25
なぜか僕は彼が心を開こうとするたびに、心の臓辺りがピリピリと痺れた。顔を合わせることを止め、俯き目を軽く閉ざした。すると、向かいのレストランから、女性たちの声が聞こえてきた。顔を上げてそちらに視線を向けると、大人の女性たちが、窓からそれを眺めていたので、一体何がいるのか気になった。
「何だろう、」
当然隣にいるだろう大輝に声をかけたが、振り返った先に座っていたのは河合で、言葉を投げかけたことを後悔した。大輝はまだどこかで買い物をしており、先ほどから傍にいるのは河合だけだったではないか。当の河合は、何も気にした様子はなく、大輝と同じように僕の視線に合わせていた。
「外に何かいるのかもしれないね」
まだ距離感がわからないので、どう返答すればいいのか迷い、小さく頷いた。すると、河合は立ち上がって、僕の右手を掴んだ。
「見に行ってみようか、」
手をひかれたので、自然と同じように立ち上がった。けれど、不安に思う部分が多く、助けてもらおうと周囲を見回し大輝を探した。けれど、当然と言えば当然なのだが、買い物をしているだろう彼の姿は見つからなかった。
「大輝が、」
「ちょっと見てくるだけだって。気分転換にもなるよ」
言いながら、強引に僕の手を引いてレストランの方ではなく、階段に向かった。おそらく、レストランに入るのは気が引けるから、その上の階から様子を確かめようということなのだろう。ずっと握られたままの手は、大輝と違って汗ばんでおり、生温かくて気味が悪かった。だが、振りほどこうにも固く握られているので簡単には抜けそうもない。
二階に上がり、レストランの上の方を見ていたが、そこにはゲームセンターがあって、どうも窓など無いように思えた。さらにこの上の階は駐車場なので、そこなら見ることができるかもしれないが、排気ガスの匂いも空気もその時は吸いたくなかった。
「窓、無いな。ついでにゲームでもしていく、」
首を振り、僕は階段の方に彼の腕を引いた。
「いいよ、戻ろう」
僕の言葉に、河合は考え込むように、繋いでいない左手をあごに押し当てていたが、エスカレーターの手前に来て、悪戯を思い浮かんだ子供のように、歯を見せて笑った。
「どうせなら外に出て、直接見に行ってみよう」
「だから、大輝が、」
「あいつなら大丈夫だって。だって、気になるだろう」
気にならないと言えばウソになる。いつもの、変な好奇心は確かにあった。それでも、いつまでも手を放そうとしない河合と二人で行動したくないので、大輝に助けを求めたかった。休憩所を覗き込んで見たが、まだ大輝の姿はなく、二階に上がった時と同じように、河合に手を引かれてて外に出た。雨が降ろうとしているのか、空は曇りしけった空気が生臭い。
「確か、こっちだったね」
もはや何も言うまい。僕は、彼の歩調合わせついて行った。彼は背が高いので股下も長く、一歩一歩の距離が僕と違うので、付いて歩くといつもより早歩きになってしまい少し疲れた。
「ほら、見なよ」
突然止まった河合の横に立ち、彼が指さす先を見てみると、植木の間に子猫が数匹丸まって眠っていることに気がついた。掌に収まるほどの子猫で、その中の銀色の毛並みの子猫が目を覚ましたのか、にぃにぃと小さな声で鳴き始めた。親猫を呼んでいるのだろうか、目も無く生きる姿に、思わず顔が緩み魅入っていた。
「かわいいね」
「うん、あ、足が動いてる」
河合の服を掴み、覗きこむように指した。ほかの猫も起き上がり、ふらふらと身体を揺らして鳴いた。一体親猫は何処に行っているのだろうか。すっと冷たい空気が胸に入って、可愛いと思っていた子猫が、次第に憐れに思えた。人が居るから親猫が戻ってこないのかもしれない、ならば、ここにいる自分が愚かで、そして惨めだった。
「戻ろう、」
声をかけると、少し間を開けて「ああ、そうだね」と河合が笑った。彼はもう少し猫を見ていたかったのだろうか、そう思うと少し申し訳ない気がして、「先に戻ってるよ」と慌てて言い直し、先に立ちあがった。すると、河合も同じように立ち上がり、僕を追い越しまた手を掴んできた。この手を振り払うべきかを悩み、結局何も出来ないまま僕は手を引かれたまま歩いていた。
