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外に出たことにより、視界に新しい情報が入って、気晴らしが成功したのだと自分に錯覚を与えようとしても、心は前よりも暗くなってしまったようで、顔を上げて歩くことだけでも億劫に思い、出来るだけ俯き、顔を髪で隠すように歩いた。後ろから足音がして、振り返らなかったが視界の隅に映った服から、河合が距離を開けてついてきているのだと分かった。追い払うことも共に歩くことも億劫で、気づかないふりをして歩き続けた。電車に揺られ、次第に見慣れた山並に入って行くと、家に帰らなければならない憂鬱さと同時に、今日もあくまでも日常の一部であるのだから、すぐに忘れて普段と変わらない日常が続くのだと思う様にした。自転車置き場に向かうと、まだ大輝の自転車が置かれたままで、もう少しここで大輝を待つか悩んだが、陽も傾き始めたので、今日はもう考えるのは止めようと思い、先に自転車に乗って帰った。
それが間違っていたのかどうか、僕にはわからない。ただ、次の日の朝から大輝は僕のことを無視して、声をかける隙間さえ与えてはくれなかった。僕には親しく話せる友はほとんどいなかったのに、彼は見えない大きな壁を造って、近付く隙すら与えてくれなかった。もし、河合が邪魔をしなければ、僕は大輝の子分として今も笑って話せていたのであろうか。いや、あの時既に、入り込む余地を消し去っていたのかもしれない。中学に上がると、ほかの生徒も小学校の時からのグループを解消して、中学に入ってからの新しいグループを作り塊ことは良くあった。大輝も、もう僕にほとほと愛想が尽きて、ほかの男子と一緒に遊ぶことを選んだのだろう。僕は嫉妬深い女とは違うのだから、それを妬まないようにした。けれど、寂しいと思うのは、仕方がない。
中学にもなると、一年生であっても生徒の顔がちらほらと見えなくなることが多くなった。とは言え、初めから全員の顔など覚えていないのだから、消えていっても実生活にさほど問題はなかった。ただ、同じ小学校だった生徒の顔が、時折掠れ見えなくなり始めると、途端に不安がこみ上げ、息苦しくなった。この恐怖をどう表現すればよいのか、他人の顔が見えなくなるだけなのに、僕の中の一部まで、剥がれ落ちて行くような錯覚があった。
そうしてまた、すっかり僕は孤独になった。孤独を感じないために本を読み、教室では出来る限り身体を屈ませて、誰にも気づかれないように気配を消していた。大輝は相変わらず、僕とは碌に会話をしない。家が近所である以外、学校では大輝と違うクラスということもあり、部活での接点も無くなったのだから、この事態が当然のことで、仕様が無い。どうにかして、仲直りをしようと頭を悩ませていたが、何の案も思い浮かばなかった。思えば、誰かと進んで仲良くなろうとしたのは佐藤だけで、どうすればいいのか、経験値が他人よりも少ないので、どの様なことも上手くいかないのだろう。
夏が過ぎ、秋が来て、冬の始まり。中間テストも終わり、ようやく解放された気持ちになって、僕は少し気分が良かった。もうすぐ文化祭ということで、このイベントに大輝を誘い一緒に回れば、また仲直りが出来るように思い、テスト終了後下校を始める生徒の間を縫って大輝のところに向かった。前と同じように笑顔を浮かべながら、彼の服を引いた。
「大輝、今度の文化祭、一緒に回ろう」
僕は前と同じ顔をしていた筈である。けれど、視界にいる大輝は眉を顰め、困惑した顔をしていた。どうしてそんな顔をするのか分からず、「具合でも悪いのか、」と肩を竦めて尋ねてみた。だが、返答はない。訥言が漏れるだけで、妙に歯切れが悪い。すると、後ろから髪を二つに結った女子が顔を出し、「あら、知らないの、」と何かを含んだ笑みを浮かべて僕を見てきた。その女子に見覚えが無かったので、親しくないのにどうして閊えがあるのか訝しんだ。
「何ですか、」
「ダイ坊、カナちゃんと付き合ってるの。だから、文化祭も一緒に回るんだから」
どちらも知らない名前だったが、大輝は口をムズと噤み小さく頷いた。
「・・・ダイボウって、大輝のこと、」
「そうよ、2組ではみんなそう呼んでるわ」
つまり、僕はよそ者だと声と目が語っていた。例え誰より付き合いが長かろうと、彼女たちより親しいとは限らない。僕は大輝のあだ名すら知らず、また、今聞いた現状も知らなかった。彼女が居るから友達を誘ってはいけない法も無いだろうに、女子はそういうことを酷く嫌悪している。彼女たちに好かれたいわけでもなかったが、衝突しないに越した事は無いので、いつものように食い下がることはしなかった。
「そうか、ならしょうがないな。ごめん、」
同じ笑みを浮かべたまま、僕は一歩後ろに下がり、自分のクラスに駈け出した。頭の中は酷く混乱して、わけの分からない怒りがこみ上げそうになるのを、生唾を飲んで誤魔化した。彼女、彼氏、恋人、好きな人、片想い、両想い、男、女。年を取るごとに、外は面倒な方向へ進む。友だと言うだけで一緒にいた時が、懐かしい。よそ者が、後から来たものが、仲間を僕から奪う。彼らには他にもっと誰かが居るだろうに、どうして、数少ない僕の友を盗って行くのだろう。
廊下を一人で歩く佐藤を見つけ、「羽野と文化祭回るの、」と御茶らけた声で尋ねると、彼は少し照れて顔を赤くし、「そりゃあね」と笑い、彼女のクラスに入って行った。所詮、結婚に結びつきもしない疑似恋愛だと馬鹿にしようと、今、彼らが選んでいるのは自分と相手が、互いに想い会う相手だ。僕にもそういう人が居れば、寂しくないのだろうか、それでも、彼らのように粘着した接触をしたいと望む相手なぞ居やしない。皆、ああすることを望んでいるのだろうか、そう思えない僕が、どこか異常なのか。




