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夢を見た。
わたしは昔、体が酷く弱くて病弱な子供だった。それは【家族】がそうであり、体が弱い者が多く短命な血縁者が多かったというから恐らく遺伝なのだろう。ともあれ、わたしは昔から床の間に伏していることが多かったのだ。そういうときは大抵夢を見る。
高熱に冒され、意識が朦朧とする中気が付くと夢の中に居る。夢の中はふわふわと足場は不安定で、周囲は見慣れた座敷や布団が敷かれている、リアルな夢だった。
――そして、いつも、わたしの後ろには誰かが居る。
少し振り返ってみれば、そいつは積まれた本を読んでいた。短パンからはみ出る細い脚は包帯が大雑把に巻かれていて、長すぎる袖からでる小さく細い指でページを捲っている。そいつはわたしが見ていると気付くと、顔を向けることもせずに言うのだ。
――またきたの、と。
そう、この夢は不思議なことに繰り返し見ていた。起きてしまえばあやふやになってしまう夢なのだが。そいつの声はまだ幼く、だが背丈などから見ても自分より少しだけ年上なのだろう。髪も碌に揃えていない毛先が肩で踊っていた。
「夢は、干渉の谷間だよ。魂が近づき合って反響し、夢は繋がる。どんなに現実で物理的距離があろうとね」
そいつは少し難しい言葉を使うから、わたしはちょっぴりわからない。
「夢、……でもわたしがここに来ると、いっつも君はここにいるよね」
「ここは、僕の居場所だから」
「…寂しい人だね」
だけど、なんとなく、そいつの口からこぼれる言葉に感情が籠らないことが多いことに気付いて、わたしの口からはそんな囁きが零れる。するとそいつはこう返す。
「そんなこと、ないよ」
一言一言、噛みしめるように言うのだ。
そんなわたしとそいつの関係が変わった、否、夢が終わったのはわたしの高熱が原因だった。その日もわたしは熱で夢に跳んだのだが、何と驚いたことかそいつがわたしを覗き込んでいたのだ。パチリと瞬きをしてわたしはそいつの顔を見上げる。
「………あぁ、君、死ぬの」
「……え」
死ぬ?
ドクリ、と鼓動が高鳴った。それでようやく、わたしはそいつの言葉を理解した。――死ぬ、だから、そいつはわたしの顔を見ているのか。だからわたしはそいつを見れるのか、と。そいつはかつて言ったのだ、わたしと自分が顔を見合わせるのはわたしが死ぬ間際だろうと。元々高熱で魘される度にそいつとの夢を見ていたのだから、殆ど彼岸に立っていたようなものだったのだろう。そいつは本を珍しく持っておらず、ただ淡々とした瞳でわたしを見ていた。
死ぬ。
たった二文字。その言葉がじわじわと脳を浸食し、ポロリと涙が零れてからは決壊してしまったかのように止まらなかった。
「や、やだ…っ」
拭っても拭っても涙は零れる。視界は滲み、けれどその奥でそいつは無表情で立っているのが良く分かる。だがその間も、わたしはそいつを見て思ったのだ。
――寂しそうな瞳だ。
やがて、すすり泣くわたしを見ていたそいつが言った。
「………生きたい?」
手を差し出して、そいつは言った。
………それからのことは、あまり覚えていない。
ただわたしが鮮明に覚えているのは、握った手のひらが冷たかったこと、だけど確かに人のぬくもりがあったこと、夢なのにやたらリアルで、目覚めたらわたしは熱が冷めた状態で床の間に居たこと(看病していたらしい兄に大号泣されたのを覚えている)。
そして、わたしはその日から体を崩すことはほぼなくなった。まるで今までの虚弱体質が治ったかのように。
…だから、そいつの夢を見ることは無くなった。
守時稟斗は、けれど今でもその夢を忘れてはいない。
×××
第五章 居場所
少しだけつまらない話でも話してあげようか。
どうしてそんなことを言うか、って?いや、何。終わりが来る前に、誰かに話ておきたくて仕方ないんだ。だから、君に話してあげよう。
――僕がお人よしに出会ったのは学校に通い始めた頃だった。
僕の家は元々≪力≫を研究している会社施設で、僕はその家の子供として産まれた。どういった理由か、それとも何らかの災いか、僕は昔から他人より≪力≫が使え、才能に満ち溢れていた。だから、父は僕を研究材料として施設の一室に隔離し、真っ白い部屋の中にある膨大な資料と共に育ってきた。不自由はしたことがなかったし、生きていく理由もなく、ただぼうっと成長を続けていた。研究だと言われて四肢や臓器がボロボロなのは自分の幻覚で補える。不自由はない。
やがて父も僕の研究を終えた。12年も研究をすればおおよそ終わるに違いない。次に彼は僕を学校という場所に行かせ始めた。
とても、退屈だった。
学校という場所は多くの人間が居たが、どれもつまらなくて、何の刺激もなくてこれなら家に居たほうが随分とマシだったと何度も思った。
お人よしと出会ったのは単なる偶然だった。
――君が、来賀朝霧くん、ですよね。
教師に言われて探しに来たのだというお人よしはまさにお人よしで、それゆえ興味が沸いた。どうすれば、こんなに心が真っ新な人間に育つのだろう、なぜ、どうして。僕はお人よしに付きまとううちに、お人よしが持つ≪力≫に惹かれた。
だって、さ。
――美しいんだ、その炎は。
何もかも焼いてしまう、鮮やかで艶やかな炎。だから僕は、
――この炎で死にたい、って。
包まれたらどれだけ―――幸せなんだろう、って思ったんだ。…本当に、最初は、それだけだったんだ。
………聞いてる?
