入れた瞬間、目を輝かせた。
「なにこれっ! 冷たくて、口の中でとけて……甘いのにお酒の香りもするっす!」
「成功、かな」
「大成功っすよこれ! 飲み物でも料理でもないっすね! なんて言えばいいんすかね、これ!」
「……そうだな。名前はあとで考えよう」
ふっと笑って、シズクは空のグラスを並べた。
「これなら貴族の奥方にも喜ばれそうだ」
「……え、公爵夫人!? お、お偉い人に出すやつっすか!?」
「はは、かもね。味も見た目も良いし、冷たい酒に合う」
リリィはしばらくその淡い層を見つめたまま、うっとりと呟いた。
「……師匠って、やっぱりすげぇっす」




