18
「丹色は、大丈夫でしょうか」
捻子の発言に紀磨は頭を抱えそうになりつつ――ため息を零した。その反応に捻子は胡乱気な瞳を向けてくる。
「あんたね…わかってるの?多分だけどあの子、前に丹色が言っていた不老不死の子よ?」
そうじゃなければ、丹色があんなにも必死な表情を見せるものか。そういう紀磨にわかってる、とでも言いたげに捻子は頷く。だが紀磨は続けて言った。
「何もわかってないわ。あんた、自覚ないんだもの」
「…紀磨にどうこういわれる筋合いはありません」
「何それ、どうして捻子っていっつも自分勝手なの?」
捻子は少しばかり――睨むように紀磨を見た。
「そんなんじゃないです、俺はただ、丹色が心配で」
「人の心配をする前に自分の心配をしなさいよ。それじゃあんた、」
昔と何も。
――ピリ、と紀磨の≪力≫が発動した。未来を視る≪力≫、それが来訪者の存在を語る。紀磨は逃げられないと悟るとその人物を受け入れる準備を――既に、終えた。
「何だ、ケンカ?」
ボサボサの髪、それを片手で気だるげに掻きながら少年が顔を見せる。警戒心丸出しの二人の姿に、少年は少し考えて、笑って言った。
「和草今笛っつーんだ。よろしくな」
お前らと、ちょっと話がしてみてェんだけど。
そう告げる少年、今笛に紀磨は鼻で笑う。
「そんなんでほいほい話なんて聞くと思ってるの?」
「一般論だ。良いだろ、話ぐらい別に。…あ、もしかして向こう…影時が心配か?」
分かりやすいぐらいの反応を示す捻子に今笛は苦笑した。
「悪いな、行かせてやれねーよ。それに今≪花≫が開花した。当分あの空間には誰も入れねー。」
「空間…ですか。では、もしも、ですれけど。その空間に入る方法はあるんですか」
捻子の目にも花は良く見えた。あれは多分全員が視えるものではない。≪操る印≫を宿す捻子だからこそ視えるものだろうと察する。――広く開く花、あの中に二人は。
今笛は少し考えるようにして二人に告げた。
「オレが解く、か……そうだな、もしくは
どちらかが戦闘不能になれば、だな」
それよりも聞きたいんだけど、と今笛は尋ねる。
「お前らってさ、何で影時のやつなんかと一緒に居られんの?」
×××
――――人を殺すためだけに産まれた、殺人鬼。
銃音が連発される甲高い音が響く中、ブーツが駆け抜ける。周囲の茨に足を乗せ、その瞬間茨が砕ける――が、それより早く少女は身を捻って宙で回った。既に予測できた動きに慌てることなく銃を向ける。
「―――あはっ」
銃から放たれた弾、そして少女が刃を払うことで二つに割れるそれ。そのまま上から重力に沿って刀を向ける少女の姿に銃を捨てると今度は二刀で迎え撃つ。斬撃と共に火花が散った。
「ちっ」
肩に乗せた傘が落ちる―――同時に刃が砕け、否応なしに光彩は身を後ろに跳ばせた。風波もまた距離を取る。刃こぼれはもちろん、折れてしまった刀を捨てて光彩は忌々しげに風波を睨み付けた。二人の間、均等な位置に傘は転がっている。
「あの夜から、ずっと思ってた。お前、凄く強いね」
少しだけ息を乱して風波は嬉しそうに言った。あの斬撃の中、風波の刃は傷さえ見られない。武器を破壊する…ことはほぼ不可能と考えていいか、光彩は暗器を探り思考を巡らす。
――彼女は強い。
紛れもない漂わせてくる匂いは裏のものだ。しかし自分と渡り合える相手がまさかこんな身近に居るとは。一瞬たりとも気が抜けない、一騎打ち勝負。恐らく瀬海風波という少女はその手の勝負に強い。…何よりも、自分をここまで苦しまされているのは彼女の実力のみではない。
ぽつぽつと少女の刃に炎が映った。オレンジの炎が風波の剣に宿るように漂っている。
――未知数の、少女の≪力≫だ。
「あんたさ、何のためにこんなことしてんだよ」
両者息を整えている間、光彩は時間つぶしにそんな質問をしてみることにした。捻子の元には紀磨もいる。あの二人ならなんとか機転で潜り抜けれるだろう、と光彩は考えた。今は、こちらに集中しなければ。風波はまさか聞かれるとは思わなかったのだろう、きょとんとしたあどけない表情を浮かべた。
「あんたの実力はまぁわかった。裏寄りなことも、な。だが不老不死の連中は裏と表の中盤…むしろ表に住む者達だったと聞き及んでる。それなのに、剣を持ち刃を携える意味はなぜだ?」
強制な世界で生きていたわけではないのに。選ぶ権利があった彼女は、どうして。
その疑問に――風波は笑って言った。
「今笛が、望んだから」
「あたしたちは確かにそういう、中立みたいな立場の世界に居るけれど、最近ではもう不老不死の呪いを解くのに躍起になっちゃってる連中ばっかでさ。殆ど裏側なの。だけどあたしたちには自由があった。あたしたちは択べた。お前の言う通り」
「だけど今笛は一族の意思を継ぐ道を選んだ。だからあたしは刃を取った。」
おかしいことかな?
