29
当たり前に続くはずだった。
少なくとも、自分はそう思っていた。暖かい日だまりのような日常が、絶えず続くと。
別に彼以外の友人がいなかったわけではなかった。普通に仲良くしている友達も居たから、彼限定というわけではなかった。それでも、やはり周りから足が遠のかれている彼に付き添う内に少しずつ少しずつ、足は離れて言った。そんな友達は咎めやしなかった。咎める理由がなかったからだ。それでも自分が彼に添い続けたのは、一重に彼と友達になりたかったからだ。
彼の願いを自分のもののように叶えてやりたいと思うようになった。それは、いつもいつも振り回してきた自分だからこそ思うようになったものだった。
彼の願いとは、何だろう。
何が、彼の願いになるのだろう。
…当たり前が終わって、時が流れて。
自分ができることは、何だろう。
探して、探し続けて、ここまで来たんだ。
第六章 心
意味がある筈なんだ。
2人であることに、きっと。
×××
――時は少しばかり、遡る。
志糸が朝霧たちを追うべく姿を消すと、すぐに圧力は消え去った。風波が眉を寄せて今笛を見る。今笛は、風波の視線を受け取ると力強く頷いた。
「捻子、オレら行くわ」
支えにしていた片手剣をくるりと回し、鞘に納めた風波はその答えに微笑みを浮かべる。対して、紀磨が声を上げた。
「危ない、……わよ」
少し尻すぼみになってしまったのは、仕方がないことだった。紀磨自身にもわかっているのだ。誰が、行かねばならいのか。誰が今、彼らの元に駆けつけれるのか。不老不死の決意を聞いて、丹色も立ち上がる。
「ぼくも、」
「丹色は……捻子の傍にいてやって」
風波に言葉を封され、丹色は口を噤む。捻子はなんとか答えを見つけ出そうとしているが、考えるだけで果たしてたどり着くものなのか。
何らかの刺激が、必要だと。
だが丹色は、悩む。自分はその立場になれるのか。
「お前は弱くないだろ」
鮮やかに笑う風波の姿に―――丹色は頷いた。
「わかった」
今笛と風波が宙を踊り―――それから、丹色は捻子を見た。
「…志糸の、望み。ただ燃やすだけでは、何も変わらないんでしょうか…」
「記録には、今までの志糸は燃やされたことはないと伝えられてきた。それは…君の祖先達が、手を掛けれなかったのだろう。その前に忌み子を滅してしまったから。…炎も一理の手はあるけど…」
「何もかも手探り過ぎて呆れるわね」
深々と紀磨はため息をついて、疲労に満ちた表情を浮かべる。
―――風波と今笛、二人の姿が途絶えて、幾ばくも経たない―――爆発が起きたのは、その時だった。
森全体を揺るがすような心音に三人は目を見張る。
「今の…」
ぽつり、どこか遠くを見て、捻子が口を開く。
「……朝霧、です」
「?!捻子、あんた感覚…」
捻子の長所、いや、≪力≫の特性の一つに第六感すなわち≪力≫への感度を高めるものがある。大分距離があるうえ、特定ができそうにない程の広い範囲だった。探知能力が低い紀磨さえわからなかったというのに、≪力≫を一時的とはいえ失っている捻子が分かった、ということは彼の≪力≫が戻りつつあることに他ならない。やはり、この≪力≫がない空間と志糸の記憶に関する場所だからこそ刺激され始めているのだろうか。それでも…不十分すぎる。
炎が彼女の望みか、それを試そうにも今の彼には≪力≫がないのだ。
「≪力≫が戻ったわけではないです。でも、……わかります。あれは、朝の≪力≫です……けど…」
捻子は目を伏せる。かつて、彼がまだ人の身を持っていたころ、彼の≪力≫に何度助けられたことか。だからこそ、あの≪力≫が容易に振るわれてはいけない強さを持っていることがわかる。
まるで、全てを滅ぼさんとする≪力≫が爆発した。
「…やっぱり、ぼくも、行かないと」
丹色は噛みしめるように呟いた。
「風波はああ言ってくれたけど。……それはただ、ぼくを志糸と対面させたくないから言ってたんじゃないかな。弱いものは足手まといになるだけだから」
「そんなことないです、丹色。君は弱くはないと、彼女も言っていたでしょう。…けど、君が行くというのなら、何もとめたりしません。大丈夫です、すぐに、俺も行きます」
答えを導き出して、駆け寄る。捻子の言葉に背中を押されたようで、丹色は力強く頷いて見せた。
――だめだ
「…ッ?!」
胸に走った酷い痛みと、激しい頭痛。その二つに丹色はたまらず体を折った。
「丹色?!」
紀磨は丹色の名を叫び、駆け寄ろうとするが急ブレーキを掛け、捻子を近寄らせぬように片手を広げる。
「きす、」
「…何、どうしたの、あんた」
努めて冷静にあれと自らを叱咤しているのか。紀磨の声は固く冷え切っていた。丹色はその意味が理解できず、痛みに耐えながらぼやけた視界に二人を映す。
指が、ピクリと動いて傘の柄を握りしめた。
「丹色!」
「捻子、当てられるかもしれないからダメ…!光彩、あんた何やってんの!!」
光彩…?
この陣の中では≪力≫が使えない―――≪力≫である、光彩が表に、出てくることは。
――だめだ、おまえは、行かせれない
――あっ、と思ったときにはまるで足を滑らせてしまったかのようだった。奈落の底に落ちていく感覚。本能的な恐怖に丹色は目を瞑る。
痛む頭に流れてきたのは、思念だった。
「…え?」
なんで。
それは、1人の男の記憶だった。




