24
影時家、というのは裏の五本家の中でも特殊な家である。
そもそも裏の世界始まりの場所、と言われている影時の家には特殊な陣がある。
その陣は、とある昔、1人の≪力≫使いを幽閉していた空間だったらしい。詳しいことは分からない。なぜならそれは、当時の記録がほとんどと言ってもいい程残っていないからだ。それゆえ、当時作られたとされるその空間でさえ、強力な≪力≫によって生成されていることだけが記録の事実となっているのみだ。
その陣は今もなお残っており、そして光彩と彼女、志糸は確かにそこに入ったことがある。
――そこで、彼らは死んだのだ。
「………うぉぉナニコレつらい……」
汗を拭って今笛がため息を零し、不満を口にした。少し前を歩く風波が苦笑して言う。
「荷物、持つよ」
「いい。オレがお前の分も持ちたいだけだから…!」
「バカね今笛、そんな意地張ってないで山なんて登れると思ってるの?」
「紀磨はもう少し持ってくれませんかね」
ふん、と鼻で笑う紀磨に、紀磨分の荷物を持った捻子がボソリと言った。そして、彼らの先頭に立っていた光彩は思わず怒鳴る。
「お前らイチャイチャすんなら他所でやってくんねぇ?!」
そんな一行の後ろ、朝霧はやれやれと肩を竦めた。
時は、志糸の件から二日が経っていた。
「……光彩の、丹色の里に?」
ぽかん、と口を開いた捻子がこぼす。それに光彩は頷いた。
「≪力≫を弱められ、更に志糸の影響で閉じこもっちまった捻子クンの≪力≫にショックを与えれる場所、っつたらこことは特殊な場所じゃねーといけねぇ。で、そこにピッタリの場所がある」
「…それがお前たちの里?」
風波は少し首を傾げて尋ねた。光彩は肯定する。
「…他に手がかりも、時間もないからな………もしもう一度志糸が来たら、厄介だな。オレたちなら盾ぐらいにはなれるけどよ…」
不老不死の自分の体を見下ろして言う今笛に、捻子が眉を寄せる。それを見つけた今笛は苦笑しながら言った。
「生きるって決めたから、自分を蔑ろにするつもりはねェよ。だけど、本当の意味での切り札はてめェだからさ。優先事項、ってやつ」
「………ま、そういう事態にならないのが一番いいんだろーよ。」
今笛と光彩の言葉に、捻子は神妙気に、しかしまだ納得していないようにコクンと首を上下させる。そこに朝霧が呟いた。
『恐らくまだ時間はある。志糸はどうやら風波の一撃が結構応えたように見えるしねぇ。あれはなかなか致命傷だったんじゃない?』
「風波の…?」
ぱちり、と会話に参加できない風波が瞬きをして、朝霧が居るであろう方向を向いた。彼女は視えないし、聞こえもしないが恐ろしく≪力≫を感じ取る感覚が優れているので大体の場所ならば把握できているのだ。光彩に朝霧が言ったことを教えてもらうと、彼女はぽつりと囁いた。
「うーん、あれかな。あたしの炎は…ほら、不老不死さえも焼くことができる、でしょう。…あの子も、きっと同じようなものなんだよ。あたしの炎は、誰だって燃やせるもの。」
「風波だからこそ、通じたダメージでしょうね。偉い偉い」
「えへへ~」
紀磨の微笑に風波は頬を掻いて笑う。しかし、代償に彼女は火傷を負った。爆発の中心地に居たのだから無理もないし、不老不死の肉体を持っているから死ぬことはないが痛みや行動制限は掛かってしまう。あと一日は動くことはできないだろう。
暫くの高校への休暇と、それらの準備を備えるために彼らの出発は二日後に持ち越しとなったのだった。
経緯を越えて、光彩はようやく見えてきた自分たちの里――故郷を目にする。
故郷は人里離れた山奥に存在している。街とはかけ離れた場所、森の中にひっそりとあった。片手に持っていた傘を肩に掛け、久しぶりの故郷の姿に我知らず息が漏れた。
「――ようこそ、裏の一家、影時が治める里へ」
歓迎するぜ、肩で大きな赤い傘を開いて、光彩は微笑んだ。
×××
光彩を先頭に里へ入っていくと、周囲の目が嫌でも気になった。しかし、光彩の言う陣は里の奥にあるということで仕方なく通らないと辿り着けないのだ。道行く者、光彩に頭を下げたり、はたまた子供が元気よく駆け寄ってきたりと一見平和そのものだった。恐らくこれも、彼ら…影時双子の賜物なのだろう。一回は滅んだ影時の里を平和と呼ばせるまでに守り、培ったのは彼らの力によるものに違いなかった。一方で、自らの血縁が起こした悲劇を思い出してか、風波と今笛は少し眉を寄せている。
