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貴方が、好きです。
その言葉が―――お前を縛り付けているんだということを、オレは知っている。告げられるたび、お前がオレに告げるたび。オレはお前が傷ついてることを知っている。伝えることは確かに大切なことだ。だが、それでお前がボロボロになるんだっていうのなら。
言わなくても、いいよ。
オレだってさ。
お前が傍に居てくれるだけで、……本当にそれだけで良いんだ。
×××
第四章 罪を解く
清々しい程の青空と心地よい五月の風。それらを一身に受け、捻子は微笑んだ。今日はGW初日だ。休み初日からこれほどの天候に恵まれるとは。
「えっと…捻子?もう出れるけど」
「あ、はい!行きましょう!」
寝間着から私服姿に着替えると捻子は嬉しそうな表情を浮かべて靴を履き終えた丹色の元に向かう。丹色は嬉々とした表情の捻子に苦笑を浮かべていた。
「早くしないと紀磨から色々言われちゃうよ」
「……それはめんどうですね…」
今日は街へ行く。ショッピングである。というのも、丹色の服を買うためだ。今までは捻子が私服を貸していたのだがそろそろ彼専用の服が欲しいところだ。それに慌ただしかった四月も過ぎ、日用品なども揃えたい。その話を丹色としていた時、アパートで一人暮らしをしている紀磨が便乗すると言い出した。何でも「うまいこと捻子に買わせる」らしい。丹色としては別に構わなかったが捻子は少したじろぎながら受け入れた。そのことを思い浮かべながら紀磨との集合場所に向かう捻子と丹色(+朝霧)。道中丹色は口を開いた。
「…捻子って、紀磨と仲、いいの?悪いの?」
「え、突然どうしたんですか…」
丹色は首を傾げる。普段の捻子と紀磨はまさに犬猿の仲、というやつだ。顔を合わせれば毒舌やら皮肉やらが飛び散ることもある、仲が良いとは言えない。しかしこうして買い物に行くというのであればそれほど悪いわけではないのか。その問いを含めて質問をすると、捻子は言いづらそうに何やら呟く。
「別に……そんな風に、考えたこととかは…ただ、彼女の大雑把な考えがちょっと好めない、みたいな…」
「…捻子、紀磨のこと好きなの?」
「は?!!!そ、そんなわけないじゃない、です…」
か、と後半はほぼ消え入りそうな声で言う捻子に丹色は「はー」と半眼になった。何だただのバカップルか。明らかに捻子が紀磨に好意を抱いているのは丸わかりである。丹色には恋愛経験というものがないけれど流石に「恋」くらいは分かる。光彩がここに居たら蹴飛ばしてそうだな、と思った。双子の兄はなかなか気が短いのだ。
「そ、それよりも!早く行きましょう!!」
「どこに行くのよ」
ギョッとした表情で捻子が少し先に視線を向けると腕を組んで眉を寄せている紀磨と目が合った。長い髪をいつものように上で結んだその姿は凛々しく、軽く化粧でも施しているのかほんのり頬が赤らんでいた。先程恋愛の話をしていたからか、捻子は見るからに挙動不審の姿になりながら口を開いた。
「お、おはようございます!!」
「おはよ、紀磨。」
「おはよう。で、どこから行くの?」
挙動不審な捻子を怪しみながらも、少し眠そうに欠伸をして少女は言った。
まずは服を、それから靴を。ドラッグストアも寄り、ショッピングを楽しむ。それらは丹色にとって初めての経験だった。そもそも丹色は表の世界に出てからの時間が少ない。素直に、楽しいと思う。自分が見てきた世界と、彼らが見てきた世界。それらが全く違って。
「………楽しい」
「それは良かったです」
思わず声に出ていたらしい。それがたまたま聞こえたようで、前を歩いていた捻子が嬉しそうに微笑んだ。その笑みに丹色もつられて笑う。紀磨はやはり呆れたような表情をしながら、だがわずかにはにかんでいた。
――守りたい。
この幸せそうな二人を、この二人の世界を。
愛する者がいる、それは素敵なことだ。丹色にだって大切だと思っている者は居る。その人たちを守りたいと思っている。だから、自分は捻子と紀磨を守りたい。この二人が生きている世界が、どれだけ綺麗なものなのか丹色は知ってしまった。何も、迷うことなどない。…彼らを、守りたい。
――視界の隅に鮮やかな黄色のワンピースが映ったのは、そのときだった。
ふわりと膝下まであるスカートが目についた。その先で、少女は柔らかく微笑んでいる。年の頃とは少し大人びた、妖艶な笑み。
―それは確かに、丹色を射抜いていた。
反射的に捻子と紀磨を背中に庇うのと、少女が地を蹴ったのはほぼ同時だった。しかし【守る】という動作が先をたったが為か、手が早かったのは少女だった。
「―――ぐっ」
「みつけた!」
細く白い指が丹色の首を絞めつけ、地面に叩きつける。
――なんていう、スピードとパワー…!