………あぁ、聞いてないね。そろそろ限界だろう?
まぁ、聞いていても多分、僕に関わるすべてのことはこれで君も綺麗サッパリ忘れることだろうね。良かったね、嬉しいだろう?
次に起きれば、君は幻に包まれたように、退屈な日々に戻れているから。
…はらり、はらり、はらり。
閉じかけた瞼の奥で、少年が笑っている。
もう、
ダメなのかな。
君はきっと、誰よりも、その夢を求めていた。
はらり、はらり、はらり。
瞼の裏で花弁が舞う。途切れることなく、花弁は舞う。
唇を噛みしめた自分の目尻から涙が零れた。
×××
「あーーーー!!!もう無理!!!」
とある一室。そこで、望月紀磨が悲鳴のように声を上げた。その声に近くに居た和草今笛はビクリと肩を揺らし、彼女を窺う。
「不老不死!そもそも【裏】の情報こそ見当たらない!!こんなんで本当に見つかるわけ?!」
「っつても、他に手がねェんだから仕方ないんだ…文字見てると段々吐きたくなるよな…!」
「ほんとそれ」
今笛と紀磨が頷き合う。そんな二人の様子を少し呆れがちに、後ろから近づいた影時丹色が声を掛けた。
「確かに膨大な資料の山なんだけど、投げやりになっちゃったら終わりだからね…?」
資料の、山。
正にその言葉が似合う。この部屋は≪冷音部≫が使っているもので≪力≫について調べたあらゆる資料が集っている。これらは蓮姫や前たちが集め続けたものらしく、かなりの量だ。だがここから不老不死の情報や【裏】のことなどを探せと言われれば、ほとほと無謀とも言えた。
今笛と風波と出会い、早二週間が経った。その間にすっかり空気も熱っぽさを帯び始めた。捻子たちは彼女たちの情報も元に【忌み子】、つまるところ志糸について調査を始めた。元々丹色達は捻子の護衛をあくまでもついでと考えており、目的としては志糸に呪いを解いて貰うことだからだ。それにこうして風波や今笛からの脅威が無くなったと言えど、どこからか情報が洩れでもすればまた捻子の命が狙われる可能性は十分にある。だが有力な情報は未だ見つかっておらず、ここ最近は他高校である風波と今笛をわざわざ放課後に呼び寄せ、部室の倉庫に集っているわけだった。
「そろそろ帰る~?もう暗くなってきたね…」
日は冬に比べれば随分と伸びたが、それでも18時半を過ぎてしまえば暗みはある。風波は本を片手に――というかとうとう投げ出して、ため息を吐いた。この集中力のなさに最早苦笑しか漏れないのは丹色である。……と、同じような反応をしそうな人物がどうも静かなことに気が付いて、丹色はチラリとそちらを窺った。
次霜捻子はぼうっとした表情で本を見ている。
「捻子、どうしたの?」
「……、え?」
パチクリ、といった表現が似合いそうな動きで瞬きをして、捻子は丹色を見上げた。
「疲れてるの…?大丈夫?」
いつもの彼らしくないゆったりとした動きに、あぁ、と捻子は微笑む。
「大丈夫です、問題なく。えっと、何の話でしたっけ。」
捻子のすぐれないような体調に無理強いをさせているようで、丹色は風波と同じく、早々と帰宅するのを提案した。かくして帰宅の道を歩いていると、あっ、と今笛が顔を顰めた。
「どうしたの」
「やっべプリント忘れた。」
紀磨がその言葉に肩を竦める。
「どうせ明日も同じ作業でしょ、だったら明日の放課後でいいじゃない」
「明日出さねーと課題三倍に増やされるんだよ…」
「何それ怖い」
ほぼ真顔になって話す今笛と紀磨に風波が入り、仕方ないねと捻子たちを見た。
「あたしと今笛ちょっとプリント取りに行ってくるから、先に帰っててくれていいよ!」
「あ、ねぇ二人とも他校の生徒って忘れてるよね?!」
すると慌てたように丹色が叫んだ。その言葉に不老不死二人は「あ」と間の抜けた声を出す。仕方ないなぁ、と丹色もまた二人の背中をぽんっと軽く押した。
「じゃあ風波、今笛、丹色。また明日。」
「丹色が帰ってくるまでにご飯作っておきますね」
三人が学校の方へ戻るのを見届けてから、捻子と紀磨も歩き出す。二人の間には奇妙な沈黙しかなく、どうしてかそこに紀磨は居心地の悪さを感じていた。捻子はむすっとした表情を浮かべた紀磨を見て小首を傾げる。
「…どうしたんです、そんな表情」
「わっかんない。……こう、イライラする」
「何です、それ…」
少しだけ他愛のない話をして、やがて分岐点に行き着いた。
捻子が、口を開く。
「それじゃぁ、紀磨。また明日」




