25
ざく、ざく、
里の奥は放置された期間が長いのか、草が生えていて歩きにくい。しかしこうした暮らしに慣れているのだろう、丹色や稟斗は足も軽く進んでいく。
「陣までもう少しだから、頑張って」
丹色が後ろに声を掛けながら足を動かす。
――そっか、じゃあわたしもついていくね。
説明を受けた稟斗はそう言った。危険すぎる、あの動けないという恐怖を味わった紀磨が口に出すと、稟斗は首を横に振った。
――どちらにせよ、わたしが行かないとあの人も困るしね。
紀磨は朝霧を見た。
朝霧は荷物がない、というのもあってかなかなか身軽に体を動かしている。…いくら媒体がある、といってもやはり生身ではない、自分の≪力≫で構成しているからだろう、所々透けたように言えるのはご愛嬌、といったところか。
「…聞いてもいいかしら」
朝霧に声を掛ける。朝霧は流し目を紀磨に向けた。…あ、こいつって、結構身長高いんだなぁとぼんやり思う。もちろん女子と男子の体格差はあるだろうけれど、紀磨が低めの身長のせいもあるけれど。
「何?」
「どうして、あのとき助けてくれたの」
志糸との対峙。その時、彼が自分を助けた―――今考えると、不思議でしかならなかった。少なくとも、来賀朝霧は利益が出ないような相手を助けることはしない。そしてあの瞬間、彼は分かっていたはずだ。自分を捨てれば、少なくとも志糸と戦える状態に陥れた、と。
「……助かりたくなかったの?」
「そういう、わけじゃないわよ」
そうじゃない。紀磨は荷物に目を落とす。すると、少し前を歩いていた捻子が立ち止まり、紀磨に手を差し出した。
「紀磨、荷物持ちます。大変でしょう」
優しく、だが殆ど有無を言わさない動きで、捻子が紀磨の荷物を手に取ると再び歩き出す。紀磨は眉を寄せて、捻子の背中を見た。更に前では捻子の行動に今笛が何やら茶化しているのが目に入る。
何かを掴もうとするような、そんな動きで止まってしまった指に目を向け、ゆっくりと下ろす。その一連を見ていた朝霧は吐息を零した。
「……何に怯えているんだい」
――バッ、と紀磨は朝霧を向いて睨み付ける。その様子に朝霧が伏せた瞳で応じる。
「……。捻子、が。……志糸が、目覚めたのは私のせいなのよね。」
一言一言かみしめるように呟く。それに僅かに時間を空けて朝霧が頷いた。
「志糸は元々目覚めが近かった。それはもちろん、≪二重人格≫や≪不老不死≫との出会いのせいもあったけれど、それだけでは不十分だった。捻子には隙間がなかった。良くも悪くも、あいつはバカだから、いつもいっぱいいっぱいの心構えだった。……だから、動揺すればそれが隙になる。」
そうでなくても、遅かれ早かれこうなるはずだっただろう。
言い紡ぐ朝霧の言葉を聞きながら、紀磨は更に眉を寄せた。それでも、明らかにトドメを刺したのは自分なのだ。自分が拒絶した。
「僕はね、紀磨。君の事、結構嫌いじゃないんだよ。」
「……あら、私はあんたが嫌いだけど」
酷いなぁ、と朝霧は微笑む。
「だから、もしもう少し早く出会ってればお話したかったなぁって思うんだよねぇ」
「…そうね。もし、早く会ってれば私たち結構いい感じに話せれたと思う」
ザリ、足元の砂を踏みにじる。
陣の入口のようなものだろうか、囲いが目に入ってきた。到着のようだ。
もし、来賀朝霧が次霜捻子との悲劇を起こすより早く、望月紀磨という少女に出会っていれば。
何かが、変わっていたかもしれない。
だが、悲劇は起こった。起こり、違え、最悪で最良な形で巡り会った、三人。
前を行く捻子を見る2人の中には、正反対の感情が浮かんでいる。
