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「間違いなく、あれは志糸だった。」
ベッドに捻子を寝かせた光彩が、丹色に戻ることなく、ぽつりとつぶやく。それは自分を肯定するかのように、重々しく。
「…志糸、あの子が。……けど、一体どこから…」
『彼女は捻子の中に居たよ』
光彩は目を見張る。朝霧はソファに背中を預けて呟いた。
「…捻子クンの中に?」
「…え、待って。でも…あれ?捻子って、【運命】の存在で……」
風波はキョトン、とした後、すぐに瞳を細めた。
「……忌み子は、【運命】に惹かれる。志糸は殺された。忌み子は転生を繰り返す……なるほど、じゃあ引き寄せられて【運命】の中に居てもおかしくないのか。」
今笛がやられた、とでも言いたげに顔を覆う。誰が子供として生を受けると思っていた。この世界はなんでも起こるじゃないか。彼女は≪力≫になった。それならば、≪力≫として誰かの身の内に居ても不思議なことではないし、引き寄せられるのならばこれまた必然のようなものだ。だが、問題はいつ、彼女が捻子の中に居たのか。
いつから、彼女は眠っていたのか。
光彩が朝霧に目を向ける。彼はめんどくさそうに光彩を見返し、その反応に――彼は知っているのだ、捻子が巣食われた時期を。
「いつからだ、朝霧クン。捻子クンの中に、いつから志糸は居た?」
『………。………僕が彼と知り合ったときには、既に居たよ。眠っていた。どう刺激しても眠り続けていた。』
刺激したのか、お前。
…もし目が覚めていたらと思うとぞっとしてしまった。いや、どうなっていたかだなんて想像もしたくない。
「…どうして、今、志糸は目を覚ましたんだろうね」
風波の囁きに、恐らく、と紀磨が膝を抱えて言った。
「光彩達の訪れ、不老不死との関連。これらは全部あの子、志糸の記憶を強く刺激するものだったからじゃないかしら。だから彼女は目を覚ました。」
そして、多分…もう一つ。
それはきっと、存在の否定。
捻子が捻子であること、それを他者から否定されることで志糸は完全な目覚めを果たした。
捻子の心が揺れれば揺れるほど、志糸は何らかの形で目を覚ましていく。もちろんこれはたまたま、紀磨が否定したから、きっかけになったからに過ぎない。本来であれば時間が経てば同じように結果になったのは間違いなかった。それを少しだけ早めた。
…それだけ、だ。
「………、とりあえず。参ったな、こいつは。」
光彩がため息を零す。
参った、というのは。
「おれたちはあいつと話をするために、呪いを解いて貰うために…あいつとの再会を望んだっつーのに。これじゃ、な…」
記憶がなかった。
…あの子は、志糸という少女は光彩を認識しなかった。
「……参ったなぁ」
再度呟くその声にはどこか寂しさのようなものが漂って、全員口を開けなくなる。今笛と風波も考え込んでしまった。紀磨は俯き――ふと人影が目に入る。
「捻子」
「あ、…おはよう、ございます…?」
捻子は苦笑して部屋に入ってきた。
――ふと、入ってきた彼の足取りに光彩は違和感を覚える。
「記憶は」
「あー…少し、残ってます。えっと、迷惑かけたことは。」
すみません、とペコリと謝る彼はいつも通りで、紀磨が少し吐息を零す。
「…全くよ。」
「すみませんでした、紀磨。…それに、朝霧も。………朝」
捻子は。
紀磨に苦笑した後、周囲をグルリと見渡して。
・・・・・・・・・・・・
朝霧の前で、小首を傾げた。
朝霧が目を見張り、光彩は立ち上がる。
「捻子クン…?!」
「…朝、居ます?」
――違和感の正体は、これか。
朝霧は眉を寄せて捻子の前に立った。しかし捻子は不思議そうな表情を浮かべているだけだ。この部屋の入り口にはすぐにソファが並べてあって、朝霧はすぐそばで座っていた。しかし、捻子は迷いなく朝霧の横を通っていた。それが、違和感。