ショッピングモールに入り、先ほどの休憩室に視線を向けると、椅子に腰かけて頬杖をつく大輝の姿が見えた。助かった、これで河合と一対一で対話をする必要性が失せた安心感に、僕は手を握られていない方の左手を上げて「大輝、」と声をかけた。すると、下を見ていた大輝と目が会い、彼が僕を視界に映してそれから河合の方を見て、眉を顰めた。その顔を見て、手を繋いでいることが子どもっぽいのだろうと思い、右手を後ろにすっと引き抜き、河合を追い越して大輝の傍に駆け寄った。
「大輝、外に猫、子猫がいたよ」
「ふーん」
「まだ片手に乗るくらいかな、すごく小さかったんだよ。そうだよね」
振り返り河合に同意を求めると、小さく笑って「そうだよ」と頷いた。それを確認してから、大輝に「大輝も見ようよ」と声を弾ませて提案したが、思ったよりも彼の反応は小さく、「オレはいい」と言ったきり、僕から目を逸らした。付き合いが長いのでわかるが、彼は何か嫌なことがあったのか、ひどく不機嫌だった。そういう時、僕はどうでもいい話題を振って話しを逸らさせていたのだが、何を言ってもうんともスンともなく、「ああ」と呟くだけで反応がなかった。隣に座って最近あった面白いテレビの話をしてみたが、「うるさい」と一蹴され沈黙するしかなかった。すると、河合がおせっかいにも助け舟を出して、「人に当たるなよ」と窘めるものだから、余計に自体は拗れてしまった。
「お前には言われたくない」
「だから、人に当たるなって」
「俺の機嫌が悪かろうと何だろうと、関係ないだろう。気に食わないなら、二人でどっか行けばいい」
僕としては、冗談ではないと声を上げたいところだ。初めから河合が一緒にいることが嫌だったのに、どうして大輝が河合と僕を一緒にして追い払おうとするのか理解に苦しむ。売り言葉に買い言葉、河合は僕の腕をひっぱって、「ほっといて行こう」と誘った。僕は河合と二人きりになるより、不機嫌な大輝を宥める方がまだ良かったので「ここにいる」と拒絶した。これで、僕を置いてどこかに一人で居なくなってくれれば良いと思っていたし、そうなるものだと思っていた。
「勝手にしろよ」
立ちあがったのは大輝の方で、ズボンに両手を突っ込んだまま、一人で歩いて行ってしまった。追いかけようと僕も走ったが、河合が腕を引くので押し留められた。
「ほっとこう」
何を言うのだろうか、僕は大輝の傍にいることを選んだのに、どうして他人が邪魔をするのだろう。けれど、振り返るともう大輝の姿は消えていた。
「・・・大輝は友だちだ」
腕を掴む指を剥がし、大輝が去った後を追いかけた。だが、それほど大きなショッピングモールではないというのに、大輝の姿を見つけることが出来なかった。店舗一軒一軒に顔を覗かせて探し回ったが、そのどこか一つにも大輝の姿を見ることはなかった。代わりに女性もののアクセサリーショップで、佐藤と羽野の姿を見つけた。初デートの場所かここだったのだろう、確かに、近場にそれらしい店が無いのだから、確率で言えばありそうなことだ。
声をかけようか迷い、僕は逃げるようにその場から離れる選択をした。もしかしたら、大輝も二人の姿を見たのかもしれない。僕のように、何とも表現しがたい複雑な心境になって、戸惑ったのだろうか。それなら、放っておくというのも一つの手だろう。
もう一度休憩所に戻ると、河合がその場から離れずにイスに腰かけてテレビに目を向けていた。その姿を見ていると、もしかすると彼は僕が思うより、ずっと善人なのかもしれない。きっと何度か接するなら、親愛の情が僅かでも芽生えるだろうか。
「大輝は、」
「・・・わからない。だけど、いいんだ、多分。僕はもう帰るから」
河合は立ちあがって、「一緒に帰ろうか」と提案したが、僕はそれを受け入れずに、「一人で帰る」と答えて河合を押しとどめ、ショッピングモールを後にした。




