20
――はらり、花弁が舞う。
はらりはらりと通常人の目に見えない花びらが漂っている。胡坐をかいて、そこに肘をついて――少年はぼんやりと呟いた。
「…退屈だなぁ」
何て、茶番だと、囁いた。
×××
少し急いで捻子たちは花の元へと向かう。先程今笛が言っていた通り、中での決着がつかなかった場合今笛に開けてもらうしか方法はない。
「っつっても、内側から空いた場合の方が厄介なことになってたんじゃねェの」
「どういうことですか?」
今笛のつぶやきに捻子は首を傾げる。それを紀磨は分かりやすく説明してくれた。
「不老不死が戦闘不能になるなんてよっぽどのことだと思うけど」
「…あ」
「ま…さすがに、首をやられればオレたちも長い間動けねーけどな。」
――以前首に傷を負ったことがあるのだろうか。ぽりぽりと指で首筋を掻いて言う今笛に捻子は少しだけぞっとする。こんな争い、戦いは無意味なのだ。それを早く二人に言いに行かなければ。
花に近づいていく。中の様子が少しだが視えるようになってきた―――そして、その中を覗いた今笛が息を呑んだ。
「風波!!!」
「光彩?!」
捻子もまた、二人が向き合っていることに気付くが――光彩の刀が風波の首に充てられていることに目が入り、背筋が凍った。舌打ちをした今笛が足を速めるが、それでは間に合わないと確信を抱く。だから捻子は叫んだ。
「今笛…!お願いします、君の≪力≫を貸してください!」
返答を、待つより早く。
捻子は薙刀を取り出して叫ぶ。薙刀を宙で回し、地面に叩きつけ、
「―――≪繰る印≫」
「う、お…?!」
その地面から―――無数の茨が吹き荒れた。それは一直線に二人の元に向かい―――茨に気付いた光彩が驚愕に目を見開いて後方に跳ぶ。空いた隙間を茨が雪崩れ込んだ。
「わ、わ…っと」
茨の衝撃によたりそうになりながら捻子は薙刀にしがみついた。今まで扱ったことがない類の≪力≫だったからか、反動があったらしい。だがどうやら間一髪、避けることができたようでほっとする。
その間、少しばかり呆然としていた今笛は(無理もない、あまりにも突然のことだったから)はっと我に返ると風波に駆け寄った。
「風波!…大丈夫か」
少女も、いや光彩も、満身創痍の状態だった。風波は唇を震わせて、それから光彩を睨み付ける。
「…ッ今笛は、下がってて……あたしが」
「風波、…聞いてくれ」
今笛は――静かに、語り掛ける。
「オレさ、ようやく気づいたんだ。」
「…こ、ぶえ?」
「なァ風波。こんなこと、やめよう」
「……、……何で…!?どうして!!それ、今笛の望みだったでしょ…?!不老不死の呪いを解くにはあいつを、影時を、殺さないと、絶対、絶対なんだ、それは…ッ!……あ、」
風波は視線を―捻子と紀磨に向けた。それから今笛に叫ぶ。
「まさか、あの二人に何か言われたの!?騙されてるよ、今笛!!!」
――そう取り乱す少女に、今笛は何て哀れなのだと思った。…いや、彼女をここまでさせたのは、誰だ。
誰だって。…間違いを認めることは、難しい。受け入れたくない。
……少女は、嫌だと否定する。
「やめてよ…あたしを、否定しないで…」
いつだって今笛の為だった。今笛の為に生きてきた。今笛が望むものを叶えるために戦ってきた。そのすべてが否定されてしまったら、それは風波の生き方そのものを否定されることと同じだ。風波を必要としないと、今笛に言われているようなものだ。だから。
だが今笛は、彼女の為に言う。
――彼女を、解放させるために、言う。
「オレたちは、自由なんだよ」
「………じ、ゆう」
「だからさ。……オレの意思で、こんなこと、したくねぇんだ。」
誰かを傷つけたくなかった。
誰かを傷つけさせたくなかった。
それはほかでもない、今笛の願いそのものだ。自分たちは自由である、選ぶ権利がある。
「もういいんだ、風波…」
「……あたしね、ずっと、今笛に、黙っていた事、あったの…」
そういって少女が紡いだのは今笛を殺めることができるかもしれないという、仮設でありほぼ事実であること。だがそれを聞いても今笛は苦笑して少女の血に濡れた体を抱きしめた。
…暖かい。
命の、暖かさだ。オレたちは――生きている。
「…話してくれて、ありがとな」
「あたし、…っあたし………!」
「オレほんとバカだった。何も考えねぇで逃げてて。…そんなオレだけどさ、風波が必要なんだ」
そんなオレだから、必要なんだ。
お前が傍に居てくれるだけで、それで、いい。
「一緒に居てくれるか」
「……ッバカ、だなぁ今笛は…!」
風波は涙に濡れた瞳を細めて、笑った。
その光景を後ろに跳んだまま、がその際に傷を大いに広げて半ば自滅した状態の光彩は尻餅をついて胡坐を掻いて見ていた。そんな光彩に捻子と紀磨は近づく。
「大丈夫ですか」
「おー。…つか捻子クンさ、あれオレ避けれてなかったら死んでたんだけど…」
光彩は出血が止まらない脇腹を抑えつつ見上げると捻子は苦笑して頬を掻いた。
「でも、君も風波に刃を向けていました」
「いや本気で首やるわけねーだろ…ちょっと斬るだけだったってちょっと」
「…どうだかねー?」
「えぇえ…信じてくれよ紀磨チャン…」
ひでぇ、と光彩は肩を竦める。その背中で回る傘。出血の痛みを堪えるのと対象に、二人を見る姿はどこか楽しげだ。何だか先ほどのやりすぎの切っ先について、捻子は一言物言いたかったのだがどうも言えそうにない。こんなにも満足そうな表情は見たことがなかった。