「………ん?」
光彩が、怪訝そうな声を上げて立ち止まった。
どうしたんですか、そう尋ねようとした捻子はすぐにその理由が分かった。
恐らく、彼らの居所、というか家なのだろう、他の家とは少し違った――強いて言うのであれば、豪華。その家の前に一人の少女が立っていた。傍に立つ少年と何やら言葉を交わしている。
「…稟斗」
少女は自分達より少し幼いだろう、左を髪束にして白いシュシュで留め、膝下まである長い衣とその下で垣間見えるスカートが揺れている。どこか不満げに唇を尖らせているその表情は、どこか幼さらしくない影も見えていた。片手に持つ小さい傘、恐らく折り畳み傘だろうそれをブラブラと動かしてもいる。
…こんな子供まで、血に濡れた中で生きているのか。
捻子は自分と年もそう変わらないだろうに、つい思ってしまった。それほど、彼女の四肢は細くけれどしなやかさに包まれていたのだ。
「何でお前、ここに」
「……光彩?光彩!?あれ、どうしたの!戻ってきたの?!」
光彩が声を掛けると、少女はぱっと表情を明るくさせ、光彩を見上げた。少女と対面していた少年がほっとしたように呟く。
「…お帰りなさい、主。稟斗様、主を探してました」
少しだけカタコトがある言葉遣い。稟斗、そう呼ばれた少女は後ろに立つ捻子たちに気付いたらしい、パチリと瞬きをする。
「…珍しいね、イッパンジンを連れてるなんて」
「おれたちの―――友達だよ。」
「わたしは守時稟斗。よろしくね!」
稟斗はそう言って――――ふいに、身を固くした。
次の瞬間、その手に棍が携えられた。
え、と全員が驚愕する中、どこから取り出したものなのか、少女はその棍を構え、警戒心を丸出しにして呟く。
「……何、君」
「稟斗、どうした。」
光彩は傘を肩に置き、鋭利な瞳で稟斗を見下ろす。先程、光彩は捻子たちを友と言った。友を傷つけるのは、許せない。暗にそう告げていたが、稟斗は気付いているのか気付いていないのかわからない表情で、前だけを見据えている。
その、視線の先は。
『………へぇ、君、僕が視えるの』
うっそりと微笑みを浮かべた、朝霧が居た。
「……朝霧、クン?」
「……君、イッパンジンとは、違う……何かすごく背筋がピリピリする」
睨み付けて押し殺すように言う稟斗に、朝霧は愉快気に囁く。
『なるほど。…――これは、使えそうだね』
―――稟斗は目を見開いた。
×××
―――まず、最初に感じたのは異質感。
それは今まで感じたことがないぐらい、気持ちが悪い、悪寒がするような感覚で、決して分かり合えないと近寄りたくないと思うような感触。その持ち主を見つけるのはいともたやすく、だからこそ稟斗は身震いをした。
彼が、真っ直ぐにこちらを見詰めて微笑みを浮かべていた。
一瞬、彼の声が自分に直接聞こえたかと思うと、彼の袖口から紫の花弁がひらりと落ちた。それは徐々に数を増やし、少年を纏ってしまう。周囲の光彩の友人だという者達は気付いていないのだろうか、だが稟斗にはくっきりとそれを見ることができた。
そして、瞬きを二度したそのときには、彼は長い髪を片手で払い―――そこに、立っていた。
「………え、朝霧?」
最初に声を発したのは、おとなしそうな物腰が柔らかい雰囲気を纏った少年だった。
「やぁ、捻子。何だか久しぶり」
「…やぁ、じゃないですよ…?!え?!」
そうして、朝霧は稟斗に近づく。
稟斗は警戒心を強め、棍を握る手を強くした。光彩が眉を寄せ、「朝霧」と短く呼ぶが朝霧は稟斗に囁く。
「稟斗、って言ったっけ」
「………朝霧、って言ったっけ。」
同じ言葉を返すと、益々楽しげに朝霧は紡いだ。
「こんにちは、僕の鏡」
―――鏡だと、少年は言った。
鏡だと、理由もなく稟斗は思った。
×××
この世には自分と似た人物がもう一人存在すると言われている――通称、ドッペルゲンガーのことだ。もう一人の自分。それと同じように、自分と正反対な者、自分を映し出す者が存在しているという。それは異性同性関係もなく、ただそこにある中身が同一であるということだ。
