16
ぱちり、
赤い花がくるりと咲いた。夜の下、ぼんやりとした足取りで少年がベランダに出る。
「………居るんだろ、そこに」
ボソリと囁かれた言葉に呼応するように。朝霧はゆったりとした衣を揺らして大木のがっしりとした枝に緩やかに腰を掛けた。朝霧の特等席だ。この桜の木は≪力≫に支えられている稀な物。故に同じ≪力≫である朝霧は傍に在るだけで心地よく感じる。
『影時、光彩。一つ聞いてもいいかな?』
「あ?」
少年――光彩は花、もとい傘を一つ回して朝霧を見上げた。朝霧はうっすら笑みを浮かべて尋ねる。
『影時丹色は言っていた。捻子が狙われている、と。…まぁ間違いではないかもしれない。丹色が嘘をついているようには見えなかったしね。…だけどねぇ、本当に捻子だけが狙われているのかな?』
「何だ、あんた結構良く喋るんじゃねーの。さっきの説明の時とかは静かだったから意外だぜ」
不敵そうに光彩は笑う。その皮肉も、朝霧は受け流した。
『だから僕はこう思う。…不老不死という者達は、≪運命≫の存在を知らないのでは、と。ただ自分たちの呪いを解くためには…志糸と呼ばれる≪化け物≫を殺さねばならないのだ、と。そうすると行き着くのはもちろんその身内だ。…つまり、君たち』
だから光彩は傷を負った。
確かに彼の言う通りだ。あの時、草を蔓を操った少年は光彩に明らかな敵意を向けていた。朝霧は丹色が嘘をついた部分が府に落ちなかっただけ。最終的に≪運命≫、つまりは捻子にたどり着くのは別におかしいことではない。だがどうして丹色が捻子に嘘をついたのか?
そんなもの、決まってる。
『ねぇ、光彩。君、
捻子を囮に使ったね?』
―――くるり。
無言の光彩と、朝霧の視線が絡む。
『丹色に【嘘】の情報を与えた。何らかの意識遮断も可能だったのか、まぁ詳しいことは君たちにしかわからないだろうから言及もしないけれど。…ね、そうだろう?君はいざとなれば切り捨てる人だろう?』
大切なものの為だったら。
そして光彩の大切なものは、今やもう一つか二つしかない。
『君は丹色と志糸を助けたいだけ。そのためなら…捻子を犠牲にしてもいいって思っているんじゃない?』
もちろん…捻子を犠牲にしてしまった場合志糸への手がかりが無くなるわけだから困るのは彼だけれど。けれども―――要は、死なせなければ、いい。――囮に使った隙に、…殺すことも、可能。
『怖い、怖い男だね君は』
可笑しそうに、
楽しそうに。
朝霧はコロコロと笑う。その様子に光彩はやれやれとため息をこぼして――袖口からの型銃を揺らした。
「―――あんたは、おれたちの邪魔をするのか?」
『あぁ、それはしない。僕にも僕の目的があるんだ。君たちのおかげで、もっと楽しめそうだからね』
その邪魔をするなんて面白くないだろう。
だから。
『精々、足掻いてもがいて苦しんで嗤ってね』
「…ハッ、よくもまぁ、捻子クンはこんな奴と知り合いになっちまったもんだな」
軽口のように叩きながらも、光彩は滲み出る感覚に銃から手放せなくなってしまった。この物言い。来賀朝霧は…次霜捻子と行動を共にしている、その理由。
全くわからない、考えれない、否、考えたくもない。
――来賀朝霧という、人間、を知りたくもない。
本能的に察したそれに、光彩は彼がこの場に居ることさえ違和感を感じていた。自分の利益の為に、その考え方は―――
(表、の人間っつーより…明らかに、裏側、だよな。何だこいつ。…こう、なんっつーか)
関わりたくない。
「聞いておきたいことがある。これは、さっきのお前の話と関わりはねぇだろうが」
『何かな?』
光彩はゆっくりと、息を吸う。
「お前の目的は、何だ。…何でお前、捻子クンに纏わりついている?」
『……僕と捻子は――――【友達】だからね。【友達】と居ることが、おかしいことかい?えーっと、あと、目的か』
朝霧は――言う。
さも、当然かのように。
『僕はただ、捻子が絶望する姿を見たいだけだよ。』
×××
朝霧と分かれ、居間に戻ると捻子は片手にスマホを持って何やら弄っていた。光彩をチラリと見て、それからまたスマホに視線を戻す。
「お風呂、沸いてるので入ってきていいですよ」
「…聞いてたのか、外の」
朝霧との、会話。
捻子は沈黙を続けようとしたようだが、あまりにも静かな問いに困惑したようにスマホから顔を上げた。
「はい」
「…捻子、クンは。朝霧クンの目的、知ってたのか」
「はい」
言葉と共に頷いて肯定をしていく。小さく背伸びをして、捻子はポツリポツリと語りだした。
「俺は朝霧に一生を賭けても償えない罪があります。だから、彼がそう思うことは当然で、だけど俺はその道を選びませんでした。」
――瞼を閉じれば、あの日が蘇る。少女が、自分を留めてくれたあの日を。
――傷つけないで、と、自分を想ってくれた少女を
「それがずるずると引きずられている、そんな感じですね」
「……罪……」
来賀朝霧は、【力】そのものであり、実体がない。体は。
捻子は―――呟く。
「朝霧を殺したのは、俺です」
風が強く吹いている。その風に混じって、甘い匂いが鼻孔を擽った。あまりにも淡々と呟かれた言葉に光彩は絶句して、二の句を告げることもできず、ただただその場に立ちすくむことしかできなかった。




