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――弓矢が穿たれる音がする。
それは何回かの間を開けて放たれたが一つの狂いもなく矢は刺さった。そしてまた新たに一つ放たれた矢――しかし宙をきる途中氷に包まれて停止、そのままごとりと音を立てて床に転がった。
千火我はため息をついて戸を向く。
「…安里。」
「おじゃましまーす」
千火我の家は代々弓道を担う家庭だ。そのため、広い弓道場が用意されていてよく千火我はそこで精神統一をする。常に冷静な趣の彼の理由はここにある。安里は靴下であがると千火我にさっそく案件を伝えた。
「密留からなんだけどね」
「あぁ。うまくいったらしいな。何か情報はつかめたのか」
元々あの研究施設には≪力≫が関係する書物や歴史が詰まっていた。その場所を見つけたのはまさに偶然で、加えて依頼と重なったのも偶然のことである。密留ははぐらかしていたけれど、たしかに依頼は存在した――しかしそれは別件のこと。本当の彼らの目的とは沿わない。
「かつて…数百年ほど前。≪力≫は突然表れたとされてきた。しかしその背景が全くといってもいいほど残っていない。政府やらのお偉いさんは血眼になってずっと探してきているって話。でもそんなお偉いさんがたが私たち一般人に伝えるわけもない。ってことは自分たちで調べるしかない………。」
安里はペラリと紙束をめくった。
「密留によると、男自身あまり研究内容を知らなかったみたい。その場所がどんなものなのか…断片的なところしか。それで密留が調べてみたところによると、どうやらそこは≪儀式≫とやらが行われた地点から近いらしいわ」
「…≪儀式≫?」
「≪儀式≫が何なのか…詳しいことはよくわからなかったけれど、何人かの生贄を用意して、それを神にささげる…みたいなやつだったらしいわ。」
「その結果、この世界には≪力≫が生まれたというのか?」
「………そこがよくわからないわよね。世界、って広いじゃない。数人の生贄なんかで神とやらが何でもしてくれるわけ?自分に損が多すぎるとは思わない?私が思うには、だけどね。神も人も同じ、欲望の前では大事なものも霞んでしまうものよ。…まぁそこに疑問を持ったあの人も同じことを調べたみたいだけど」
そう言いながら安里が自分の携帯が鳴っていたことに気付いて着信ボタンを押す。
「噂をすれば、ね。」
通話が終わった後、安里は重たく息を零した。千火我は少女の頭を撫でてやる。おとなしくされるままに、少女は少年にもたれかかった。
「………不安になるの。私は、構わない。けどね、あの人が幸せに…っていうと調子乗るから絶対言わないんだけど、あのバカが笑えるようになるには、一体どれだけ時間が欲しいのかって。」
「…そうだな」
「ほんとね、あの人はいつも自分よりあの子、私たち、…自分のことなんて次の次の次のでさぁ。私たちがどんな思いで尽くしてるか知らないくせに」
「…じゃあ頑張って、探さないとな。」
「…ええ」
少女は呟く。
いつか、彼が言った。
泣いていた少女がいた。自分は、その少女の為に探したいのだと。
いつか、幼かった少女に彼は告げた。
一人ぼっちで寂しいのなら、一緒においでよと。
少年は、手を差し伸べてくれた。氷という≪力≫で家族を不幸にしてしまった自分を、身を挺して助けてくれた。
その彼に、恩を。
彼の幸せを。
そしてまた、千火我も思う。自分は彼から何も恩を受けたことはない。けれども、彼が想う少女のこと、そして彼の想いには共感する。
どうして、あの二人が幸せになってはいけないのだろうか。
誰かの為にと人一倍尽くしてきた彼女達こそ、幸せにならないといけないのに。
だからこそ、彼らは。雪風部は望む。
いつだって、たった一つの願いのために。
―――世界から、≪力≫をなくす方法を探している。
×××
そして少し前の事。
―蓮姫は、ガタンと椅子から立ち上がった。ディスプレイに書かれた文字の羅列。
「………まさか、そんな。」
それは、少しだけ彼女たちの望みとはかけ離れた物語の事。
――かつて、世界を貶めようとした存在がいた。それは≪力≫が生まれた時代とは離れているもの。けれど確かに昔、この世界は一度滅びようとしたことがあった。
「だけど、もしこれが本当だったら。…もしこのまま、この話通りにいけば。」
「蓮姫ちゃん?」
前がその様子に眉を寄せて覗きにくる。
―――それは、呪いを操るとされた一人の少女の物語。
「いや、夢物語すぎないかい、これは」
「わからないよ。けど、偶然にしてはできすぎてる」
「このこと、彼らには…」
―――そして、少女と約束を交わしたとされる少年。
「言わないわ」
―――ディスプレイに映るのは、髪を少し長めに伸ばした、けれど彼らが知る者とうり二つの、男。
呪いを具現化する少女の名を、志糸と言った。