それゆえの嫌悪感はありもする、それゆえの同情感はありもする。
されど、自身の鏡と会うことなど、到底我らは考えもしない。
だからこそ、来賀朝霧は悟ったのだ。
そして同じように、守時稟斗もわかったのだ。
―――鏡の奥には、同じ瞳があることを。
「本当にすみませんでした、稟斗……」
客室という大きな部屋に案内され、その場で捻子は稟斗に謝罪を述べた。それに対し、稟斗は少し困り気な表情を浮かべて頬を掻いている。本来であれば一直線に陣に向かう予定だったが、稟斗が持ち込んだという案件に光彩が向こうで話をしているらしく、その間捻子たちは客間に案内されたのだった。
「まさか、君を媒介にして体を創るなんて……無茶にもほどがあります、朝。」
それから、捻子は朝霧に窘めるように言った。朝霧は素知らぬ顔で彼らから少し距離を置いた場所で胡坐を掻いて笑む。
「ちょうどいい、媒体があったからね」
朝霧がやったこと。それは、自らを形成することだった。本来だったら朝霧は体を持つことはない。それは、彼自身が≪力≫の存在であり、光彩とはまた違った特殊な体質だからだ。光彩と朝霧では、同じ≪力≫でも全く異なる部分がある。それは光彩には既に体が存在していないことだ。朝霧には未だ体はあり、それゆえ完璧な繋がりを切れないでいる。だからこそ、彼は誰かに憑依する、などといった形はとれない。そこで朝霧は常にこう考えていた。
媒体を元に、自らを形成できるのではないかと。
実際それは成功している。次霜捻子の≪力≫の一つ、≪操る印≫は何かを犠牲にして纏う≪力≫を格段に上げるものだ。そのため、朝霧は上昇した≪幻の揺らぎ≫で自らを形成した。
相性、という言葉がある。朝霧は自らの≪力≫を上げる方法の一つに、捻子の≪力≫を借りることと同じように誰かの≪力≫を纏う方法もあるのではと思っていた。しかし、そのためには纏う≪力≫との相性、所謂拒絶反応が起きてはならない。例えばだが、炎の≪力≫を持っている者が氷の≪力≫を纏おうとすれば、相反する≪力≫同士は拒絶反応を起こし、最悪の場合所持者は死に至ることだろう。それは避けたかった。
そこで丁度よく見つけたのが、稟斗―――朝霧の鏡である。鏡であることからすぐに自らとの≪力≫の相性は察した。だからこそ、朝霧は稟斗を媒体に自らを形成、強いていうのであれば稟斗とリンクを繋いでいるようなものだ。稟斗が居るからこそ、朝霧はこうして具現できている。
本来であればこのような危険な行為はしない。だが現状は深刻だ、声が光彩にしか届かないというのは存外厄介なことだったし、いざというときを考えると咄嗟に具現できないのはキツイものがある。それゆえの判断だった。
…と、ここまでのことを朝霧は話さないから、捻子は怒るのだが。
「何かあったらどうするんですか!」
「拒絶反応が起きても鏡は傷つかない自信はあったよ?試したことはなかったけどね。」
「……っ、だから、そういう意味じゃなく……もういいです」
捻子は憤りを無理やり押さえつけたように、ため息をこぼした。その様子に今笛は「あー…」と察し、風波にチラリと目を向ける。任された、と風波ははにかむと朝霧に近寄った。
「朝霧、朝霧。捻子が言いたいのはね、稟斗もそうだけど朝霧も傷ついて欲しくなかった、ってことだよぉ」
「あぁ、だろうね。お人よしだもの、彼」
小声で交わす言葉に、風波は言う。
「受け入れれない?」
「生憎と、僕は偽善者が嫌いでね」
そっか、と風波は頷く。風波とて、彼の思考が分からないこともない。朝霧という個人のイメージを、風波は理解できなくてもしようとしなくても受け入れることはできる。…そ、と風波は稟斗を見た。
朝霧の、鏡。
……彼女は、理解をするのだろうか。
来賀朝霧は、理解の二文字は似合わない。
「そういえば、稟斗は光彩と…ってか影時双子と仲、良いんだな」
「うん。お兄ちゃんがね、2人と仲良くって。それでわたしもよく遊ばせて貰ったりしたことあるし、何より同じ領主同士、仲が悪いと何かと都合も悪くなっちゃうからね」
…ん?