丹色は両手を少女の手首に当て押し返そうとするもののギチリと硬直するばかりだった。眼帯がされていない視界の半分で少女を見ると彼女は嬉々とした表情を浮かべていた。
幸いだったのはさすがに街中であるためか凶器となっていた剣を取り出していないところだろうか。もし少女が獲物を抜いていたら自分は当に真っ二つになっていたことだろう。
「丹色?!」
状況が飲み込めたらしい捻子が声を上げる。少女はしかし【捻子】には視線一つも投げないで、囁いた。
「あたしは、瀬海風波。―――一応死なせず連れてこい、って言われてるからおとなしくしてくれてると嬉しいな」
少女――風波の言葉に丹色はくいしばっていた歯から力を抜いてぱかりと開いた。
――風波が目を見開く、と次の瞬間、風波の首と腕に無数の針が突き刺さった。風波の声にならない悲鳴が響く中、丹色はすばやく力が抜けた腕の下から抜け出すと迷うことなく捻子と紀磨の背中を押した。口の中、ジャラリと針――毒針――を仕舞い込み叫ぶ。
「走って!!!」
弾かれたように走り出した捻子と紀磨の後ろ、丹色もまた走り出す。チラリと後ろを顧みると風波が群衆の中蹲る姿が見えた。が、風波が早くも体を痙攣させていながらも身を震わせているのに気付いてぞっとする。
――あれは、長く持たない。
元々口に入れれるような毒の強さに調整してあったものだ。しかし彼女には念の為と多く突き刺した筈。それに、不意を打ったのは確実だった。――そうしている間にも風波がゆらりと立ち上がる。
「ッ…!」
丹色は咄嗟に道を横にずらした。紀磨と捻子とは、別の方向へ。――彼女は間違いなく、自分を狙っている。それを確信したまま、人気の少ない場所まで駆け抜けた。
風波は痺れる毒の痛みに眉を寄せて立ち上がると針を抜き取る。ブチリと無理やり抜いたために悲壮な音が響くが少しも気に留めず、ため息を零した。
「逃げられちゃった。」
「なにやってんだよお前…」
少し後ろから今笛が呆れたような表情を浮かべて指先で小さな花を弄った。その花の蔓――が伸び、眼帯の少年へと続いていることが見て取れる。どさくさに紛れて仕組んだ罠。少年はまだ気付いていないらしい。それを痺れが消えてきた様子の風波に手渡した。風波が小首を傾げる。
「予定、変更?やっちゃっても、いいかな」
「…ま、ほどほどにな。」
「今笛どうするの?」
今笛は風波とは違う道――正確には、
捻子と紀磨が向かった先を見て、言った。
「オレはちょっと向こうと挨拶してくるわ。」
「わかったぁ!」
風波はにこりと笑って、――それから獰猛な獣のような瞳に変えると舌なめずりをした。
×××
――きた、
背後からの殺気が丹色に当たる、その感覚に咄嗟に≪力≫を発動させようとするがまだ街中だ。光彩は確かに強い、しかし周囲への影響を考えない節もある。そこが多分、双子の正反対の所だ。影時光彩は、目的の為ならば手段は選ばない。
チリ、と袖下から顔を見せた赤糸。それらを障害物に擦りつけるように走り、逃げる。
「――いつまで、逃げるの!」
風波が叫びながら―――恐らく我慢の限界を超えたのだろう、剣を取り出し抜き去ろうとするのが視界の端に映り、
「―――え」
風波の抜身の刃が振るわれる寸前でピタリと彼女は行動を止めた。足も、腕も筋肉が悲鳴を上げる程の引力に逆らって。――気付いた。
「う、わ、」
「気付いたけど、遅いよ。」
もう準備は終わっている。丹色は少しだけ眉を寄せて、ごめんねと呟いた。
次の瞬間、糸を伝って風波の足元、そこで爆発が起きた。
火薬――いや、煙効果というところか。爆発ではあるが殺傷能力があるものではない。だが十分だ、時間を稼げればいい。街を抜けるだけでいいのだ、今は。
捻子から、離れさせれれば…
…あれ?
丹色はふと、疑問に思った。あの夜、風波という少女はもう一人…少年と、行動を共にしていた。見た様子だと二人行動するのが当たり前のような、コンビのような関わりだった筈。
煙に視界を遮られた後ろを振り返る――が、影は一つ、あの夜に見た、影は。
少年は。
「…!!」
ひぅ、と喉が鳴ったそのとき、煙が断ち切られた。―文字通り、断ち切られたのだ。
「こういう小道具、あたしあんまり好きじゃないんだよね」
そして――風波は、手に持っていた花を空に――放った。
「……?!」
空間が書き換わった、正にそう表現してもいいだろう。周囲は茨と草木に囲まれ、けれどもどこまでも続いているような異次元空間。
「これ、今笛の――簡易結界、ってやつなんだって。便利でしょ?ここでなら――十分暴れられるから」
嬉しそうに風波は剣を構える。丹色はゆっくりと深呼吸をすると、眼帯に手を掛け――呟いた。
「早く、捻子と紀磨の所に行きたいんだ。………ゆっくりしてられないよ」
「あっは!ゆっくりたっぷり戦おう?殺り合おう?あの夜の、続きをしよう!」




