10
「今笛、けがはもう平気?」
すっかり暗くなってしまった夜道を歩きながら風波がそう問いかけてきた。それに頷きながら、今笛は改めて一息をつく。
…よかった。
あのとき、自分の静止が届いてくれたことにほっとする。自分たちは、人殺しではない――
(…なんて、ただ、風波に誰かを傷つけてほしくないだけで)
それはただの、自分のエゴかもしれないけれど。
自分には記憶がないから、どうして彼女が自分などに執着を見せるのかわからない。自分と彼女が主従関係だから――おそらくそれ以外の理由もあるだろうに。そう思ってもきっと彼女は困ったように笑ってはぐらかすのだろう。
…綱渡りをしているような、気分だ。
彼女を野放しにはできない。
――ひときわ、強い風が吹いた。
今日は満月か、と何気なく空を仰ぐ。ざぁ、と木々が凪ぐ音。
「…何だか、騒がしいな」
今笛は呟いた。珍しい。夜は、こんなにも植物はざわつかない。今笛はパチリと瞬きをして、
―そこに、人が、居た。
赤茶のような髪が静かに揺れて。
どく、と今笛は自分の内で何かがざわついているのを感じた。相手がこちらに気付いて、ハッとする。
「………てめェ」
自分の口から掠れた声が漏れた。
―くるり。
相手が手に持つ、赤い傘が回る。オッドアイの瞳が細められた。そして彼は、ゆっくりと唇を動かそうとし、
次の瞬間、今笛の視界を長いスカートが遮った。同時に隣に居たはずの気配が移動していた。
「―――はぁあ!!!」
「―――?!」
風波が剣を振るう。相手――傘を持った男が身を捻って斬撃を躱す。そのままどこぞの家の屋根を滑って停止した。
「風波!」
今笛もまた、男と同じ屋根に立つ風波の傍に飛ぶ。よく見ると男は少年だった。自分と同い年ぐらいだ。だが彼の鼓動は変わらず鼓動を速めている。
何だ、こいつ。
風波もまた同じことを感じているのか、それとも本当的に彼が危険だと察したのか…それは定かではないが仕留めようと動いたのは確かだ。結果、仕留めれなかったわけだが。
「…あんたたち、不老不死か」
どこから取り出したのか。彼は一本の刀を携えるとダラリと構えた。けれどもそこに油断はない。それから少年は短くため息をつく。
「…参ったな」
「不老不死を知ってる…その、傘………。――――手がかり」
風波が剣を構えた。
かつて、不老不死になる前に。領地を求めた二人の祖先が向かったのは真っ赤な傘を携える領主の地と伝えられてきた。なぜここにその領主であろう少年がいるのかわからないし、そもそもこんなに幼い領主とは思ってもいなかった。疑問も違和感も渦を巻いていたが、今笛の脳内にはたった一つしかなかった。
呪いを解く方法の一つに、このような推測がある。
「あんたを殺せば呪いは解けるんじゃねぇの」
「………さぁ、ね。生憎だが、お前らの呪いなんておれは知らないな」
その言葉を最後に、今笛は足場を蹴った。ヒュウ、という音と共に少年の手から離れたナイフが頬を切る。的確な投擲、やはり―――強い。
「≪大樹の実り≫!」
宙から叫びと共に無数の葉が少年を囲うように舞い降りる。その葉一枚一枚すべてが鋭利な刃だ。チッと少年は舌打ちをすると、手に持った傘を一度閉じると―ぱちりと開いた。
その瞬間、葉は少年に当たる前にくすんで零れていく。
―足止めはした。
「―――あはっ!!下がガラあきだよ!!!?」
はっと少年が風波のスピードに反応する。先程の先生では全く反応できなかったスピード。しかし少年も反応できただけだ。行動までは動かせない。
刃が下からすくわれて、かろうじて体を避けさせたものの少年の肉が断たれる音、そして赤が散る。
「くっ…!」
ガチャン、と音と共に少年はバランスを崩したまま、そして風波は追撃をしようと体を捻ったまま、
――銃口が彼女の額に当たった。
どこから取り出したのか、考える余裕さえない。
「風波!!!」
今笛は≪力≫を発動させながら彼女の名を叫んだ。
銃音と硝煙。煙の中で血が混じる。
――あ、と風波が呟いた。煙が晴れると、そこには少年の姿はなく血の跡だけが残っていた。
「逃げられたか…」
「どうする?追う?」
迷った後、今笛は首を振った。
「今追うにはきついだろ、お互い」
今笛は先の先生との戦いで肩を負傷していた。そして風波も、かろうじて放ち終えた≪大樹の実り≫に守られながらもやはり銃の威力に耐え切れず、わき腹や腿などを撃ち抜かれていた。痛々しい有様の中、風波は薄汚れてしまったカチューシャを抑えながらはにかむ。
「そうだね。…相手もかなり致命傷を負わせた筈だから、そう遠くにはいけないと思うし。」
「帰るぞ。ひとまず、これからどうするかを決めねぇとな」
先生の件ははずれだった。しかし、どうやらまだ自分たちには希望が残っているようだ。それを思いながら二人は歩き出した。
×××
迸る痛みに顔を顰め、はぁと息を吐いた。なんとか、撒いたか。
斬られた傷が痛む。体が重くて足を引きずった。手放さずに持った傘は純粋な赤に自身の血の赤が混じっていた。
「……くそ……あれが、不老不死ってやつか………」
すっげ、はえー、軽口を叩きながらも口角が上がらない。なんて笑えない。体は痛いし不意を突かれたし何より敵を前に敗走。傷口からは絶え間なく血が零れて少しでも立ち止まるとすぐに水溜りを作ろうとしていた。
ただ、歩く。
「…早く、」
あの場所へ、≪運命≫と背負う者の元へ。
「…すまねぇ、痛いだろ…」
彼は静かに語りかけた。その問いに応える者はいない。だが、彼は知っている。
見えてきた。
「………」
吐息を零す。
ようやく、ようやくたどり着いた。
重たい体を動かして、門の中に入る。
「…もう少しだから、な。丹色。」
志糸。




