19
…、………、…………?
一瞬だけ時間が止まったようだった。コテン、と人形のようなしぐさで少女は首を傾げ――――そして光彩は刃を抜いた。
斬撃の音がぶつかり合うものと少し遅れて響く。今までとは違うスピードと重みに――だが防げないものではないと光彩は刃を払った。けれども間髪入れずに伸びた刃は休憩の時間さえ入れてくれない。それも承知のことでの挑発だった。
「……ちょっと、理解、できないなぁ」
風波が低く呟くと同時に炎が桁違いに燃えるのを看取った。光彩もまた、来るであろう衝撃に耐えるべく――いや、迎え撃つために脚に力を込める。
「―――≪二重人格≫、刃を抜かせろ!!!!!」
「―――≪信じる絆≫、断ち切って!!!!」
光彩の声と風波の声。震える≪力≫と≪力≫。その二つが―――ぶつかり合う。獣と獣の戦いには、知など必要ない。
ただ欲しいものは―――剣のみ。
「………確かに、おれたちは似てるかもしれねぇな」
炎が。――オレンジの炎が光彩を包み燃やしている。皮膚を直接炙られる感覚と痛み。
――パチン、と光彩が傘を開くと、その炎はかき消されるように消えた。
「讃えるよ、瀬海風波。あんたは確かに強かった。……もし、迷いがなければ今地に伏してるのはおれの方だったかもしれねぇな」
「………、まよ、い?」
風波は両膝を付いて、その体制のまま頭を垂れたままだった。深く斬られた傷口からはボタボタと赤い液体が零れている。いくら不老不死といえど致命的にもなる傷を与えられれば体は動かない。しかし光彩も立ってはいるが立っているだけだ。最早刃を振るう気力もなかった。何せ≪力≫を全力で解放したのだ。自分の限界を突いたやり方は反動が大きい。
「あたしが、迷い…?」
「あんたは守りたいって言ったな。今笛を、たった一人を。……けどおかしいんだよ。本当にその純粋な想いがあるんなら、何で迷いがあるんだろうな。」
刃を振るう瞬間までは――確かに獣じみた瞳を宿していた。しかし揺らめく炎の中、どこか悲しそうな彼女の迷いに気が付いた。迷いある一撃は、弱さともなる。
光彩は彼女を評価している。誰かの為に戦うこと、それは自分を犠牲にすることとほぼ同意義だ。それは光彩自身がそうであるからわかる。そのためには自分を捨てなければならないことも。それが、彼らの語る守るということ。
風波は、迷った。
――今笛はそんなことを望んでいたのか。
「………あたし、」
だから、言葉が滑ったのはきっと、似たような彼だから。
「あたしね…」
ずっと、秘密にしておくつもりだった。
……だってきっとこれは最終手段で、最低手段だったんだ。
「あたしの炎、ね、今笛を、ね、殺せるんだ……」
体を震わせて声に涙を滲ませて、囁いた少女の言葉に光彩は――≪力≫を、自分を焼いた炎の痛みに、ただ目を伏せた。
何となくだが、気付いていた。
光彩にはわかる、あの炎は…【運命】、捻子が持つ炎とほぼ同じものだ。だからこそ光彩には驚異的に感じた。
「≪信じる絆≫は…信じない、心の底から憎いと思った者にこそ火力が上がる。だけど、それは逆も同じ。自分が一番信じた者にも、炎は最大となる……」
風波の≪力≫は、正確には彼女の≪力≫の最大出力は…不死さえも焼く。
「他の不老不死を殺せなかったのは…」
「それはあたしが他の人をどうでもいいって思ってたからだろうね。あたしには今笛が居ればいい…それ以下もそれ以上も、あたしの周りには存在しないの」
恋は盲目、とはよく言ったものだ。…もしかしたらそれが救いであったのかもしれないが。
「……今笛を殺せる≪力≫。今笛の望みを叶えてあげれる≪力≫…」
「けどあんたは、迷った。本当にそれは今笛の望みになるのか」
光彩の言葉で。
無意識に考えないように、記憶の縁に留めていた思考を―――開かされた。
風波は剣を握りしめて肩を震わせた。―――光彩はやがて一つ息を吐く。
「なるほど、それこそがあんたの迷いってわけだ。ところで話題を変えるんだが、いいか」
「え…?」
「不老不死。お前らが呪いを受けることによって、先代の忌み子は消えたとされている。つまり忌み子は力を使い果たしたんだ。そして今世の忌み子、志糸はほとんど力を持たないで生を受けた。そのため、死に抗えなかった。わかるか?
