仕入れの旅を終えて
旅を終えて二日後。
久しぶりの酒場には、いつもの香ばしい香りと、ゆったりとした空気が戻っていた。
だが――。
「ふあぁ~……師匠、旅ってやっぱ疲れるっすねぇ……」
リリィがカウンターの上に突っ伏したまま、ぐでーっと伸びていた。
雑巾を片手にしてはいるが、まるで仕事する気配がない。
「リリィ。テーブル、まだ半分しか拭けてないよ」
「えぇ~、そんなに焦らなくてもお客さん来ないっすよ~。今日は休み明けだし~」
「……休み明け、だね」
シズクは少しだけ意味深に頷いた。
そして、磨いていたグラスを軽く置くと、さらりと口を開く。
「そうだね。じゃあ、試作の味見も今日はいいか」
「……へ?」
「旅で見つけた素材、“アクアジェル”の試作をしようと思ってたけど。
味見係は、今日は別の人にお願いしようかな」
「えっ、ちょ、ちょっと待つっす! それはダメっすよ!」
顔を跳ね上げたリリィの目が一瞬で輝きを取り戻す。
「だって、あたし、試食係としての使命が――」
「ダラダラしてる試食係には、信用がないからね」
「うぐっ……!」
ぐっと拳を握りしめるリリィ。
そのまま勢いよく立ち上がると、
「師匠! この店、ピカピカにしてやるっす!」
と、やる気を爆発させた。
その後のリリィの動きは見違えるようだった。
テーブルを拭き、棚の並びを整え、床を掃き……その速度はいつもの三倍。
シズクは笑いをこらえながら、その様子を眺めていた。
「……最初からその調子なら、苦労しないんだけどね」
「修行っすよ、修行! 集中力を高めるための、アレっす!」
「はいはい、都合のいい理屈だ」
「うぐ……でも、試食の件は取り消しっすよね?」
「まぁ、働きぶり次第かな」
シズクが涼しい顔で言うと、リリィはまたテキパキと動きを速める。
その姿に、客席で休憩していた常連の一人が吹き出した。
「なんだ、あの娘。師匠に尻叩かれてるな」
「はは、若い子は元気でいいじゃねぇか」
笑い声が店に広がり、空気が一気に明るくなる。
リリィは頬を赤らめながらも、しっかりと仕事をこなしていた。
――そして夕方。
すっかり片付いた店内を見渡して、シズクは小さく頷いた。
「よく頑張ったね、リリィ。じゃあご褒美に――試作、味見してもらおうか」
「っしゃー! リリィ、完全勝利っす!」
満面の笑みでガッツポーズを取るリリィ。
その姿にシズクもつい笑ってしまう。
「……全く、元気が戻るのが早いんだから」
「えへへ~。これが“回復魔法”っす!」
軽口と笑い声が響く酒場。
再び、いつもの穏やかで賑やかな時間が戻ってきていた。




