太陽の子・4
アンナが家出をした。レネにはその理由が分かる。どこにいるのかも、これからどうするつもりなのかも、レネだけが知っている。父親を振り切って町を駆け抜けながら、様々なことが頭を駆け巡った。アンナは自分でひまわりを摘み取るつもりなのだ。その結果どうなろうと、たぶん眉尻を下げて笑う気でいる。
ふと、どうして自分が走っているのか分からなくなった。レネはもともとそれを願っていたはずだ。ひまわりを持たないアンナと勝負をすること。アンナは自らそれを行おうとしている。その場に駆け付けて何をしようというのだろう。足が止まりそうになる。
「いや、違う」
レネの呟きでまた足が早まる。花を摘み取ってどうなるのか、それがはっきりしない。ましてや自分で摘み取るなど前代未聞だ。どうなるのか分からない。命を失う可能性も充分にある。それではレネの願いは永遠に叶わない。
村はずれの橋が見えてきた。その下にアンナがいる。湿った川べりに座り、ぼんやりと川が流れるのを眺めていた。レネの足音が耳に入ったのか、アンナはふとこちらを振り返って何度か瞬いた。
「来ちゃったの? 大丈夫?」
レネは息を切らしながら、アンナがこちらに向かって伸ばした腕を掴んだ。アンナは掴まれた腕をまじまじと見つめる。その目を無視して首元に咲きかけたひまわりの茎を掴むと、それをもまじまじと見た。その飄々とした顔に、やっと不安そうな気色が浮かぶ。
「なにするの?」
ひまわりから手を離さず、レネはアンナの目を見据える。アンナの目に理解と恐れとが同時にひらめいた。
「嫌だよ、やめて。知らないの? 花を摘んだ人は――」
「知ってる。一番大切なものが、って話。それだって確かな話じゃない」
「やだ、やめてよ。お願いだから」
アンナは掴まれた腕を振りほどこうとする。レネがひまわりを揺すると、怯えたように動きが止まった。アンナは泣きそうな顔でレネを見た。
「……だって、レネの一番大事にしてるものは……」
「うるさい。オレの腕は別にいい。なくなっても努力してやり直せる」
なおも言いつのろうとするアンナの腕を揺すって、レネはかろうじて笑って見せた。
「アンナがいなくて、どうやって技を磨いていけばいいんだよ。頼むよ、いい子だから」
アンナが深く息を吐きながらゆっくりと目を閉じる。怒ったようにも、呆れ切ったようにも、諦めたようにも見えた。目を開くと、アンナはやはり笑った。少し困ったように眉尻を下げて、しかしいつもレネを受け入れる笑顔だった。
その日から、村はずれの橋の下にはいつもふたつの人影がある。ひとつはレネのもの。もう一つはどこかから流れてきたらしい少女のものだった。ヘーゼルの瞳、オレンジに近いベージュの髪、どこかで見かけたような懐かしさのある容姿。その少女の世話をレネが買って出ている。絵本を読むように優しい調子で、どこかで聞いたような気分になる変わった太陽の子の話を語り聞かせ、たまに革細工を教えている様子でもあった。
少女は不思議と初めて会うはずの村人のこともよく知っているようだった。村人が驚くたび、少女は少し困ったように笑って見せた。一方、いつも隣に控えているレネのことだけはほとんど何も知らない様子だった。少女がそれを口にするたび、レネは少女そっくりの顔で笑った。あんな顔をするレネは見たことがない、とは村一番の秀才少年の言。
はじめは村中から遠巻きにされていた少女も、いつも下がり眉の優しい笑顔が少しずつ受け入れられて、今度の祭りにはレネと一緒に参加できると嬉しそうにしていた。