そして違和感は確信に変わる。
『…捻子、君』
「捻子クン、朝霧クンが視えないのか…?」
しばしの沈黙の後、間の抜けたような声で、
「…え?」
捻子はぎこちない笑みを浮かべて、言った。
×××
やべーことになった。いや、何がやべーって、とにかく色々。
もう頭を抱えたい、光彩は呻いた。いやしかしこの状況で丹色と代わるわけにはいかないのだ。なんせ、朝霧の通訳がいなくなる。ここは朝霧の頭が仕方なくいや本当に否応なしに必要なのだ。
『君失礼なこと考えてない~?』
「うっせぇ。…つか原因わかってんだろ、お前。」
捻子が、≪力≫を視れなくなった。朝霧を視えない理由。
ふむ、と朝霧は考え込む。
『考えられるのは…一時的な喪失、かな』
朝霧の言葉に光彩は瞬きをする。そもそも、捻子が朝霧を視ることができていたんは≪繰る印≫を所持していたからだ。
『要はショック、だね。恐らく志糸がこちらに出てくる際彼の源にでも関連してしまったのだろう。うーん、刺激してしまったと言ってもいい。普段僕たちは≪力≫を押さえれているだろう?その≪力≫を無条件に放出されていた、けれど君が殴ったから突然閉口された。』
「あ?今人のせいにした?」
『蛇口みたいなものだね。さっきまで大量に流していたのを突然止めた。しかも強い力で。だから出そうとしてもなかなか開かない、みたいな』
「無視か」
そもそもあそこで自分が入らなかったら朝霧の頭は飛んでたぞ、と言いたかったが朝霧ならばなんとかできたような気がしないでもないので口を噤んでおく。
朝霧の仮説を聞いて、なるほどと頷ける。それならば…≪力≫が一時的に衰えただけというのならば。
だが。
「それじゃぁダメだ。志糸がいつ、捻子を狙うかわからねぇ」
『……。ねぇ、どうして捻子を狙う、って思ってるの?』
…どうして?
「そりゃ、捻子は……【運命】の存在……って、あれ」
『彼女は【運命】に救って欲しかったんだろ。救いを求めるのにその相手を殺す……ほら、矛盾している。』
「確かに志糸は捻子を操ってはいたが、捻子を殺そうとはしていなかった…つうか、むしろ……?」
―――どうして、邪魔するの。
光彩は。一つの…仮説に、気付いてしまって。ぎこちない動きで紀磨、それから――朝霧を見上げる。
朝霧は満面の笑顔を浮かべていた。
「………狙われてたの、って紀磨チャンと、お前?」
『ほぼ、間違いなく。理由は分からないけれど、明らかな殺意を向けられたのは僕と紀磨だったねぇ』
なおさら、不味い。
いや、朝霧がどうなろうとそれは知ったことではないのだ。けれど紀磨が問題だ。
紀磨は≪力≫を持っていてもその≪力≫は本来戦うことに特化したものではなく、彼女のナイフも不意を突くためにしかほぼ使えない。つまり彼女は戦いに関してはあまり前に出れないタイプだ。彼女の元に志糸が訪れた時、彼女は身を守れない。
聞いたところによると先ほども死にかけたらしいから、尚更だ。
「そもそも捻子が≪力≫を使えねぇと志糸をどうするにもできねぇ…何か方法は……何か……」
『…詰まっている、蛇口の話をさっきしたけれど、その仮説通りでいくんだったらもしかしたら無意識的に志糸が捻子の≪力≫に蓋をしてしまったと考えてもいいんだよ?だったら、志糸に関連するような場所…彼女の覚醒と同じようなことを促せば、もしもの話だけど』
「きっかけを探せばいいのか。………志糸の、きっかけ。」
『多分きっかけだけじゃ早くは促せない。その前に僕はともかく紀磨が死ぬかもね。あの≪力≫は……紀磨の足を止めてしまう』
「ってなると、≪力≫を弱めれるような、場所。」
あるじゃないか。
光彩は、口角を上げた。




