太陽の子・2
ひまわりが芽吹くと、太陽の子は体を安静にする。ひまわりが成長するほどに腕は格段に上がり、花が咲くとその技術は他とは比べ物にならないほど完成される。そのぶん、体には負担がかかるらしい。その技術を長く保つために、村からは栄養のある食事と規則正しい生活を与えられるのだった。
「早く咲くといいわねえ」
レネの母に言われて、アンナはおっとり笑った。遅くとも、だいたい十五には花が咲くことが多いのに、アンナは十七を迎えた今でも芽が出ないのだという。周りの心配をよそに、当のアンナは少しも焦った様子がなかった。
「もう胸まで来ましたよ」
へそから伸びる痣が首に巻きつくと、もうすぐ発芽となる。胸まで来たとなると、発芽まではまだ二年はかかるだろう。
「それにしても、お父さんも外に行くことが多いな。アンナちゃんも寂しいだろうに」
レネの父も言う。これだけ交友が深くても、腕を認められて村の外に出かけるアンナの父には口出しができない。腕があればあとは何でもいいのか、とレネはひとり冷めた思いに駆られる。アンナは至って穏やかだった。
「寂しくないと言ったらウソになります。でも……」
「ごちそうさま」
アンナの返答を遮ってレネは立ち上がる。小さな頃よりも、アンナが夕食をもらいに来ることが増えた。ここ数年、嫌になるくらい同じ会話を繰り返している。アンナの背丈を越え、声が低くなり、腕力がついても、アンナの腕を越えることができない。年を経るごとに差が開き、ますます嫌いになった。母親が口を挟もうとするのを手で遮り、家族の視線から逃れるようにして作業場に降りた。近頃では、子供のころのようにアンナを交えてみんなで遊ぶことはなくなった。みんなの中にいるアンナが、レネは一番嫌いだった。だからアンナがいる場には出向かない。ちやほやされ、レネと比べられて少し困ったように笑い続けるアンナの顔は激しい苛立ちを誘った。
がたん、と隣の椅子が引かれる。皮のはぎれをいじっていたレネは目を上げた。
「お前か」
アンナは気おくれしたように笑う。
「練習? 私もやっていい?」
「アンナは練習なんていらないだろ」
投げやりな気分で言うと、アンナは笑う。相変わらず眉尻が下がる。
「よく言われるけど、そんなことないんだよ」
何を言う、太陽の子なのにと言いかけたレネの目の前に、アンナははぎれを突きつける。
「これ、練習に使っていい?」
「え、いい、けど」
ありがとう、とアンナはレネの隣に居座ったまま作業を始める。
「太陽の子が他のがんばってる人に負けたら、いたたまれないでしょ。すっごくかっこ悪い話だと思うけど、太陽の子には細工の腕しか取り柄がないの。だから、絶対に他の人に負けちゃいけない」
レネはアンナの横顔を見る。アンナの口から中身のある話がこんなに出てくることは珍しい。いつもほとんど相槌ばかりなのだ。レネは思わず口をつぐみそうになる。
「そんなことないだろ」
苦し紛れに返答をひねり出したが、アンナは至って冷静だった。
「本当だよ。早く死ぬから先がない。望めるのはみんなから望まれてる細工の腕だけ。だからみんなちやほやしてくれるんだよ」
作業台のライトが淡い点滅を残した。アンナから初めて本音を聞いた気がした。ほんの少し、胸の奥に不安がよぎった。
「なんで急にそんな話してるの?」
レネの問いに、アンナはいつものように眉尻を下げて笑った。
「これ、内緒だよ」
声を低めながら、作業の手は止めない。レネだけが手を止めてアンナを見ていた。
「――実はね、今朝、芽が出たの」
ああ、とレネは諦めを込めてアンナの横顔を凝視する。
とうとう呪いが芽を出したのだ。太陽の腕を持つアンナを奪うために。




