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―――一瞬の事だった、らしい。
自分も同じ車に乗っていたのに、確信が持てないのは当時の記憶がほとんど事故の衝撃で吹っ飛んでしまったから――そう病院の医師は言っていた。
家族旅行をしている最中の、不運な事故。それによって失われたのは大切だった両親。
幼かった紀磨の引き取り先はなかなか見つからなかった。
≪未来予測≫という≪力≫は、簡単に抱え込めるものではない。未来を知ったうえで、どう動くのか。しかし、紀磨は自分だからこそ得た≪力≫であると思っていた。自分程、冷めた人間はいないだろう。
たらいまわしされて気が付けば数年が経ち、中学に通いだし始めても紀磨は冷え切っていた。
何かに胸打たれるわけでもない、何かに心躍るわけでもない。
だからこそやはり、自分に与えられたものだったとそれは必然だったと今も尚、紀磨は思う。
そして、捻子と出会った。
次霜捻子という男は不思議な男で――単純にバカだった。自分と、全く正反対ともいえる男。
性別から始まり、真面目さ、頭、身体能力、考え方、正義と悪。あらゆる面で反対的で、だから紀磨は彼を苦手としていたし、恐らく捻子もまた苦手と思っていた。
ソレを見たのは、ただの偶然だったのだろう。
その日はたまたま、教室に忘れ物をしてしまって取りに戻った。よくあることだ。誰だって一つ二つ忘れ物をする。夕暮れ時、オレンジの光の中、捻子は居た。
――一瞬まるで呪いだと感じた。
次霜捻子の手で紡がれるのは呪詛で、謝罪で、後悔で、ガラスの瞳と目が合ったそのとき、紀磨は思わず張り倒していた。
だから、決めたのだ。
何もかも正反対なあんたが、自分と同じ目をするなと。この私が、させてたまるかと。
罪を背負って歩くことは難しい。苦しい、溺れそうになる。そんな捻子を、紀磨は無理やり引き上げた。だって、彼は生きていた。
誰かが捻子を否定しても、私は捻子を否定しない。
それは助けると決めた紀磨が、自らに掲げた誓いだ。あの日、捻子の生を導かせた、紀磨の罪。
もし、あのとき自分が捻子を引っ張り出さなければ、こんなことにはならなかったのではないか?
……いいや、違う。
あのとき、自分が引っ張りだしたから、今があるのだ。
今は苦しくて、やっぱり辛いことも多いけれど、それでも閉ざしていた冷めた日常などよりは、ずっと悪くないものだから。
丹色と、風波と、今笛と、光彩と、稟斗と。朝霧と捻子と。彼らと過ごす日々は、決して悪いものだけではなかったから。
未来を見据える紀磨にはいつだって迷いはない。
未来は視るものだけではない。自分で変えるものだ。
紀磨は歩き出す。
迷うのをやめた少年に添って、自分も決して迷わない。
×××
はぁっ、と少女が血が臭う息を吐く。剣一つで支える体が小刻みに震えていた。今笛は今も尚痙攣を起こしている幼い少女の体を抱きしめて舌打ちをする。本来であれば腕の中の少女は危険な存在で、恐らく数十分前までは敵だった――が、そうもいってはられない。
わかっている、この少女を守ることが今の自分の役割だ、と。
だが。
「ほんっと、……厄介だなァ…!」
ギリ、と歯ぎしりをすると血が滴った。守ることに徹する、それは、役目。
――それでも、大切な人が目の前で傷つきボロボロになって戦っているのに、自分は刃を出せないのか!!!
来賀朝霧は退屈そうに眼を細めて大岩の上で足を組む。
「志糸を庇うのをやめたらどうだい?そうすれば、風波が傷つくことはないだろうに」
「ハッ…頭でもおかしくなっちまったかよ、朝霧…!ンなことしたら、てめェは志糸を殺すだろ…!」
志糸は、殺してはいけない。
彼女は―――友達の、家族だ。
「…あ、そ」
呆れたように朝霧は肩を竦め、風波に指を向ける。それに気づいた風波が髪を乱し、体に力を込めた。――が、痛みと肉体の限界だろう、ぎしりと重みを感じているのが今笛にもわかり、咄嗟に≪力≫を発動させようとし―――
どこからか、ナイフが飛んできた。
朝霧は指を前方に向けてナイフを免れる。逸れたナイフは木々の中に消えていく。チラリとナイフに視線を向けた朝霧――は、次の瞬間体を跳ねさせた。
――大岩が衝撃を受けてはじけ飛ぶ。
「―――暗器、」
「おっと…!」
オレンジの瞳が一層強く光を帯びた。
「――縫い影」
影が短く呟くのと、朝霧の四肢に細いワイヤーが絡むのはほぼ同時だった。間髪入れず、影はワイヤ―の先を四方の木々に巻きつけようとし――一瞬の間に朝霧が≪力≫を発動、ワイヤーを粉々に砕く。奇襲の失敗は早々とわかっていたのだろう、影は深追いせずに後ろに下がった。
「丹色…」
「今笛、風波、…ありがとう。そしてどうか、捻子が来るまで妹のことを頼んでもいいかな」
丹色は左右違う瞳を涼しげな表情の朝霧に向け、両手を振る。――掴んだ柄は、二つ。
間に合った―――とは多少言い難い。被害は目に余るものだ。
捻子に頼まれた、とはいえ―――それなりの結果を出して貰わねば、割に合わないだろうと心の中で苦笑する。
「三人、か。…少しめんどうだなぁ、ええっと」
朝霧は。
駆けつけた丹色と、風波と今笛と――ぐるりと見てから、小首を傾げて、呟く。
「こう、だっけ」
―――ズシリ、と重たい重圧が三人に降り注いだ。
おい、と今笛は圧迫感に息を呑み、たまらず地面に両手をついた。なんとか首を動かし、風波をみると彼女も苦しそうに眉を寄せている。
先程肌で感じたのだ、間違いなく―――これは、志糸から放たれていた圧迫感と同じもの。
(模倣、天才様は何でもできるってか…!)
――ふと、気付く。
「…へぇ、温厚な君が、そんな酷いことをするなんて思わなかった」
少しだけ楽しげに朝霧が笑った。それに対し、丹色も、微笑む。
刀を二つ、下ろすことなく膝もつくことなく、重圧をものともせず、彼は微笑む。
「≪力≫、に。光彩に重圧を全て背負わせるだなんて―――外道になったもの、だねぇ?」
「それは、違うよ。」
朝霧の瞳には映っているのだろう。重圧に苦しんでいながらも、してやったりと笑っている男の顔が。真っ赤な両目を薄く開き、ただ自分の役目に携わっている者の姿が。
丹色は刀を構える。それは自然そのもので、きっと彼が一番慣れ親しんでいる自然体な構え。
両腕の力を抜いて、彼は言う。
「ぼくらは、2人だ。2人で影時家、領主。どちらかに背負わせるなんてことはもうしない。ぼくら2人が背負うんだ。さぁ、朝霧。準備はいいかな」
ぼくには、君の重圧が、君の≪力≫が通じないよ。
「ところで、君は死ぬのかな?」
どこかで聞いた質問を耳にして、朝霧は楽しげに笑う。
ただ笑って、周囲に≪力≫を集める。
「―――さぁ、試してごらん」
だめだよ、
ぽつりと、朝霧の耳にそんな声が聞こえたが―――朝霧はただ、≪力≫に埋もれるように、意識から切り離した。