「……私は、捻子にもう苦しんで欲しくない。何かを決断したくないっていうならそれでいいし、≪力≫が無くなるのを望むならそれでいいと思った。それがあいつの望みだったら。だけど、あいつは≪力≫で誰かを救いたいって思ってしまった。それがあいつの望みなら、私はあいつの傍に居てやる。」
それが、紀磨の決意。
幻に包まれている彼の手を引いてやるのは、自分だ。
「ねぇ、朝霧。私、訂正するわね」
朝霧は感情を殆ど映さない瞳を紀磨に向けた。
「あんたのこと、そんな嫌いじゃないわ」
「……そ。それは、何より」
陣の中に足を踏み入れた。
×××
陣の中に入ると、どこか圧迫感のようなものを覚えて思わず朝霧は足を止めた。それに風波が気づいて小首を傾げる。
「どうかした?」
「…いや、何か…」
息苦しい、というか。そう言おうとしたとき、丹色が陣の奥、蔵の方を見詰めながら言った。
「ここは陣の中。≪力≫を封ずる陣だからね、何だったら朝霧、外に居てくれてもいいけど…」
志糸がすぐに来ることはないだろう。それに、志糸も中には入れない。今の目的は志糸と対面することではなく、捻子の≪力≫を取り戻す手がかりを見つけることだ。そう伝えると、朝霧は頬に掛かった髪を払い「冗談」と軽く笑った。そうこなくては。
…じぃ。
やけに、視線を感じる、気がする。
朝霧はつい、と何気なく目を向けた。
「………、何か、ついてる?」
腰に手を当てて、少女――稟斗は考え込むように自分を見詰めていた。何なんだ、この女。
鏡――自分に似た、非なる者。ほぼ完全に巻き込まれ、な状態の彼女だが、そもそも原因である自分に怒ることもなく、何か小言を言うまでもなく、少し螺子が緩んでいるのではないかと思えてしまうようなそんな少女。
稟斗がやがて口をゆっくり開いた。
「……わたしと、君ってどっかであったこと、あるっけ」
「稟斗、朝霧と会ったことあるの?」
丹色は目をパチクリとさせて言った。……いや、朝霧は≪裏≫の話を捻子たちと初めて聞いたのだ、少女と会うことなんて。
「…人違いじゃない?」
それに、朝霧にも記憶はない。
「うーん…そう、なのかなぁ…なぁんか、見たことあるような……」
未だうんうん唸っている稟斗を他所に、蔵を過ぎ――その奥に、ある、
「………あ」
誰がこぼしたものなのか。それは居合わせたほとんどのものがこぼしたものだったのかもしれない。
そこに―――一つの、墓があった。
「……これは、随分昔からある墓でね。名前も、何も刻まれていない………小さな墓。一応、ここまでしか村の人も入ることはできないんだけど…」
少し照れたように、丹色は言う。
「領主権限で、この先に行こう。ぼくもあまり行ったことないんだ」
「なんだか探検みたいになってきたね!」
「あー状況はそんないいわけじゃねェんだけどなァ…」
うきうきとした表情の風波とは反対に、今笛は疲れたような声を出す。鎖で覆われた入口を剣で払って、丹色が奥へ足を踏み入れる。
…チラリ、と朝霧は墓を見た。
本当に、誰の名前も刻まれていない。
「…………?」
それなのに、何故だろう。
自分は、この墓が誰のためにあったのか―――何となく、知っているような気がしたのは、何故だろう。
違和感を抱えたのは同じく足を止めていた捻子もだったらしい。
「…何でしょうね、この、墓」
「……さぁ。だが、名前もない…上に、昔からあるといっていた、けど風化していないのは…少し特殊な墓なのかもしれないね」
何にせよ、今は関係ないものだろう。そう促して歩き出す。
歩き出してしまえば、なんとなく感じた違和感はすぐに無くなってしまった。