風波は言い切ると小首を傾げ―――光彩は、まぎれもなくその状態がおかしいことだと肯定する。
それはおかしい、ではなく、異常である。
「あたしからも良いかな。あたしね、前から影時家はとても家族を大切にしてるって聞いてたの。大切……大切にしすぎている、って。だからびっくりしちゃった。だってお前、庇ったもんね。友達か、何かはわからないけれど。一般人のことだって庇ってた。じゃなきゃ火薬ぶちまけてても可笑しい場面だったもんね」
ねぇ、妖艶に微笑む風波は頬に散った自身の血を舐めとって囁いた。
「あたしたちって、似てるね」
「………確かに、おれは家族が大事だった。」
この世界で絶対に守らなくてはならないもの。
それは、丹色と志糸だった。
だが丹色は見つけてしまった。守りたいもの、守らなくてはならないと感じたもの。
「おれは、あんたとは似ているが違うよ」
少しだけゆっくり歩いて、血に濡れた傘を拾って肩に背負う。液を吸った傘は酷く重く感じた。だが今は、その重みさえ心地よい。
「おれにも、守りたいものが増えた。」
笑顔を見た。全てに絶望した少年が、たった数日足らずでかつての笑みを浮かばせて。楽しそうに、幸せそうに笑っていた。
守りたいと思ったのだ。
笑顔も、笑顔を作る存在も、彼が大切にしているものも。
「あんたは守りたいもんが、増えないんだな」
「……よく、わからない。あたしにとって大切なのは今笛だよ?守りたいって思うよ。それはお前と違うの?」
「じゃあ聞くけどさ」
光彩は笑って尋ねた。
そして容易く、何の心構えもないまま、けれど恐らく意図的に光彩は尋ねる。
「それってさ、本当に今笛の為になってんの?」
×××
「…どういうことですか」
捻子は聞き返した。今笛は肩を竦める。
「お前達表の人間にとっちゃ、裏の人間なんて信じられない、化け物、ま、そんなとこだろ?オレも思うからな、あいつらは人間じゃねェ」
「…ちょっと」
紀磨が眉を寄せて声を上げる。その言葉は丹色を、光彩を侮辱しているようなものだ。今笛は手をひらひらと振るとつづけた。
「わかってる。同じ人間だってな。だけどよ、簡単に人を殺せ、躊躇いもなく切り捨てて。お前ら、どう思う?そんなやつらと一緒に居るって、どんな気分なんだ?」
「…丹色は…丹色と光彩は友達です。」
――世界が違う。
それだけで、だがそれだけでは済まないことを嫌でも知っている。
「―――そっか、じゃあ友達を殺されるのはやっぱり嫌だよな」
その物騒な言葉に――捻子と紀磨は今笛を睨み付けた。
「いや今の聞いて十分わかった。てめぇらみたいなやつらも居るんだな、あんな奴にも」
「…君は、丹色と知り合いなのですか」
「知り合いじゃねぇし、あの夜が初対面だった。だけどよ、わかんだよ。…オレたちの中に流れてる不老不死の呪いを受けた血が、…あいつを殺せって」
あぁ、と捻子は唇を噛みしめる。何だ、それは。それこそ、呪いのようなものじゃないか。
「君たちが丹色と光彩を狙うのは、そんな感覚が原因なんですか」
「そいつもあるけど、何よりあの男を殺せば…もしかしたら呪いが解けるかもしれねーだろ?」
やはり彼らは知らないのだ。【運命】…捻子の存在を。紀磨は裏付ける発言に心の中で頷く。彼らは影時家…光彩と丹色を殺せば呪いが解けると考えているようだ。
ぽつり、と捻子は言う。
「…どうして、死にたいんですか」
今笛は――ため息を零した。
もう、何十回も聞かれた質問だ。
「当たり前のこと、聞いてんな。オレたちは死なないといけねーんだよ」
生きていることを苦しいと感じてしまった彼らを、祖父母を一族を救うために。
だが、捻子は瞳を向けた。そこには純粋すぎる色が混ざっている。まるで射抜くように彼は言う。
「それは、……本当に、君の望みなんですか」
どうして、死にたいのか。
もう何十回も聞かれた質問だ。
…もう、何十回も、訊いた質問だ。




