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これは少し、予想外だったかなぁ。
呑気な声が吐き出されたが、決して有利な状況ではないことは確かだった。風波は携えた刀がまだ形をともってくれているのに感謝を覚えつつ、今笛の前に立つ。
「それで、どういう状況だよこれ」
今笛が紡いだ言葉に、少年は微笑みを浮かべて手頃な大岩に腰掛けていた。
その少年の前には――少女が体を埋めている。
「なァ、朝霧」
「どういう、って。君たちが彼女をここまで連れてきてしまったからだろう?」
蹲った少女は志糸だった。まるで痙攣しているかのように体をひきつらせている。明らかに異常な状態だった。
だがそれゆえ、警戒心が高まったのは事実だ。自分達二人で掛かっても、全く歯が立たなかった彼女を。
「自分より格上な≪力≫の前には、誰だって敵わないものだよ」
言いながら指を少女に開こうとした、その瞬間風波は地を蹴った。
パリ、と音を立てて剣先が弾かれる。見えない何かに妨げられ、体が均衡を揺らがすが続いての追撃。しかしそれさえ朝霧は難なく受け止め流した。
「……、稟斗は?」
風波の問いには、ただ朝霧は微笑みを浮かべて応えるだけだ。しかし彼がこうして体を保っているということは彼女は生きてはいるということ。
風波が刃を交わしたその間、志糸の細い肩を掴むことに成功していた今笛は少女の顔を覗き込み眉を寄せる。
口を魚のように開口させ、苦悶の表情を浮かべる彼女を抱えてじり、と後ろに下がる。その様子に、朝霧はコテンと首を傾げた。
「どうして、彼女を庇うんだい」
「あァ?…悪ィけどよ、オレらは忌み子を殺すために来たわけじゃねーからな」
光彩、丹色達の言葉を借りて告げると、朝霧は肩を竦めた。
「朝霧、一個聞いてもいい?」
風波は剣を構える。
「君は――――死ぬのかな?」
それを聞いて、朝霧は心底面白いことを聞いた、とでも言いたげに唇を歪めた。
「試して、みたら?」
「―――そうする」
風波が地を蹴ると同時に、朝霧の視界から彼女の姿が消えた。一瞬の内に朝霧の背後に回ると、躊躇することなく切りかかる。しかし、その刃は朝霧の後方で止まった。――霧のように積み上げられた、花弁が刃を止めている。
だが風波は更にそのまま、剣を叩きつけた。二回、三回。それを繰り返すうちにぽつぽつと炎が灯る。
――一瞬の隙間を縫って通った刃が朝霧の背中に叩きつけられた。
同時に迸る炎―――と、揺らめく朝霧の体。パチリと瞬きをすると朝霧は少し離れた場所でやんわりと微笑みを浮かべていた。
風波は志糸との一戦で流れた頬からの血を甲で拭う。
「はぁ、……つらいなぁ」
ボソリと呟いて、風波はまた改めて剣を握りしめた。
×××
丹色が去り、紀磨と捻子だけが≪力≫を感じられない空間の中に取り残された。
…まるで、2人ぼっちのようだ。
凪いだ風があまりにも穏やかで、ふと紀磨はそう思った。
先程から捻子は自分の掌を見詰めている。先の光彩との刃合わせで恐らく感覚が戻ってきているのだろう。まるでその反応を確かめるように、捻子は動かなかった。
沈黙を割いたのは捻子だった。
「…紀磨、お願いが、あるんですけど」
「何よ」
こちらを見た捻子は、…何とも情けない表情を浮かべていた。
「手、…握ってもらっても、構いませんか」
少しの間、紀磨は固まった。
…固まったが、吐息を零して握ってやる。
捻子はポツリと呟いた。
「……俺、自分が正しいと思ったことはありませんでした。」
それは彼の独白だった。
「規則を、誠実さを。光彩は俺のことを、偽善と罵りましたが、それは俺が一番良く分かっているんです。罪滅ぼしにもならないのに、俺は誰かを救おうと足掻こうとする。」
…次霜捻子は、かつて大切な友を亡くした。
自分の手で、殺してしまった。
「あのとき、どうすればよかったのかなんて…俺にはやっぱり、答えが出せません。けれど、俺は…きっと、間違っていなかったんです。」
どの道を選んでも。
朝霧と対峙するという場面が、必然的に起こるものであったとしたのならば。
「俺が間違いだったと認めてしまうことは、ただの逃亡になってしまう…殺したという事実から逃げるという、証になってしまう。俺は向き合わなければならないんです、今度こそ、選ぶために。」
俺は。
次霜、捻子は。
「志糸の願い、分かりません。それでいいんです。それが…俺の答えです。」
「行くのね」
コクン、捻子は頷く。今も尚、爆音と草木が倒れる音は依然として響いている。
捻子が出した答えは、決して志糸が求めていたものではないのだろう。だがこれは、捻子の答えだ。捻子が選んだもの。
その先に何が見えるかなど、選んでからしかわからない。
「…決着を、つけなければ。」
震えが。
…紀磨は目を伏せた。震えが伝わってくる。握った指先から、隠しきれない震えが響いてくる。
あぁ、こいつは。
志糸にだけ、決着をつけるのではない。
「凄い、情けないんです、けど。……しょうもないんですけど、俺、凄い、凄い、怖い」
「……ええ」
「どうして、どうして俺にはこんな≪力≫があるんですか、こんなもの、要らない、必要ない、俺が、どうして俺なんですか…!」
涙を含んだような悲痛な声に、紀磨はただ黙って傾ける。ぎり、と我知らず力が籠った。
捻子は、誰かを燃やす≪力≫なんて、要らないと。
叫ぶ。
「俺は………っ、僕は、≪力≫で誰かを傷つけたくないのに……!!!」
甘い思想だ。決して敵うことがない、訴えることしかできない想いだ。
ばかばかしいと言えばいい、愚かだと貶すといい。それでも、その想いを紀磨は否定しない。紀磨だけは、拒絶しない。例え世界のだれもが次霜捻子を否定しようとしても、紀磨は彼を肯定する。そうしないと、彼は一人ぼっちだからだ。
もう、孤独にはさせない。
…紀磨は、かつての自分と同じ思いだけは、もうさせたくない。
そんな彼が、選んだ。
苦悩し、辛いと訴え、それでも茨の道を進むことを決めた。その先が望まぬ未来であっても、これが自分の答えだと言うために。
それを、紀磨は本当は止めたい。
…ダメだ、と、訴えたい。
「私は、見届けるわ。あんたがどんな選択をしても、あんたの行く末を私は見届けてやる。………だから、行くわよ」
「……はい、行きましょう。俺は、俺の選択を貫きます。もう、迷うのはやめたんです」