何やら引っ掛かりを覚え、もう一度、捻子たちは彼女の言葉を反復させた。
……領主同士?
捻子たちの引っ掛かりの理由に気付いたのだろう、稟斗は折り畳み傘を片手で弄って笑って見せた。
「守時家領主、守時稟斗。表で生きる人達にはちょっと聞き覚えないだろうけど、覚えといてきっと損はないと思うよ」
「―――りょ、領主?!こんなちっちゃい子が領主ですか?!」
思わず叫んだ捻子、それと重なるように光彩が障子を開いた。ギシリ、と踏み出した足先で畳が音を立てる。
「…何叫んでんだ」
「ちっちゃいちっちゃいってー!!わたしだってもう14歳だよ!おーとーなー!」
「子供だろ」
「光彩酷い!」
何となく察したらしい、光彩がサラリと返すと稟斗は悔しそうな表情を浮かべる。光彩は眼帯を巻き付け―――久方ぶりに、丹色に戻ると、丹色は金色の瞳を瞬かせ、目を擦った。
24時間の≪力≫の発動は体にくる。例え相性が良くても、≪力≫の発動には体力精神共に消費をする。だから、時々丹色と入れ替わってはいたがこうして眼帯をし完全に≪力≫を解いたところをみると、もう光彩が表に出る理由はなくなった――それもそうだ、元々光彩が表に出ていたのは来賀朝霧との意思疎通ができるようにするためだったのだから。その様子を見ると、捻子は酷い罪悪感に陥った。随分と周りに迷惑をかけている。はやく、≪力≫を戻したい。そんな彼を、複雑な表情で紀磨が盗み見ていた。
「稟斗、君が持ち込んだものだけど」
「あ、どうだった?」
「特に問題ないから、大丈夫。…物資の傾き、傾向もまとめてもらってて、悪いね」
ううん、と稟斗は首を振った。
「大丈夫だよ。丹色は丹色がしなくちゃいけないことのために、里を出たんだから。……それで、そろそろわたしも聞かせて欲しいんだよね。どうして、皆が来たのか」
丹色、領主がいない間は同盟組合の稟斗にもこの地について任せていた。それを受け入れてもらえていたからこそ、丹色達はこうして表に赴けたのだ。稟斗にとっては恩返しのようになる。
先代の領主、稟斗の兄は光彩と仲が良く、そして絆も深く。しかし兄は病弱だった。既に長くは生きることができないと言われ、その通りで兄は数年前に亡くなったばかりだった。それからいつか、稟斗は彼らに恩を返さなければと思っていた。兄に幸せと思える時間をくれたこと。それはまさしく、親友と呼んでいた彼らのおかげだった。そしてその関係が無くなって初めて、守時として稟斗は彼らと対面しなければならないのだ。
そう思っていたが、こう早く戻ってくるとは思わなかった。戻ってくるだけじゃなく、何故か、友人を連れて。
「本当だったら、稟斗を巻き込みたくなかったんだけどなぁ……ううん、これは予想外だったよ……」
朝霧、本当にイレギュラーな男だ。
丹色は口には出さず苦笑すると、稟斗に話をしてやるために説明を始めた。




