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うーん、と。
朝霧は瞬きを繰り返す。
丹色が息を切らしながら、刀を構えた。
「朝霧は、思っていた通り戦い慣れしていないね」
余裕、というのとは別に、自然と漏れたのだろう丹色は笑う。やはり、温厚な彼も裏の人間として産まれた性か。強敵との戦いには血も湧くらしい。
お互い、無傷というわけにはいかなかった。
丹色は腕を割いた裂傷に軽く触れて、すぐに払う。
「痛いね、朝霧」
「………」
朝霧は首筋から流れる血をなぞって、無表情で丹色を見詰めた。丹色は朝霧に囁く。
「…捻子は、覚悟を決めた。志糸のために、……君のために」
朝霧は無言で―――腕を払った。そこから吹き荒れた幻の槍が丹色に迫る。丹色はそれらを刀で振り払うと、刀はビキリと音を立てて砕け散った。破片が足元に広がる。
「ぼくは、君と捻子に何があったかなんて、…きっと知っていることは少ないんだろうね。…それでも、分かるよ。捻子は今でも、君を親友だと思っている。ねぇ朝霧、君はさ……何のために、戦うの」
それはずっと、朝霧自身が唱えてきた言葉。
―――その問いかけに、朝霧は。
来賀朝霧は、呟く。
「――――、」
そのつぶやきをきいた、丹色は。今現在、誰よりも彼に一番近い場所に居たが故に聞こえた言葉に。
あぁ、そっかと、頷いた。
………君も、きっと、疲れたんだね。
「きっとね、…無意味だったんだ。無価値だった、……それをきっとさぁ、俺は知ってたんだよねぇ」
朝霧は≪力≫の渦中でぼやく。
――その≪力≫は、丹色の背筋を凍らせた。何だこれ、思わず飛び出た言葉に刀を構えるだけでは意味がないことを悟る。
この≪力≫の異常な程のふくらみは、
「…ッ志糸…!!」
背後に居る彼女達にまで及ぶもの。…守らなければ、と丹色は刀を握りしめる。
「それじゃあ、そろそろおしまいに」
しよう、
――――言葉が途切れた。
膨らんでいた≪力≫が四散する。
――丹色は、目を見開いた。
「ッ、もうやめて」
はらり、…はらりと、形になり損ねた花弁が舞う。
舞い散り、揺らぎ、震えている。
「お願いだから……もう、やめてよぉ……」
後ろから。
少年の後ろから両腕を伸ばした少女は、縋るように泣いていた。
ぎこちない動きで、少年の指先が少女の指を離そうと動く。それを嫌だと拒絶を放つ、少女は力を込める。少年からこぼれた血が、体もないのに垂れている血液が、彼を人ではないと認識させない。
…だって、温かい。
そうだ、彼に手を引かれたときも、彼は温かかった。
……何が間違っていたというのだ。
……それでどうして、迷うというのだ。
守時稟斗は、叫ぶ。
「貴方は、亡霊なんかじゃないんだから…!」
違う。
違う、違う、わたしが言いたいのは、これじゃない。
それなのに言葉が出ない。
少年の指から力が抜けた。溶け落ちた≪力≫の水溜りの中、少年は両膝をつく。
縋りついてくる少女を払う力もないかのように、いや、実際にはそうなのだろう。
――時間切れ。
おそらくだが、と丹色は推測をする。朝霧は無制限に≪力≫を使えるわけではない。それはそうだ。そもそも自分たちと同じ人である限り、無限というものは存在しない。いくら強大といっても―――果たして、彼はどのくらい長時間、どのくらい膨大に≪力≫を酷使してきた?
少年の体が透けていく。
――ただの、物いうだけの、亡霊へ。
あぁでも、少女が否定したのだから、それは亡霊ではないのだろうか。
丹色は刀を捨てて、ぼんやりと思った。
「………、あぁ………」
少年は嘆息した。
その様子をみて、風波は目を伏せる。
……間に合わなかった。
≪力≫の沼の中で、少年は―――少女の指先を解いた。これには少女も抵抗しないようで、されるがままだった。
最後だ。
少年は今、少女とリンクすることで≪力≫を引き出していた――そのつながりを解いている。
風波の第六感が、ただ静かに告げている。
「おまえにとっては、やっぱり、間に合って、ほしかったんだよねぇ……」
ここに、居なくてはならない人がいない。
彼の名を呼んでくれる、言葉がいない。
少年は何も、ただ風波の言葉に応えることなく、指を解き終えた。
「……ばかだねぇ、君さぁ。……ねむってれば、よかったのに」
バカ呼ばわりされて、少女が泣き笑いの表情で言い返す。
「うっさいなぁ」
少女の手の甲からは、血が流れていた。
――あのとき。
来賀朝霧によって自身の視界が煙に包まれる中――稟斗はすべての力を振り絞り、自分に刃を突きつけた。
痛みで覚醒をさせるのには時間がかかった。その間、ずっと稟斗は朝霧からの≪力≫と戦っていたから。
それが緩んだのは丹色と戦いだしてからだろう。
何もかもが不完全なまま、稟斗は立った。
……ねぇ、僕は。
俺は。
少年は―――朝霧は、ぽつりと零す。
「結局、………何にも、なかったんだなぁ……」
稟斗は解かれた指を伸ばしたかった。けれども、体へかかる怠惰さがそれを許さない。
今度こそ、届かない。
自分が、できることはなんだろう?
―――そうです、俺はずっと、それを探していた。
「――――≪神聖の炎≫」
ぱちり。
ほのお。
なにそれ。
乾いた笑いが、喉の奥からもれた。
あの日、差し延ばされた手があった。
どうしてその手をとってしまったのか、来賀朝霧はわからない。
炎の中に居ても、何も、わからなかった。
…………わからなかったんだ。




