仕入れの旅にて6
山を下りたころには、太陽はすっかり西の空に傾いていた。
ふもとの村にある小さな温泉宿の看板が見えたとき、リリィは両手を天に突き上げた。
「やったぁ! やっと着いたっす!」
「お疲れさま。今日はここで一泊だね」
「温泉! ごはん! ふかふかのベッド! 最高っす!」
シズクは思わず笑ってしまう。
旅の途中での宿泊といえば、テントと保存食が当たり前。
こうして湯に浸かれる贅沢は、確かに久しぶりだった。
宿の女将に案内され、部屋に荷物を置いたあと、二人は早速温泉へ向かった。
木造の浴場は湯気が立ち込め、湯の匂いと共に心地よい熱気が体を包む。
「うわぁ……ほんとにお湯が青いっすね……!」
「鉱石の成分らしいよ。山の泉水が混ざってるんだって」
リリィは肩まで浸かり、顔をほころばせた。
「ふぅ~~~、生き返るっす……」
「まったく、どこのおばさんみたいなセリフだよ」
「ひどいっす師匠! 弟子の癒しを妨げるのは反則っす!」
二人の笑い声が湯気の向こうに消えていった。
――湯上がり。
食堂で軽い夕食を取っていたときのこと。
シズクが宿の主人に頼んでいた荷物の確認をしていると、
「えっと……注文してた瓶詰め素材、全部届いてるかな?」
と、帳簿を見ながら声を掛けた。
宿の主人は首をかしげる。
「ん? 瓶詰めの、青い薬草はこれだけしか届いとらんが……」
「え?」
シズクが覗き込むと、確かに数が合わない。
――しまった。
メモの一部を店に置き忘れてきたことを思い出す。
「あー……やっちゃったな。発注リスト、全部持ってくるの忘れた」
リリィが目を丸くした。
「えっ、師匠でも忘れ物するんすか!?」
「……そりゃ人間だからね」
「なんか安心したっす!」
「安心される筋合いはないけどね」
そう言いながらも、シズクは苦笑する。
するとリリィが、荷袋をごそごそと探り、
「これっすよね?」
と、一枚の紙を取り出した。
見覚えのある書き込みが並んだ――紛れもなく、忘れたはずのリストだった。
「……え? なんで持ってるの?」
「昨日、机の上に置きっぱなしだったから、私が荷物に入れておいたっす!」
胸を張るリリィに、シズクは思わず笑ってしまった。
「助かったよ。ほんとにありがとう」
「えへへっ、師匠にも抜けてるとこあるんっすね! 弟子の出番っす!」
「はいはい、次は忘れ物チェック係に任命だな」
「任されたっす!」
そんなやり取りのあと、二人は湯上がりの冷えた水を一杯ずつ飲み干す。
窓の外では、虫の声が静かに響いていた。
「……こういう夜も悪くないっすね」
「そうだね。たまには肩の力を抜くのも大事だよ」
リリィがうんうんと頷き、湯けむりの夜はゆるやかに更けていった。