すると、風波が今笛の手を借りてゆっくり立ち上がると覚束ない足取りで光彩の傍まで来た。
「お前に、…一つ言っておこうかなって思って」
チラリと風波が今笛を見る。彼は僅かな笑みを湛えていた。そして風波は光彩に視線を戻す。
少女は、笑って言った。
「お前は、化け物じゃないよ」
化け物は、誰かの為に守ろうとか、そんな、誰かが救われて幸せそうな表情するもんか。
そういって手を差し伸べる少女に、光彩は一本取られたな、としかめっ面をして。
赤に濡れた掌を、ゆっくりと握り返した。
×××
それから、全員捻子の家に向かうことになった。怪我の事もあるが名により不老不死の2人には言わなければならないことがある。自由に選ぶこと、生きることを選択した彼らだがそれとこれとは話が別なのだ。つまり、この出来事は…光彩たちの願いとは少し寄り道しただけにすぎず、何一つ解決などしていない。
志糸について、捻子について。それらを丹色が中心に話をすると、黙って聞いていた二人はややあって口を開いた。
「ちょっといいか」
今笛が深刻そうに、低く呟く。
「…よく、わかんねぇ」
「ね!!!一回聞いただけじゃ全然わかんないわよね?!」
仲間、と紀磨が身を乗り出す。それに捻子は「紀磨と同じような人種でしょうか…」と小さく呟き、その声に紀磨は顔を向けた。
「何よ」
「いえ、別に?」
ぴりっとした雰囲気に丹色は「まぁまぁ」と押しとどめつつ、簡潔にまとめてやる。
「捻子が重要人物ってのは分かった。なるほどなー…じゃ、オレたちすげぇ勘違いしてやらかすとこだったんじゃねェ?」
「すごい今更だよね、それ…」
丹色は紅茶を片手にぼやく。全く、その勘違いをもう少し早く知っていればこんなことにはなっていなかっただろうに。そう体に残る痛みに思わず愚痴を走らせる。
「だけど…どうして、あたしたち、こんな勘違いしてたんだろうね………。どうして早く、気付けなかったんだろう…」
時は十分すぎる程流れていただろうに。
「決まっています」
風波の言葉に、捻子は言う。彼は、今笛たちを見回すと瞑目する。ゆっくりと、そして瞳は開かれた。
「何かの誤解が更に誤解と化し、それが伝わった。誰も否定しなかった。…誤解が、悲劇を生んだんです。ただ、それだけです」
そう呟いた捻子の瞳に影はない。
―間違っていた。
そのことを改めるのは難しい。だが、改めなくては誤解が生まれる。そして……新しい、誤解が生まれていく。
彼らの、風波と今笛のように否定をすることは勇気がいることだ。
悲劇は、生んではならない。
×××
「……つまらない、」
花は既に撤去され、後に残っているのは残骸のみ。それらをビルの屋上から見下ろして、少年は呟く。
「つまらない、つまらないつまらないつまらない。あー!!!!退屈、退屈だなぁ!!」
透けた体を、軽く揺らして。
不満げに、彼は叫ぶ。
「何綺麗ごとばっか言っちゃってさぁ、ばっかじゃないの?何が悲しむ、何が赤の他人じゃない、だよ」
彼らしくもなく―――飄々とした笑みを浮かべず、ただ眉を寄せている。
「………やだなぁ。」
僕は、君に殺されたっていうのに。
来賀朝霧は。
彼は、ふぅと息を吐くと立ち上がった。
「あぁ嫌だね。………何かが紛れ込んでるよ」
実態のつかめない何かが、捻子の周囲に紛れ込んでいる。それがうっとおしい、だが朝霧にはどうすることもできない。
「……あいつらは僕の玩具なのにさ」
好き勝手は、させたくないんだけどなぁ。
呟いて、彼は名の通り――霧のように掻き消えた。
ただ後に残ったのは花びらだけだった。
×××
少しだけ暖かい風が頬を叩く。梅雨が近づく季節だからか、湿り気もなんとなく感じていた。丹色は夜風に当たりながら、そっと目を細めていた。
「丹色」
声に振り返ると、風波が微笑んでこちらを見ていた。今日は捻子の好意で今笛と風波は泊まることになっていて、どうやら彼女も夜風に辺りに来たようだ。風波が座れるスペースを取ってやると彼女は目を伏せて月を見上げた。
「…なんだか、さっぱりとした気分なんだよね。」
風波は呟く。
「今まであたしは悩んで、悩んで。ずっと考えてた。…受け入れてもらえるって、こんなに気持ちがいいことなんだね」
「そうだね」
――ゆっくりと、風波は丹色に囁いた。
「お前は、何に迷ってるのかな」
「……え、」
「光彩は言ってたね。迷いがあるから、あたしの刃は負けたって。確かに光彩は迷いがなかった。…それで、お前は?」
丹色はしばし、躊躇った後―――笑った。
「今日はお互いゆっくり休もうか。ぼくももう寝るね」
おやすみ、と閉じた傘を抱えて丹色は部屋の奥に姿を消していく。それを追うこともなく、風波はぽつりと言った。
「お前がその傘を【開かない】ことに、きっと迷いの理由があるんだろうね」
――影時丹色は、傘を持つ。
だが、差した姿は誰も見たことがなかった。
与えられた部屋に入って、丹色は傘を見下ろした。
影時の者が象徴として持つ、証。
傘。
「………だって、ぼくは…………」
唇を噛みしめて、丹色は俯く。
「ぼくは………領主の、資格なんて………」
続く筈だった言葉は、紡がれることなく、今日も丹色の心の中で消えていく。