お前らが呪いを放たせるような行動をしなければ、【志糸】は、俺の妹は死なずに済んだかもしれない、ってことだ」
それはあくまで可能性の話だ。もしかしたらこの呪いの事件がかつて起きなかった場合、忌み子は志糸として…光彩たちの妹として産まれてこなかったかもしれない。だがその話をしているのではない。今関係あるのは、力を失っていた志糸は何の抵抗もできずに――身勝手に、殺されたことだ。
光彩は―――
刃を、抜いた。
ずり、と力の入らないのであろう体ごと後ろに下がるがほとんど距離は変わらない。風波は目を見開いて光彩を見た。
「ところで、あんたに聞きたいことがまだあったんだ。あんたさ――誰に喧嘩売ってたのか、分かる?」
―――くるり、と光彩の傘が回る。
傘は証。風波達にも言い伝えられてきた、裏を統治するものたちが持つ物。
「裏五傘門家一角領主代六代目影時光彩。……不老不死にしても、痛みとか、それなりにあるんだろ。で、どこを削ろうか」
「…っ、ちょ」
――ここに居るのは、影時の当主。
彼からにじみ出る威圧感がそれを物語っている。
「腕……にしても脚…にしても、なんかピンとこねーよなぁ」
「何、言って……」
「あ。不老不死ってさ、首斬っても死なねーの?」
――いっそ無邪気な笑みさえ浮かべてくれればいいのに。彼の表情はどこまでも冷酷だ。風波は引きつった笑みを浮かべ、後ろに下がる。光彩は前に進む。
ぬるりと反射で光る銀の刀。それが否応なしに風波の視界に入る。
「さっきあんたも言ってたな。おれ、家族が大事なんだ。けどこれとは別。おれは――おれ自身の罪と決着をつける。」
「……ッ」
「ぶっちゃけ風波チャンには、直接的な関係はねーんだけどな。ま」
運が悪かった、とでも思ってくれよ。
彼の後ろで回る、傘。
逆手に持った刃が風波の喉に充てられる。
痛みはある。死にはしない、が―――。
まだ、
あたしは、
「あんたの迷いがあって、助かった。…迷いがあるっつーことは弱さがあるってことだ。あんたは、ちゃんとした人間だ」
ちょっと人よりおかしな。
異常と思ったのは訂正しよう、光彩は心の中で言ってやる。
おれなんかの化け物とは殺人鬼とは違う、―――人間だ。
「落とし前をつけさせてもらう。―――痛みは、一瞬で済ませてやるよ」
あくまで優しすぎるような囁きに――――
次の瞬間、刃が動いた。
×××
ふつふつと怒りが湧くのが今笛にはわかった。
お前に。
「お前に、…何が分かるんだよ」
自分でも驚くほど冷めた声で今笛は言う。握りしめていた拳はギチリとぎこちない音を立てた。
「どうやっても、足掻いても、もがいても、呪いは解けなかった。オレたちの気持ちの、何が分かんだよ…!」
「俺には、君たちの苦労も、苦しみも、辛さも理解できません。体験したことはないから、わかりません。ただ、それでも…!何が大切か、何を大切にしなければならないのか、分かっているつもりです!」
――ふざけたこと、言うな。
今笛は捻子を睨み付けた。
「誰だって生きています。当たり前に生を受けることができる権利だってあるんです。…誰だって、願いを持つことは可能なんです…君にも、君にだって君だけの願いがあるはずです…!」
「だから、それは呪いを解くことだって言ってんだろーが!!!」
「いいえ、違います!!!なぜならそれは、君の願いじゃない、君を含めた一族の願いだ!!!!」
「捻子!!!」
紀磨の悲鳴と共に捻子は後ろに飛びのいた。その足元を茨が抉る。今笛は突き出した掌を向けたまま、捻子に言った。
「オレたちが何をしようが、何を考えようが関係ないだろ…!」
「確かに…確かに貴方達の一族の願いは、そうかもしれない…だけど、どうしてそれが君にも適応されないといけないんですか、君たちは自由なのに!どうして、」
―――死ぬことは、怖いことだ。
夕日が傾きだした部屋の中、たった一つの小さな刃物。それを斜めにするだけで人はいとも簡単に――傷を作る。
「どうして、あの子を悲しませるようなことをするんです…!」
うねりを帯びていた茨が動きを止めた。紀磨はナイフを構えたままで、今笛の表情もまた固まったのに気付く。
「…かな、しむ?あの子…風波の事か」
「ええ、そう名乗ってましたね。…彼女は、君にとっても大事な人の筈だ。君が彼女を大事に思っているように、彼女だって君を大事に思ってるんでしょう。……君が死んだら、彼女は悲しみます」
「…ッ。」
それに、と捻子は笑った。
「君が死んだら、俺も悲しいです」
……はぁ?と今笛は困惑気な表情を浮かべる。捻子は今笛に当然ですと頷く。
「だって、君と俺はこうして知り合いました。じゃあもう赤の他人ではないんです。で、知り合いなら亡くなれば悲しいです。」
「いやいやいやいや」
「いやいやちょっと?!」
声を上げたのは二人だ。紀磨と今笛は同時に反発して声を上げる。
「何言ってんの、あんた今殺されかけたわよね?!」
「そんな相手に何言ってんだあんた?!」
「え、えー…」
今笛は呆れかえって髪をくしゃりとかきあげ―――ふっと笑った。
「意味、わかんねェやつだな」
笑って、自分の手を見詰める。
…どうして死にたいんだと尋ねると返答は決まって同じだった。それが何より悔しかった。どうして死にたいんだ、どうして、どうしてどうして。
死んだら何もかもが終わりじゃないか、けれどそれがオレたちの、長い間募っていた祈りだというんなら。
そう、言うのなら。
…押し殺して、一体どれほど時間が経ったんだろう。
オレたちは子供で、世間知らずで自分の感情もよくわからなくて。……だけど、このバカの言う通り。
…オレたちは、
「オレたちは…自由、だもんな」
選ぶ権利はあった、それを捨てたのは自分自身だ。だがこれからの未来は、…選ぶのはそれこそ今からだ。
だったら。
――だったら、決まっている。
「なぁ、オレお前らの名前聞いてなかったわ。教えてもらってもいいか?」
屈託のない笑みを浮かべる今笛に、捻子は頷いた。
―――オレは、生きたい。
胸を張って、ようやく、言える。




