メーデー・上
僕には、三回繰り返しても届かない声がある。
例えば教室で、後ろから注がれる密かな笑い声。廊下でぶつかった肩越しに囁かれるあだ名。授業中にこっそり作ったものが壊されていたり、例えばそれが、少し出来栄えの良かった細工であったりすること。そのたびに僕は、心の中で助けを求めた。誰に向けたものでもない。だから誰にも届かないが、確かに三回繰り返す。
僕に呼びかけるとき、クラスメイトは必ず性別のことを持ち出した。男なのにかわいいものが好きだとか、人形を作っているだとか、そういうことが原因らしかった。だから学校では少し浮いているし、僕も自分から話しかけることはなかった。学校にいるときは、常にあばらを締め上げられるような感覚があった。一人で自室にこもってミニチュアを作っているときだけはその感覚を洗い流すことができた。
小学校の頃、公民館で開かれていた工芸教室がきっかけで、小さなものを作ることが好きになった。粘土に凝ったときもあるし、ペーパークラフトにのめりこんだ時期もあったが、中学校に上がってからはもっぱら模造船を作ることが増えた。作り上げたら棚の上にコレクションするのが僕の中の決まりだ。だから、この頃好んで作る模造船は、これまで作ったミニチュア家具や人形と一緒に並ぶことになる。小さなものはかわいく思えたし、かわいいものは好きだった。ぼんやりと眺めていると、それらに物語があるような気がしてきて楽しかった。例えばあの人形はあの家に住んでいて、こんな性格で、ある時は森に行ったり、ある時は海に行ったりする。船に乗って、相棒と釣りをしたりして、嵐が来たらどんなふうに切り抜けるのだろうか。通信機を使って助けを求めるのか。想像しているとき、僕はものを作っているときよりももっと自由だった。
「おーい、ユウくん。帰ってる?」
窓の外から聞きなれた声がして、僕はぱっと振り返った。のっぽの人影が見える。近所のお兄さんだった。
「あ、晴斗くん。貸してくれてありがとう」
首をひっこめ、引き出しを開ける。借りていたドライバーセットを返すと、晴斗くんは部屋の中を覗き込んだ。
「どうだった? この間言ってたやつできそう?」
「うまくいかなかった」
僕が言うと、晴斗くんは笑った。彼は僕の失敗作を見慣れている。
「だと思った。今度また釣り行こうよ」
うん、と笑って窓を閉める。晴斗くんは小さい頃からいつも遊んでくれていた数少ない友達だった。プラモデルや無線が好きな彼とは気が合った。決して強気なほうではなかったが、年が三つ上ということもあって、僕がいじめられているといつも同級生を追い払ってくれた。小さな頃は作ったものを見せによく晴斗くんの家に遊びに行ったりもした。しかし、模造船を見せた帰りに同級生に会って壊された日から、完成品は外に持ち出さないのも僕のルールに加わった。それ以来、遊ぶときは僕の家に来てもらうようにしている。
釣りか。久しぶりだな。明るい気分で厚紙を取り出し、鉛筆で切り出す部分のアウトラインを描いていく。
はた僕は顔を上げる。集中していた僕の耳の奥に、三回繰り返す声が届いた。




